9 人気のからくり
翌朝。登校した修介の周りに、男友達A~Dが嬉々として集まった。が、修介の表情を見て、何となく察したのか、ラブレターの件について触れることはなかった。
その日の昼休み、男友達Bに誘われ、食堂でご飯を食べた。
食堂は混雑し、座れるか微妙だったが、「山神君を立たたせるわけにはいかない」と、名も知らぬ先輩たちが席を譲ってくれた。
先輩たちに感謝しながら、ラーメンを食べているときだった。
食堂の入口がにわかに騒がしくなる。修介は何事かと目を向け、唖然とした。
同じ高校の制服を着た伊奈子が立っていた。
修介の驚きはそれだけではなかった。
「あ、ママだ!」
「ママが来てくれた!」
「ママ、今日も可愛いな」
男友達が次々に「ママ」と口にしたのだ。
「え? え?」
混乱する修介。そんな修介の下に、伊奈子はやってきた。
伊奈子は修介と向かい合うように立った。その顔は真面目で、緊張感があった。
修介は色々言いたいことはあったが、真面目な顔で伊奈子と向き合った。
「修ちゃん。ぼく、昨日あれから色々考えてみたんだ。それで、修ちゃんのこと、不愉快にさせていたんだとしたら、謝るよ」
「あ、うん。わかってもらえたなら、それでいいよ」
「でね、修ちゃん。修ちゃんに聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「修ちゃんにお姉ちゃんはいるの?」
「いないけど」
伊奈子の顔が、ぱぁと晴れやかになる。
「良かった! なら、ぼくは修ちゃんのお姉ちゃんになるよ!」
「ごめん。さっきの言葉を訂正するよ。何もわかっていないんだな」
「何で? だって、お姉ちゃんはいないんでしょ?」
「うん。まぁ、そうなんだけどさ。そうじゃないんだよなぁ」
「もう」伊奈子は頬を膨らませる。「ああ言えば、こう言う。まったく、修ちゃんはお姉ちゃんにどうしてほしいわけ?」
「取りあえず、その姉貴面は止めてくれないかな。ってかさ、何でここにいるわけ? まさか、わざわざ転校してきたのか?」
「何を言っているんだ。先にこの学校にいたのは、ぼくだよ」
「え? 嘘でしょ」
「本当だよ」
「そんな馬鹿な。だって、おかしな奴がいる学校は、選んでないはずだが?」
「誰が選んだの?」
「ハトエさん。絶対に一緒になりたくないリストも渡したはずだが……」そのとき、修介に電流が走る。「まさか、ハトエさんが?」
伊奈子はニヤリと笑う。
「な、なにぃ。馬鹿な、ハトエさんにも能力は効かないはず。それなのに、なぜ?」
伊奈子はスマホを見せた。その画面には、ハトエの電話番号が書かれていた。
「ハトエはぼくの友達なんだ!」
「く、くそおおおおお! 図ったな!」
「修ちゃんがちゃんと確認すれば良かっただけでは?」
「ぐっ」
修介は言い返せず、奥歯を噛む。確かに、その通りだ。高校選びが面倒だったので、ハトエに全部任せた修介に非はある。
「ってか、そんなにぼくと一緒になるのが、嫌なの?」
「当たり前だろ」
「当たり前なんだ」
伊奈子は寂しそうに肩を落とす。
さすがに言いすぎたか。
修介は、困り顔で頬を掻く。
「……当たり前ではないかもしれないね」
「だろ!」伊奈子は一転し、満面の笑みを浮かべる。「もう、素直じゃないんだから」
「切り替え早すぎだろ。でも、正直、嫌なんだよ」
「どうして?」
「だって、クレイジーだし……」
「そんなことないよ」
「いや、あるよ」
「だって、修ちゃんのこと、理解できるのは、ぼくだけだよ。この学校の連中も、修ちゃんのこと、全然理解していないし」
「え?」
「あっ」
伊奈子は慌てて口を押える。
意味深な物言いに、修介の目つきは鋭くなる。
「今のどういうこと?」
修介の追及に、伊奈子は目をそらす。
「そっか。教えてくれないんだ。そんなやつ、姉でも何でもないよ」
修介がじっと見つめると、伊奈子は観念したように口から手を放した。
「……この学校は、真面目で大人しい子が多くてね。好戦的な武闘派の超能力者を恐れる傾向にあるんだ。ぼくは、修ちゃんがそんな人じゃないことを理解しているけれど、修ちゃんは、やんちゃな噂話もたくさんあるから、それで、皆、変な先入観をもっていたんだ。でも、安心して! ぼくの力を使えって、そういった問題も解決したから。それで、戦いから身を引きたいと思っていた修ちゃんには、良い高校なんじゃないかなと思って、ハトエにここに入学するようお願いしたんだ」
「……なるほど」修介は、男友達A~Dを見回して言った。「皆は、この女に優しくするように言われて、俺と付き合っていたのか?」
男友達は気まずそうに沈黙を保ち、誰も修介と目を合わせようとしなかった。それで、修介は色々と察し、天井を仰ぎ見た。
「でもね! 大丈夫だよ、修ちゃん! ぼくが何とかするから!」
修介は反応しなかった。天井を見つめたまま動かない。
伊奈子はふためき、次の言葉を探す。
そして声を掛けようとしたとき、修介は大きなため息を吐いて、伊奈子に視線を戻した。
「あんたの力は、この学校全体に行き渡っているんだろ?」
「……うん」
「なら、俺に関する命令? を取り消せ」
「でも、そんなことをしたら」
「俺を舐めんなよ」修介はお盆を持って、立ち上がった。ラーメンはすでに食べ終えた。「あんたの力を借りずとも、友達の一人や二人、作れるさ。彼女だって、自分の力で、一人や二人……」
伊奈子はまだ何か言いたそうにしていたが、修介がじっと見つめていると、言葉を呑み込んで、頷いた。
「そっか。わかった。でも、辛くなったら、言ってね。お姉ちゃんは修ちゃんの味方だよ」
「その心遣いだけ、受け取るさ。あと、俺の姉貴ではないからな」
修介は男友達、いや、クラスメイトを残し、一人でお盆を片づけた。
それから修介は教室に戻って、授業を受けた。
昨日までの賑わいが嘘みたいに、修介の周りはひっそりとしていた。