春
いざ高校を卒業して大学に通うとなっても、何故こう心持が変わらないのだろう。
俺はいつも流されてばかりだ。
この大学も合格圏内だったから選んだだけで、オープンキャンパスなど一度も訪れていない。二次試験に初めて足を踏み入れたどころか写真にも見たことはなかった。流されて流れるままに人生を選択する。
友人は皆新しい彼氏がどうだとか、サークルがどうだとか騒々しいが、どうにも俺と恋は縁遠いものらしく、その類には相当疎い。そりゃ一人称が俺の女なんて誰が近寄ろうと言うのか、いるのであれば馬鹿か変態だ。
そろそろ矯正のしどきだろうか。わたし、と呼ぶには抵抗がある、やはりあたしだろうか。
「あたしの名前は……」
呟いてみて愧赧の念に全身を犯される。
駄目だ、俺が一番落ち着いてしまう。
元より何故俺呼びが悪いのだ。俺とてお偉いさんには私呼びをする。友人と話す分には何の問題もないだろう。
そう意固地になるからいつまで経っても彼氏ができないのだ、チラウトチラウト。試しに友人の合コンに参加しててきとうに彼氏でも作ってみようか。
ううん、と唸りながら俺は人混む入学式前の正門前をふらついていた。後十数分で会場が開くようで、人が着実に増え始めた。
息苦しいため退避しようと壁へ寄る。その通り道に男性が突如現れ、思わず衝突する。上の空だったためかしりもちをつく。
「おっと、大丈夫ですか」
紳士的な男性は俺へ手を差し伸べる。
俺はかっこいい人間が好きだ、悪意はなく偽善と軽蔑されても正義を貫くような芯のある奴が好きだ。この男からは努力の気が感ぜられた。
出で立ちがなっていない、だからこそ恵まれない環境で育ったことを察せる。俺は半ば〝これって王道的展開じゃないか〟と思い、その手を取ろうとする。
だが結局それが起こることはなかった。大丈夫です、と俺は自力で立ち上がる。男は一瞬硬直したが、そうですかと柔和に笑って立ち去った。
触れることができなかった、何故か拒絶反応があった。思えば俺は男と触れたことがない。しようと思えばできるだろうが、尋常ではない嫌悪感を覚えたのだ。
そこへ友人が現れた、最悪のタイミングでもあった。
「やっほー、チャンスを不意にしたね、ああいうのは甘えるところだよ」
うるせ、と友人の頭を叩く、何の違和感もなく。
「とうとう大学生だね、実感わかないや。――お、そろそろ開場かな? 人が群がり始めたよ」
いやまだ早いぞ、という俺の言葉も聞かずに、
「学部違うけどさ、合コンとかしたとき人数合わせに呼ぶかもしれないから覚悟しててよね」とか言う。
人数合わせとか言うなよ、と俺は一応突っ込みを入れた。
恐らく彼女との縁はすぐに切れてしまうだろう。三途の桃たる俺には何の哀れみもないけれど、俯瞰してみれば案外感慨深いのかもしれない。俺と彼女の別離は卒業式ではなく入学式なのだ、この発見は俺の中では少し趣深かった。
ならばもう少し暇乞いを続けていようか。
「ねえ、あの子知り合い?」
出鼻をくじかれ、話題は彼女の方から出た。
彼女は雑踏の中の一人の少女を指差していた。少女はこちらをじっと見ているようだった。少し観察しているとこちらに近づいて、何か喋ってから踵を返して雑踏に消えた。
「いや、知らない」
と俺は返答しながら、読唇から得られた謎の言葉を考えた。
――いつか、わたしを。
少女はどこか見覚えがあった。懐かしいようで、変わってしまっているようで、けれどどうしてか嬉しい。奇妙な感覚だった。
少女とは縁があるのかもしれない。不思議とそう思えてしまった。そう思うと途端にあらゆる可能性が脳裏を過ったが、馬鹿馬鹿、と揉み消した。
見た感じ同じ新入生のようだったし、いつかはどこかで会うかもしれない。
どうせそのときにはもう記憶なんて忘却されているだろうが、もし忘却炉の燃えカスが無意識に廃棄されるのならば、俺と少女は俺の予期しないところで繋がっているのだから、きっと問題はないだろうと思う。
さて、そろそろ開場だ、俺の人生がこの入学式で変わることはないだろうけれど、
何かが変わっていて欲しいと願わなくもないのである。
予告通り解説やネタバレをします、雪斎拓馬です。
何故執筆したか全く理解できない恋愛小説、薄く深くを意識して書き上げました。
また主人公が女であることは特別隠す気はありませんでしたが、心を無にして読み進めた人が引っ掛かるようにはしました。
タイトルが安直なのはご容赦。
テーマは複数ありますが特に、物事は物理空間で起こる癖に全ては不可視の概念空間で演算されている、ということでしょう。要約すると、全く意図しないところで人は運命に流される、ということです。如実にそのテーマが表れているのはアフターストーリーの第二段落目で、主人公は運命に流され必然的にその大学に合格したのです。
もっと敷衍すると、「必然」がテーマでしょう、運命の二文字でないところが肝です。
順々に解説。
第一節目は作品全体のテーマを定めています。概念空間の存在を読者に認知して頂かねばならないゆえです。〝所詮友人という関係なら決定的な別離はない〟。二人の心の距離が遠ければ、爆発が起きても安心ですね。
初見で一見無意味に思える第四節目はシステム破損の犯行方法の伏線は勿論のこと、大人は彼女へ羨望の念を抱かないというテーマ的伏線にもなっています。「時間・成長」というテーマに当たるでしょう。エスニックアイデンティティの話題がその伏線として機能しています。要するに、彼女を理解できない者は羨望しがちなおこちゃまだということです。ちなみに乗る人優先エレベーターに意味はありません。ありません。
意味のないネタといえば、榊原教授だけ固有名詞が出ているのにも全く意味はありません。
こういう意味のない設定が作品の品質を落とすので皆様これを反面教師にお使い下さい。
また〝親と子の体をして〟のように非物理的情報を物理的な何かに比喩する表現が多用されますが、言わずもがなシステムに対する表現です。他に、化粧だとか粉々になった瓦礫とかがあります。
同じ第四節目にて「彼女」が親に連絡を取るシーンがありますが、そのとき親が何の心配もせず外泊を許可した理由も、友達即ち「俺」が女性であったことにあります。一応伏線のつもりです……伏線力なry。第五節目の風呂のくだりもその伏線です。
当作品ではわざと誤解(誤った解釈の意)を招く表現が多用されています。
第五節目の〝この趣味はいつから〟は概念空間の研究かと思う方もいらっしゃるかと思います。そう仕向けることで主人公=女を少しカモフラージュしています。その場合、「何言ってんだこれ。まあでも全体的に意味不明な小説だし」と思わせるのが狙いです。
最後に、
ざっくりと解釈して、ギリシア語において愛は四つに分類されるそうです。真愛、性愛、家族愛、隣人愛で、主人公は作中でも散々言われている通り真愛が男性に向いています。ですから「彼女」の告白を断り、世間体がどうだとか言うのです。
しかし性愛が女性に対して向いているのも示されています。「彼女」に近寄られたとき明らかに動揺し、男性に近寄られると生理的な嫌悪を感じる。
要するに夏目漱石こころの「先生」の性逆転版ですね。(この点が特に影響されているのです)
ちなみに「親友」がシステムファイルを破壊した方法ですが、単純にファイルをメモ帳で開いててきとうに改変して上書き保存しただけです。普通に壊れます。
また、学校のずさんなセキュリティ管理、教授が「親友」の犯行を察知していたのかどうか、主人公は同じ学科ゆえに早くも「彼女」と再会を果たしたその時の記憶力の悪さ、という謎は作者も知るところではありません。
興醒めなあとがきはまだ幾らでも書けますが、それはいちエンターテイナーとしてどうかと思うのでここいらで切り上げます。
当作品をお読み頂きありがとうございました。
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