2.
ちょっとだけ改変してます
メルジスタ王国の王都であるこの街は、大小沢山の通りがある。
中でも王都入口の門から平民街、貴族街を突き抜け王城へと続く大通りとなっているのだが、そのメインストリートを中央通りと呼ぶ。
沢山の露店が並び、住民だけでなく行商人や異国からの旅人などで賑わっている。
その中央通りから一本西に入った通り。
大通りから一本入っただけなので栄えているが少し落ち着いた雰囲気のその通りに、私のパティスリーは建っている。
貴族の住まいが集まる貴族街と、一般庶民が暮らす平民街のちょうど中間辺りで店を構えた。
高級店ではないがちょっと贅沢、ぐらいのコンセプトで始めたパティスリーにはうってつけの場所だ。
狙い通り、貴族の手土産や街の人たちのちょっと特別なお菓子として利用してもらっている。
外観はシックなレンガ作りで、壁に這った蔦の葉が落ち着いた通りの雰囲気に良く合っていると思う。
窓には鳥や草花が模られた立体的な彫刻がされており、アンティーク調でありながら堅苦しくならずに可愛らしさを感じられる。
自慢の店ではあるけれど、私が一から注文して建てた訳ではない。
実は居抜き店舗なのだ。
お父様を説得し、店舗を探していたところ商家の息子から紹介された。
元はオルゴール店だったが、高齢になった店主が売却したがっていると教えてもらい、一目で気に入った私がお父様から先行融資を受け買い取らせてもらった。
受けた融資はちゃんとお父様に返却してるのよ?
ところで。
「……ねぇ、あなたのそのダルそうな顔、何とかならないの?」
良い店舗だなぁとしみじみ見上げる私の横で、ぼけっとした顔で突っ立っている従僕に話しかけた。
私専属の従僕であり、護衛も務めるファーガスにだ。
「お言葉ですが、これが生まれ持った顔なんで」
しれっと答えるファーガスを呆れた目で見た。
こんな半開きの目をした赤ん坊なんて見たことがない。
なんと言うか、ファーガスは基本眠たげなぼやっとした雰囲気をしている。
というか暇があれば寝ている。
動きは俊敏だし何でも卒なくこなすが、他の使用人のビシッとした感じとは異なる。
だけど目鼻立ちの整った顔立ちは十分イケメンの部類に入るし、護衛を任せられるほど剣の腕も立つという何気に出来た男。
この世界ってイケメン多いのかしら?
私の疑問はさておき、実はこの店舗を紹介してくれた商家の息子が彼なのだ。
大手商会の男ばかり5人兄弟四男。
実家の商売に興味がないファーガスだが、さすが商家の息子なだけあり、私が商売を始めた頃から沢山助けてもらっている。
我が家の使用人として就職したはずが、今や私の専属従僕兼護衛兼アドバイザーである。
そんなファーガスを下から覗き込み、意地悪く笑って見せた。
「あらら~?昨夜のあなたはキリっとしてたわよ?」
なかなか凛々しかったじゃない?とニヤニヤすれば、半開きの目を更に目を細める。
「そりゃあ異常事態でしたからね、昨晩は」
「ふふ。確かに異常事態だったわね」
王太子が馬で追ってくるとか、とんでもない異常事態だなと思った私は笑ってしまう。
そんな私を今度はファーガスが呆れた顔で見た。
「いやいや……何笑ってるんですか。こっちはリズベス様が首でも刎ねられるんじゃないかと焦ってたのに」
「何で私が首を刎ねられるのよ!」
「そりゃあ、すごい勢いで騎乗した王太子殿下が追いかけてきて、いきなり馬車を止められるなんてことがあれば……うちのお嬢様が何か不敬をしたんだなって思いますよね」
「私を気に入った王子様が愛を告げるために追いかけてきたかもしれないじゃない」
それこそよくある恋物語じゃない?
見た目は金髪碧眼の王子様なんだし、そういうシチュエーションも似合いそう。
中身はポンコツ腹黒だけど。
しかも相手がモブの私じゃ絵にならないか。
けれどファーガスは心底驚いたように言う。
「思いもよらなかったですね。完全に不敬を働いたと思いました」
「なんで不敬なことが確定なのよ!」
「やりそうでしょ」
「……その口の悪さも何とかならないかしら」
ガクッと肩を落とした私に、またもしれっと答えるファーガス。
「生まれつきなんもんで」
そんな訳あるか!
心の中でツッコミを入れるが、不毛なやり取りになる事が明白なので口には出さなかった。
まったく、この男は主従関係というものが解っているんだろうか?
きっとウチ以外では働けないわね。
勝手に決めつけながら店舗裏に足を進める。
「まぁいいわ。行きましょうか。ところでファーガス。私の名前は?」
「分かってますよ。リリスさん」
「よろしい」
満足気に頷き店横の路地から店舗裏に抜ける。
リリスって誰よ?と思ったかしら?
前にも言ったけれど、私はマンデルソン伯爵令嬢という身分を隠して働いている。
それは子供の頃負った傷のせいで貴族の務めである結婚が絶望的になったから、穀潰しにならないようにと始めた事ではあったけれど。
今では趣味といってもいいぐら仕事が大好きだ。
でもやっぱり貴族令嬢が働くのは外聞が悪いのは確かで、私はカルロお兄様から現場を任される現場責任者的役割のリリス嬢として働き続けているのだ。
経営者はお兄様になっていて、私の名前は一切出していない。
お店に入るときには『優秀な部下リリス』という設定。
……優秀な、という部分は私が勝手に言ってるだけだけど。
だから街へ出る時も馬車は使わないし、侍女もいない。
一応伯爵令嬢なので、念の為護衛としてファーガスだけは同行してもらっている。
薄茶色の髪は一本にまとめ上げ、紺のワンピースは白い襟以外飾りもない簡素なものだ。
お屋敷に居れば侍女だと思われそうな出で立ちだから、街へ出てもまったく目立たない。
まぁ目立たないのはモブ属性のいいところでもある。
「さぁ、お仕事お仕事♪」
私は従業員用の扉をノックしてから開けた。
途端にふわりと甘い香りに包まれる。
「んーいい匂い!」
お菓子の甘い香りに思わず頬が緩む。
そんな私に気が付いた厨房のパティシエ達が手を止め笑顔を返してくれる。
「やぁリリスさん!おはようございます」
「リリスさん、おはようございます。いつも第一声はそれですね」
「ははは、確かにな!ファーガスさんは相変わらず眠そうだねぇ」
言われてやんの、と思いファーガスを見れば、あちらも同じような顔でこちらを見た。
「おはようございます!皆さん朝早くからいつもご苦労様。お陰様で今月も売り上げは順調です!」
元気に挨拶を返し、業績が良い事を伝えると皆良かったと笑ってくれる。
それぞれに声をかけながら、仕事ぶりを褒めたり改善案や困ったことがないかを聞いていく。
それから厨房に姿の見えない約束相手を尋ねた。
「ミゲルさんは?」
「店長なら店の方に居ますよ」
開店前の準備を見に行っていると聞き、お礼を言って表へつながる扉を開ける。
店舗の方は開店前の陳列や店舗整備に皆がキビキビと働いていた。
「おはようございます!」
挨拶をすれば準備で忙しい中、皆笑顔で返してくれる。
いい従業員が揃っているのも、うちの店の自慢の一つだ。
その中でケーキの陳列を見ていたコック服の男性がこちらへとやってくる。
「おはようございます。今日はリリスさんとお約束の日でしたね」
にっこりと笑ったこの人こそ、この店の店長ミゲルさんだ。
丸っこいシルエットにでぷっとしたお腹。
丸眼鏡の奥では豆粒のような可愛い目がニコニコしている。
おじいちゃんと呼ぶには早いけど、おじさんと呼ぶのもどうかしら?と、いうぐらいの年齢だ。
「ミゲルさん、おはようございます。ちょうど忙しい時間に来てしまいました」
「いえいえ。皆リリスさんがいらっしゃると知って楽しみにしていましたから」
「新作の打ち合わせがあるからですね?」
「ふふふ」
笑ったミゲルさんのお腹がポヨポヨ揺れている。
皆が楽しみにしているのは新作の打ち合わせ。その際に出る試作品の試食を楽しみにしているのだ。
「ではご期待に添えるよう、美味しい新作を考えなくちゃですね」
「頑張りましょう」
私はミゲルさんと顔を見合わせて笑った。
開店準備をスタッフ達にお願いし、厨房の一角を使わせてもらいながらレシピを形にしていく。
残念ながら私には前世で料理人やパティシエだった記憶はなく、非凡な才能を発揮することは出来ない。
けれどスイーツ好きだったのが幸いし、スイーツの記憶は沢山あるのだ。
私はテーブルにずらっと紙を広げる。
「とりあえずケーキと焼き菓子を何種類か考えてきました。あと、来週のお祭りに出来たらいいなっていうアイデアも」
「何種類かっていうか……すごい量ですね」
「ええ……毎度ながらリリスさんの発想力には感心します」
目を輝かせるミゲルさんと、対照的に呆れ顔のファーガス。
正反対の顔をした二人が見つめるのはケーキや焼き菓子の構想を私が絵をつけて書いたもの。
材料や分量を詳しく書くことは出来ないので、完成図や大まかな食材、口当たりや触感、味などを書いてある。
「イチゴの美味しい時期でしょう?やっぱりイチゴを使った新作が何点かあったらいいなと思って」
「これはどんなケーキですか?”イチゴのムース”というのは」
さっそくミゲルさんが喰いついたのは、今回私が一番食べたいやつ……ごほん。一番おすすめのやつだ。
「ええっと、潰したイチゴに牛乳と泡立てた生クリームを入れて、すこーしだけ固めたものです」
「ミルク仕立てのゼリーという事ですか?」
「いいえ。ゼリーほど固めないんです。ゼリーよりも柔らかくて生クリームより少し固いって感じ」
「ふむふむ」
「口でとろけるぐらいが理想ですね。透明な容器に入れて、器ごと販売するか、固さを調整してセルクルで作るか……」
メモを取るミゲルさんに想像しながら説明していると、ファーガスからストップがかかる。
「器で販売だと今から注文制作になりますよね?透明な容器となればガラスでしょうが、大量に仕入れるには時間がかかりますよ。容器がガラスとなれば原価も上がりますし」
さすが商家の息子だけあって問題点の洗い出しが早い。
感心しながら質問をする。
「原価割れするほど高いと困るけど、数は大量でなくてもいいかもしれないわね。季節&数量限定品にすれば多少値が張っても売れると思うのよ。仕入れるとしたら何個が限界かしら?」
「上手く交渉したとして、一日20個ぐらいじゃないでしょうか。まずは工房に相談が必要ですね」
価格と納品数が折り合いがつけば何とかなりそうだ。
価格はやはり高級品になりそうだから貴族向けに考えてもいいかもしれない。
頭の中で計算をしていると、ミゲルさんがまた違う紙を手に取った。
「これもケーキですか?」
そこに書かれたものを見て首を振る。
「それは焼き菓子のアイデアです。フルーツのパウンドケーキですね」
「それは今もありますよ?」
首をかしげるミゲルさん。
確かにリンゴとバナナの二種類のパウンドケーキを販売している。
だけど今回は少し違う。
「ドライフルーツを使った大人向け……というか甘いものがさほど好きじゃない人も食べられるケーキをお祭りに用意したくて。お祭りでお酒を楽しむ人たちのお供にもいいかなって思ったんです」
紙に書いてある材料の箇所を指す。
「色々な種類のドライフルーツとナッツを刻んで強めのお酒に漬け込みます。漬け込んだお酒も生地に混ぜたら、お酒の香りも楽しめるかなと思ったんですけど……どうですか?」
「なるほど。お酒のお供になる焼き菓子、というのは新しいですね。さすがリリスさんです」
「ははは……」
ミゲルさんのニコニコ顔から視線を逸らし心の中で呟く。
……前世であったお菓子なんです、全部。
それからも一枚一枚説明したり聞かれたりしながら、ミゲルさんが形にできそうなものを選んでいく。
そこからは試作品作り。
私は役に立たないのでミゲルさんのお手伝いをしたり、試食をして相談したりが仕事だ。
ドライフルーツは漬け込みが必要なので明日ミゲルさんが作ってくれることになった。
ミゲルさんが手際よく作り上げていくのを見ると、自然とわくわくしてしまう。
冷ましたり、固めたりする時間は店を見て回ったり、お客様を接客したり、スタッフから要望やお客様の反応などを聞いて回った。
スタッフへの聞き取りってとても大切よね。
店を良くすることに繋がるのはもちろんだけど、自分の意見や要望が聞いてもらえる環境って、働くモチベーションにも繋がるんじゃないかと思う。
「リズ……リリスさんて店舗運営の知識があるんですか?どこかで学んだとか?」
名前を間違えそうになったファーガスが不思議そうに言った。
「もしかしたら前職はこんな仕事だったのかも」
「前職?」
ふいに尋ねられ、思わず考えた事をそのまま口走ってしまった。
慌てて振り返り笑顔で誤魔化す。
「何でもないわ。それよりお店ではリリスでしょ?気を付けて頂戴」
また何事もなかったように背を向けて扉へ向かう。
そんな後姿をファーガスが訝しげに見ていた。
沢山のブクマと評価ありがとうございます!