1.月の女神と真昼の夢
舞踏会の翌日ユアンに遭遇してから5日。
流石にあれ以来ユアンに会う事はなく、私は心穏やかに過ごしていた。
……て、そんな訳がない。
「ああぁぁあ……うう……うー」
自室のベットで端から端に転がり、呻き声を上げながら再び端から端に転がって戻る。
「……はしたないですよ、リズベスお嬢様」
メリッサが呆れたように半眼でこちらを見ているのを横目に転がり続けている。
私だってはしたないのはわかってるもの。
前世の記憶がちょろっとあるとはいえ、これでも18年間貴族令嬢として生きてきたんだから。
あれから毎日、メッセージが付いた可愛らしい花がマンデルソン家に届いていた。
送り主はユアン。
もちろん送り先は私である。
綺麗な花と一緒に届くメッセージにはいつも一言だけ添えられている。
「危ない事はしないように」とか「白い花はリズに良く似合う」とか「会いたい」とか……「いつもリズの事を想ってる」とか。
――リズ
―― 全部独り占めしたいと思ってたよ
「ひぇぇぇ」
ゴロゴロと勢いよく転がってしまった為、ふとんごと丸まって床に落ちる。
あれからずっとこうなのだ。
ユアンの甘い微笑みが、優しい声色が、繋がれた大きな手が……考えない様にしようとしても浮かんでしまうのだ!
しかも毎日届く花でどうしたってユアンを思い浮かべてしまう。
お陰で突如奇声を上げたり挙動不審な行動をしたりして、家の者達にも「お嬢様御乱心」と囁かれている。
事情を知っているメリッサは、ただただ呆れているのだけど。
「もう!いい加減になさいませ!お怪我でもしたらどうするのですか」
ベロンとふとんを剥がし仁王立ちをする侍女なんて見た事がない。
あ。でもふとんを剥がし仁王立ちする乳母なら小さい頃から居たけどね。
「御髪もぐちゃぐちゃじゃないですか!さ、整えますからこちらへ」
「えー別にこのままでいいわよぅ……」
「良くありません。貴族たる者、身嗜みは常に美しくですよ。それに……」
「それに?」
「もし突然の来客があったら大変です。……メイスフィールド様、ですとか」
「!」
間を開けたメリッサに首を傾げると、こちらを伺う様な様子で爆弾を投下してきた。
その瞬間、脳内でユアンが微笑む。
――好きだよ。
「ひやぁぁ!」
びょんと床から飛び起きる。
ななななんで思い出してるのよ、私は!!
起き上がった私をササっとドレッサーまで連れて行き髪を梳かし始めながら、メリッサは思わずといった感じで笑っていた。
「お嬢様のそんな姿は初めて拝見しました。とても素敵な方なんですね」
「……そうね」
それはもちろん間違いなく素敵だ。
だってユアンは私だけでなく沢山の女子の心を鷲掴みにしていたんだから……前世のゲームでの話だけど。
現実でのユアンがどうかなのかは知らないが、あれだけの男前で地位もあれば間違いなく女性達から絶大な人気が出るだろう。
赤らんだ顔で口を尖らせればメリッサが不思議そうに首を傾げる。
「そんな素敵な方に求婚されたのに何故お受けしないのですか?私から見てもお嬢様が嫌がってるようには見えませんのに」
「……だって、私では釣り合わないもの」
思いかけず拗ねたような物言いになってしまいメリッサは少し目を見張る。
まぁ正直言えば釣り合わないだけじゃなく数年後にヒロインに心奪われる予定なのだけれども。
それが分かっているのに。
ユアンが頭から離れず恥ずかしいやら嬉しいやら申し訳ないやら……何とも言えない感情が私の中で爆発して異常行動を繰り返してしまうのだ。
あの顔が悪い!!
あんな……あんな大好きな顔で!声で!
時に甘く優しく、時に熱の籠った瞳で!
――惚れさせる。俺以外に目が向かないくらい。……覚悟しておいて?
「ぅぐぅ……!」
奇妙な声を上げ胸を押さえる私にお構いなく、ぐちゃぐちゃになった髪を整え、耳の上にお団子を作っていく。
私のお決まりな髪型にしてくれたメリッサは、ふんっと鼻を膨らませ腰に手を当てる。
「いいですかリズベスお嬢様?どんな素敵な方がお相手だろうとお嬢様が釣り合わないなんて事はありません!」
「いやいやとんでもなくカッコイイのよ!私と一緒にいたら道端に転がる石ころと希少価値の高い宝石ぐらいの差が……」
「どんなに見め麗しい方だろうと!」
背後からガシッと肩を掴まれ背筋を伸ばされる。
鏡に映るメリッサが力強く言った。
「お嬢様は素敵です!パッと目を引く美人ではないかもしれませんが」
おっと。
「私が手塩にかけた御髪は柔らかで美しいですし、ちょっと日に焼けたお肌もご令嬢には珍しく健康的です!愛らしいです!」
「……ありがとう?」
めちゃくちゃ身内贔屓なフォローな気もするが取り敢えずお礼を口にする。
こんなやり取り誰かさんともした。
しかもちょっと自分の手腕を褒めていたわよね?
なんだかちょっぴり複雑な気持ちでいると扉がノックされる。
「どうぞ」と私が声をかければメリッサが素早く扉を開き、恭しくお辞儀をして入ってきたのは家令のローレンスだった。
「お嬢様宛にお手紙で御座います」
「お手紙?誰からかしら?」
普段手紙など貰うことがなく首を傾げる。
まさかユアンから?とも一瞬思ったが、今朝いつも通り花束とメッセージカードが届いている。
因みに本日のメッセージは“会えなくて辛い。今度会いに行く”だった。
メッセージを読み崩れ落ちたのは言うまでもない。
相手が想像もつかぬままローレンスから受け取った私は封蝋を剥がし中を確認する。
質の良い紙とインクで書かれた手紙からは微かに香るぐらいの甘い匂いがした。
「えーっと……お茶会のお誘い、かな?なんで私に……」
綺麗な文字で綴られているのは季節の挨拶から始まったお茶会への招待と思われる文面。
自慢ではないがお茶会など誘われた事も誘った事もない私は更に首を傾げる。
最後には送り主のサインが綴られていた。
その名前を読んだ私は文字通り飛び上がった。
「キャンベル公爵家クラウディア・キャンベル……クラウディア・キャンベルぅぅぅ!?」
なんとこの日届いたのは、前世では敵役ながら好感を持っていた、今世では毛の先ほども関わりの無いクラウディア様からの招待状だった。
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