4.
「こんな風に一緒に歩くの久しぶりだ」
街灯が灯り、家路に急ぐ人や子供の手を引く母親、仲睦まじげな恋人たちが行きかう通りをユアンと一緒に歩く。
ファーガスも離れて付いてきているはずだ。
ユアンと組んだ手に少し緊張してはいるものの、顔の赤らみは引いてきたと思う。
「そうね。そういえば来週は初花祭りね。通りでいつもより通りに人が多いと思った」
普段より人通りの多い通りを見てふと思い出す。
来週に控えた大きなお祭り、初花祭り。
街中を見れば、飾りつけの為のロープが張られていたり柱が建てられていたりと、至る所に準備が進められている様子が伺える。
「ふふ。昔一緒に行ったわね。小さかったから朧げだけど楽しかった記憶があるわ」
小さい頃両家の家族で行った事があるが、私はユアンの手を引いてあっちへこっちへと連れまわしたものだ。
「行ったね。俺もリズと一緒に回って楽しかったな。ああ、話したかった事も初花祭りのことなんだ。今朝届けた花は受け取ってくれた?」
「え?お花?」
なんの事が分からずユアンを見れば、ユアンも首を傾げる。
「届いてない?おかしいな……メッセージカードと花束が届くようにしてたんだけど」
「今朝は早くから家を出ていたから、私が出掛けた後に届いているのかも。お花を送ってくれたのね。ありがとう」
花を貰うのはどこの世界でも嬉しい。
ましてや推しから貰える花なら特別に嬉しいに決まってる。
笑顔でお礼を言えばユアンもにこりと笑う。
「毎日送ろうと思って。毎日リズが俺の事を少しでも思い出してくれるように」
「ひぇ……」
想像もしなかった甘い台詞に思わず変な声が漏れてしまった。
イケメンてのはそんな手法も使って落としに来るのか……恐ろしい。
しかしながらそんな事をしなくても中々忘れることは出来ないと思う。
何とも言えない顔で引きつる私とは対照的にユアンは良い笑顔だ。
「送ったメッセージカードにも書いたんだけど、一緒に初花祭りに行かない?」
「初花祭りに?」
「うん。リズと行きたいと思って」
「行く!初花祭り行きたい!」
イケメン恐いと思っていた私だが、瞬時にそんな事は忘れて誘いに飛びつく。
国中が祭り一色となるような大きなお祭りだ。ここ数年、何だかんだ行けずにいたがずっと行きたいと思っていた。
テンションが上がった私にユアンは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。断られなくて」
「断らないわ。初花祭り行くの子供の頃以来よ。すごく楽しみ!なかなか行く機会がなかったのよね。ユアンもお祭り行きたかったの?」
「ん、リズと2人でね。デートしよう」
「うん!……うん?デー……ト?」
二つ返事で頷いた私だったが、聞き逃してしまった単語を繰り返しユアンを見上げる。
「祭りに行きたいというよりは、リズとデートするのが目的……て言ったら不謹慎か。俺はリズと出掛けられればどこでも嬉しい。でもリズを喜ばせたいから祭りはちょうどいいかなって」
「はわわ……」
嬉しそうに細まる紫の瞳にぼふっと顔から湯気が噴き出す。
今が夜で良かった……。もし明るい昼間であったなら道行く人に赤く熟れた顔を不審に思われただろう。
ユアンは真っ赤な顔で口をパクパクさせる私に困ったように笑う。
「リズが赤くなるのすごく可愛いんだけど……あまり他の男の前で見せないでね。見た奴を引き千切りたくなるし、リズの事閉じ込めたくなっちゃうから」
「ひ、引きちぎる……?」
こわっ!!いやいや、普通に危ない人だから!
何笑顔で怖いこと言ってるの、この人。
そもそも私が赤面するのは全部自分が原因だという事を自覚してもらわなければ困る。
私は赤い顔のままユアンを睨む。
「私が赤くなるのはユアンのせいでしょ。ユアンが言われた事ないような甘い台詞ばかり言うから!なんでそんなに口説き慣れてるのよ!他の女の子にも言ってるんじゃない!?」
ゲームの設定とは違い現実ユアンは甘すぎて、無口で無関心な孤高の魔術師どこ行ったとツッコみたくなる。
文句を付ければ驚くほど真顔で返された。
「生まれて此の方、リズ以外口説きたいと思ったこともないよ。リズもそのまま誰からも口説かれないで。俺だけにしてね?」
「うぐぅ……だ、だから、そういうの!」
地団駄を踏みたいのを我慢しながらムキーっとなっているのに、ユアンはどこ吹く風で。
駄目だこりゃ。
これ以上何か言っても返ってくるダメージの方がデカそうで、甘すぎる事を自覚させるのを諦めた。
そんなやり取りをしているうちにマンデルソン家の門が見えてきて、私はふと思い出しユアンから離れる。
「ユアンちょっと待ってて」
「リズ?」
それだけ言い残すとダッシュで家に向かう。
正面玄関で出迎えてくれた家令のローレンスが何事かと目を見開いていたので「ちょっと部屋へ」とだけ伝え、自分の部屋まで急ぐ。
淑女としてはしたないと後で注意されるかもしれないが、動きやすいワンピースのお陰もあり、あっという間に部屋で目的のものを手に取り玄関へ戻ってこれた。
玄関近くまで辿り着いていたユアンへそれを渡す。
「お待たせ!昨日これ返しそびれてたの。私が持って帰っちゃったから今日着れなかったんでしょう?ごめんなさい」
差し出したのは昨夜ユアンから借りたまま返しそびれた上級魔術師……ではなく最高位魔術師のローブ。
今日のユアンはローブでなく、ラフなシャツの上に袖のない外套を羽織っていた。
私が返さなかったせいで正装が出来なかったのだとしたら申し訳ない限りだ。
そんな私からローブを受け取ると、大丈夫と優しく微笑む。
「今日は身分を隠しての公務だったから使う必要がなかったんだよ。それにローブは何枚も替わりがあるから」
「それなら良かった。私のせいであの格好良い正装が出来なかったのかと思ったわ」
ほっとした私をユアンが覗き込む。
「な、なに?」
「格好良いと思ってくれたのは魔術師の服装だけ?それとも魔術師の服装をした俺?」
「え!?や、そ、それは、その、ユアンがカッコよかった……けど」
逃げ腰になりつつ尻つぼみで答える私。
それを聞いたユアンは花が綻ぶ様に嬉しそうに笑った。
「リズにそう思ってもらえたなら嬉しいな」
「ひぇぇ……!」
「お久しぶりでございます。ユアン坊ちゃま」
眩しい笑顔に目が潰れそうになり、思わず手で目をガードした私の後ろから穏やかな声がかかる。
振り返るとローレンスが頭を下げていた。
「お久しぶりです、ローレンスさん。……さすがにもう坊ちゃんは違和感しかないけど」
「おや。そうですか?」
挨拶を返すユアンに、老年の家令はにっこりと笑って見せる。
「屋敷の入り口で我が家のお嬢様を困らせているようでは、まだまだ紳士になれない『坊ちゃま』でございますよ。それに」
今度はその笑顔を私に向けた。
「お嬢様。淑女が全力で家の中を駆け抜けるなど、幼少期ならいざ知らずはしたのうございます。お二人とも妙齢の紳士淑女かと思っておりましたが……はて、私めが老いて勘違いしておりますでしょうか?」
「「ごめんなさい」」
笑顔で首をひねるローレンスに、私たちは揃って謝る。
それこそ子供の頃、いたずらを注意されていた時のようで自然と謝っていた。
ぴったり揃ったごめんなさいに、ユアンと顔を見合わせる。
「ぷっ……あはは」
「っ……はは」
お互いに噴き出し笑ってしまった私達に、ローレンスは「やれやれ」とでもいうように溜息をついてからドアを開いた。
「日が暮れて冷えてまいりますから、どうぞ中へお入り下さい。お嬢様、ユアン坊ちゃまのお夕食もご準備致しますか?」
「いや。俺はまだ仕事の途中なので戻ります」
「そう言えば、アルバート殿下も早く戻って来なさいと仰っていたわね」
戻ると言うユアンに、すっかり忘れていたアルバート殿下を思い出す。
大して時間が経っていないのでまだ馬車の中かもしれないが。
今から戻れば私を送ったせいで業務が遅れることもないだろう、などと考えているとユアンが私の方を向く。
「じゃあ、今日はここで」
「ええ。送ってくれてありがとう。そうだ!ファーガスそれちょうだい」
私はファーガスが持っていたパティスリーの試作品が入った紙袋を受け取り差し出す。
「これうちのお店で作ったお菓子。疲れた時は甘いものを取るといいのよ。送ってくれたお礼にあげる。お仕事頑張ってね」
「……ありがとう」
笑顔でお礼を述べた私をユアンは目を細め何故か少し眩しそうに見る。
そしてお菓子の袋を受け取るとそのまま私の手を握った。
「リズに会えて嬉しかった。初花祭りの日は迎えに来るよ。それじゃあ……」
そう言うと私の手を自分の顔近くまで持って行き軽く唇を落とす。
「っっ~!?」
「またね」
ユアンは言葉にならない私の手を名残惜しそうに離し、優しく微笑んだ後姿が消える。
後には沢山の光の粒がキラキラと舞っていた。
空間転移だっけ?便利な魔術があるものだ。
それよりも……。
「ユアン坊ちゃまもなかなかやりますな」
と、感心したようにローレンス。
「色男こわ……。男慣れしてないリズベス様なんて簡単に転がされそう……」
と、引き気味のファーガス。
「す、素敵……!想像の100倍麗しいメイスフィールド様も、頬を染めて照れるお嬢様も……素敵すぎる!」
と、いつの間にか現れ目を輝かせるメリッサ。
三人からのそれぞれの感情を乗せた視線に、ふるふると震えた私はユアンが消えた場所を睨む。
「居た堪れないじゃないの!ユアンのばかーーー!!」
ぽっかりと月が浮かんだ空に、相手に届くことのない雄叫びは虚しく消えていった。
改稿しました!
これから内容変えていきます!