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1.始まりの始まり

幼き頃の私は、好奇心の固まりだった。



伯爵家であるマンデルソン家に末娘として誕生した私、リズベス・マンデルソンは良家の子女らしからぬ遊びをしては、両親や乳母にお叱りを受けていた。

それは冒険であったり、探検であったり。

刺繍やお人形で遊ぶより、泥だらけになって色々な場所を駆け回る方がずっとワクワクした。


そんな私といつも一緒に遊んでいたのが、ユアンという2つ年下の男の子だった。

メイスフィールド伯爵家のやはり末っ子のユアンは、私とは違い物静かで泣き虫で、とても可愛い子だった。

艶やかな黒髪にぱっちりとした紫の瞳。

ユアンを見た大人は、まるで天使のように愛らしいと言って喜んだ。

幼い頃の2歳差はなかなか大きい。私はユアンを弟のように可愛がっていたので、ユアンが誉められるとまるで自分が誉められたかのように嬉しかった。

家同士が仲良かったこともあり、赤ちゃんの頃から一緒にいる私に、ユアンもとてもなついてくれた。

どこに行くにも一緒で、私が探検に出掛けるときも、いつも後ろを付いてきた。

ベソをかくユアンの手を引きながら、お姉さんぶって遊ぶのが私たちの日常だった。



──あの日までは。



「リズ……こんなところまで来て、またイザベラに怒られちゃうよ」


その日は町外れの森に木苺を摘みにやってきた。

7歳と5歳になった私たちは、行動範囲も広がり、町外れの森に来るのもこれが3回目。

前回見つけた木苺が、そろそろ色をつける頃だと思ったからだ。


「大丈夫よ。見つかる前に戻ればいいんだもの」


マンデルソン家の乳母であるイザベラの雷を思い浮かべ、ユアンはオドオドしながら私の後を追ってきた。

たしかに、両家の両親や執事より、イザベラは怖い。

けれど、見つからなければ怒られる事はない。

前回は見つかったけど……今回はきっと大丈夫!

根拠なき自信を持って、私は木苺を目指して進んでいた。


「いつも見つかるじゃないか……ねぇリズ、戻ろうよ」


「いやよ。ユアンは木苺摘みたくないの?」


「摘みたいけど……でも……」


「じゃあ行きましょう。きっと甘くて美味しいわ」


はい、と右手を差し出せば、ユアンも手をとり渋々付いてくる。

それを見てにっこり笑った私は、数歩進んで足を止めた。


すぐ前の茂みから、男が現れたからだ。


「ひっ」と喉を鳴らし、ユアンは私の後ろに隠れた。

どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。

男の姿を見て、危険だ、と瞬時に思った。

男はボロボロの、紫のローブを羽織っていた。

──紫のローブ。

それは上位魔術師の装いだ。

上位魔術師。

私たちの国、メルジスタ王国は魔術の研究に秀でていて、国として魔術師の育成にも積極的だ。

才ある者には専門の学園にて魔術を学ばせ、いずれは国の魔術機関での仕事に就く。

その中で取り分け優秀な魔術師が賜る称号が、上位魔術師というもの。

通常の魔術師のローブが濃紺なのに対し、上位魔術師は絹で織られた紫のローブを与えられるらしい。

らしい、と曖昧な表現になるのは、実際に上位魔術師を見たことがないからだ。

そもそも魔術師は国の重要資源に他ならない。

他国に流出し、我が国の魔術を盗まれるわけにはいかない。

その為魔術師、特に上位魔術師は王城内に住まいを与えられ、限られた人達しか会うことが出来ないのだ。

と言っても、ローブを脱いでしまえば魔術師だと分かるはずもなく、魔術師達も城下街に出られるし、軟禁状態という訳でもない。

ただし上位魔術師に限っては、国の監視下にあり、上位貴族と同等の扱いをうけるので、一般貴族の私達が会うことなどほぼない。

それでも紫のローブを羽織っていれば上位魔術師であるらしいことは、7歳の私でも察しがつくというわけだ。

そしてこんな街外れの森に、ボロボロの紫のローブを羽織った、日常出会うことの無い上位魔術師がいる、それが異常であるという事も。


私達に男の方も気がつき、こちらに向き直る。


「おや……こんな場所に貴族の子供とは。何をしている?」


男は私達を上から下まで舐めるように見ながら、一歩こちらに近づく。


「あ、あ、あなたこそ……なにを……」


ユアンを後ろに庇いながら、私達も後ろへ一歩下がる。

正面から見た男の顔は、酷く痩せこけ、なのに目だけが爛々と輝きを持っていた。

それにボロボロのローブ……。

男が何者か、こんなところで何をしているのか、何もわからないけれど。

それでも危険だと感じるには十分だった。

男の剣呑な雰囲気に、私は完全に怯えていた。


「リ、リズ……」


背中でユアンの震えた声がした。

ただ怯え恐怖に竦んでいた私は、その声にハッとした。

泣き虫で怖がりなユアンが私の後ろにいる。

──私がユアンを守らなければ──

ここには助けてくれる人は居ない。

ならばユアンを守れるのは自分しか居ない。


「ユアン」


私は小声で後ろに呼びかけた。

握っていた手にギュッと力を込める。

大人に勝てる術はない。ならば取るべき手段は1つしかない。


「止まらず走るのよ!!」


「!!」


力いっぱい地面を蹴り、男に背を向け走り出した。

ユアンも私に手を引かれ、驚きながらも転ばず走り出せた。

なんとか街まで逃げなくちゃ──!!

幸い森の入口からさほど離れていない場所なので、すぐに街に入れるはずだ。


「………」


後ろから何か言葉が聞こえた、次の瞬間──。


「きゃぁぁ!!」

「うわぁぁ!!」


ドゴォンと轟音と共に斜め前の地面が裂けた。

その衝撃で私達は後ろに吹っ飛ぶ。


「残念だが、逃がしはしないよ。貴族の子供なんて人質にもってこいだ。」


後ろから男の嬉しそうな声がした。

これは本気でヤバい。

人質なんて恐ろしい事を考えている上位魔術師なんて、めちゃくちゃヤバいじゃないか。

とにかく誰か助けをよばなくちゃ……!!

私はユアンにそっと近寄り、蒼白のユアンをきゅっと抱きしめた。

その耳元でそっと呟く。


「ユアン、聞いて。私が『行って』と言ったら街に向かって走って。誰か助けを呼んで!」


「む、ムリ……僕できない……」


ポロポロと涙を流すユアンにギュッと胸が痛む。

私が森へ行こうなんて言わなければ……。

やめようと言うユアンを無理につれてこなければ……。


「ユアンごめんなさい。こんな怖い目に合わせて……」


1度力いっぱい抱きしめ、そして体を離してユアンの目をしっかり見据えた。


「でもお願い。ユアンに何もさせないから!頑張って走って!街まで止まらずに」


「うぅ……」


「お願い!絶対に守るから!ね?」


「何を守るんだね?」


ザリっと砂を踏む音がすぐ後ろから聞こえた。

もう説得する暇はない。


「ユアン!!行って!!!」


「っ!?」


私はユアンに叫ぶと同時に男に勢いよく飛びかかった。

力いっぱいタックルでぶつかる。

隙を突いたからか、私に飛びかかられた男は後ろに尻餅を着いた。


「く、このっ……!!」


男が体勢を整える前にばっと離れ、街と反対へ逃げようと立ち上がる。

街の方へ逃げたら、もしかしてユアンが危なくなるかもしれないから。

けれど、1度後ろを振り返った私は愕然とした。


「ユアン!!」


未だに地面に座ったまま動けないユアンがいたから。

ガクガクと震え泣いているユアンに、男も気がついた。


「まずはお前から」


そう言ってユアンに向けて手をかざす。


「ダメ!!」


「っ!邪魔だ!」


かざした手に飛びついた私を男が振り払おうとする。

振り払われてたまるかと、私は更に男の腕に噛み付いた。


「ぐっ!!貴様ぁ!!」


それがまずかった。

噛み付いたことが男の逆鱗に触れてしまったらしい。

ザワリと鳥肌がたつのが分かった。

魔術はわからないけど、確かに周りの空気が変わったのを肌で感じた。


「……!」


男が何事かを口にした、次の瞬間──。


「!!!」


体に強烈な衝撃を受け、声も出せずに吹っ飛ぶ。

そして直ぐに背中に熱い程の衝撃を受けた。

吹っ飛ばされて木に叩きつけられたらしい。


「ゴホッ……!」


あまりの衝撃に息もできない私は、口から血を吐いた。

身体中が痛いのか熱いのか分からない。

特に背中が燃えるように熱かった。

視界が涙で滲んで良く見えない。

ユアンは……ユアンに逃げるよう言わなくちゃ……


「ユ……ユア……に、げ」


上手く言葉が出ない。

それでも必死にユアンに伝えたくて口をパクパクさせる。


「ちっ……一匹使えなくなってしまった」


「リ……リ……」


男の声と一緒にユアンの声が聞こえる。

ああ……やっぱりまだ逃げられていない。

ユアンを助けなきゃ……!

逃げてって言わなきゃ……!

そうは思うのに体に力が入らず、咳き込むことしか出来ないことがもどかしかった。


「リズ……リズ……?」


「お前は大人しくすることだ」


ユアン、私は大丈夫……早く、早く逃げて……

言葉にならないけれど、頭の中で答える。


「リズ……リズ……リズ……」


「さぁ、こちらに来るんだ」


「リズ……リズ…………」


「さっさと……」


「リズーーーーーーーーーーー!!」


今までに聞いたことの無い悲痛なユアンの叫び声に、私はぼやける視界を精一杯凝らす。

見えてきたのは遠くに倒れて動かない男と、うずくまるユアン。

ーいや、黒い竜巻の中心にうずくまるユアンだった。

あれは、何?

周りの空気が淀み、晴れて明るかった森は暗く見える。

黒い渦は徐々に大きく広がっているようだった。

呆然と見ていた私は、渦に入った木に気が付いた瞬間、サーと血の気が引くのを感じた。

広がる渦の円に入った木は、みるみるうちに葉を散らし黒くなり、枯れてしまったのだ。

あの渦に触ったら危険だ……て、ユアンは!?

渦の中心にいるユアンは大丈夫なのか、私は目を凝らす。

うずくまっているのは分かるけど……


「ユっ……ユア……」


ユアンを呼ぼうとするけど、上手く声が出せない。

でも、ユアンがピクリと動いたように見えた。


「ユア……ユア……ン……!」


どうか無事でいて!!

絞り出した声にゆっくりとユアンの顔が上がった。

良かった!生きてる!!


「リズ……?」


「ユ……あ……」


「リズ!!」


私と目が会った瞬間、ユアンを取り巻いていた黒い竜巻はザザッと音を立てて消え、ユアンはこちらへ駆け出していた。

ああ、走れるくらい元気なら良かった……。

危険な渦も消えたし……。

あの男が襲ってくる気配もなさそうだし……。


「リズ!リズ!」


駆け寄ったユアンはボロボロ涙を零しながら私を覗き込む。


「リズ!死なないで!お願い!!」


大丈夫だよって伝えたいけれど、安心したせいか急に力が抜けてきて……。

ユアンを安心させてあげたいのに…………。

なんだか…眠くてだめみたい…………………………。

遠くでユアンの声が聞こえたけど、私はそこで意識を失った。

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