7 俺は人気者!
「大きな怪我はないし、君の回復能力をもってすれば、明日の朝には退院できるよ」
40代前半に見える、眼鏡をかけた医師が言った。前からお世話になっている中央病院の塩野先生だ。
修介は、一人部屋のベッドの上で、安堵の息をもらす。
「そうですか。それは良かった」
塩野の言う通り、ひと眠りしたらだいぶ痛みは和らいだ。
「いやぁ、羨ましいね。君や鬼君を診察する度に、『闘う者』の能力が欲しいと思っちゃうよ」
「そんなぁ。先生も素晴らしい能力をお持ちじゃないですか」
「何だね」
「人を元気にする、っていうね」
ふん、と塩野に鼻で笑われた。しかし満更でもなさそうな顔である。
「で、今回の診察データはどうしたらいい? 柳さんのところを辞めたんだろ?」
「病院で保管しておいてください」
「わかった。でも、何で柳さんの所を辞めたんだい? 彼の研究所ほど、素晴らしい研究所はないと思うけどね」
「そういう契約でしたからね」
「私なら、それでも契約を更新しようと頑張るけどね」
「降格もしちゃいましたから」
「……まぁ、いい。取りあえず、今日は安静にしていなさい」
「はい」
それから寝て起きて、翌朝、学校から支給された制服を着て、修介は元気に登校した。
登校中。学校に到着したときのことを考え、ニヤニヤする。昨日の反応を見るに盛大に祝ってくれるに違いない。学校に行くのがとても楽しみで、その感覚は久しぶりのことだった。
学校に到着する。修介の想像通り、校門から修介を迎える準備ができていた。
「おっ! 来た! 山神君だ!」
「おおっ! 山神君、おはよう!」
「昨日はカッコ良かったぞ!」
校門の前に教師陣が立っていて、修介は拍手で迎えられる。握手を求められ、一人一人と握手を交わす。
教師たちの中に、校長先生の姿もあった。修介は校長と固い握手を交わす。
「昨日、入学式後に他の学校の入学式に参加しなくちゃいけなくて、戦いを直接見ることはできなかったんだけど、話は聞いている。僕は、山神君がこの学校の生徒で、いや、山神君が入学した高校の校長を務めていることを大変誇らしく思うよ」
「俺もそう思います」
「あの、これ」
女の事務員が手に花束を持っていた。
「いいんですか。花束を貰っても」
「ええ。この花は、山神君のために咲いたようなものですもの」
修介は花束を受け取り、事務員とも握手する。
そして、その場にいた教師たちと、『祝! Sランク撃破!』の横断幕を持って、校門の前で写真を撮った。
「この写真、家宝にするね」
と、涙を流す女教師もいた。
大げさだなぁと思いながらも、修介は悪い気がしなかった。
祝福はまだまだ続く。
昇降口から教室に至る道中で、多くの生徒から祝福の言葉とプレゼントをもらった。
教室に到着し、プレゼントや花束を机の上に置く。すぐにいっぱいになって、まだ溢れていた。
クラスメイトからも当然のように祝福されるが、その中に、昨日、修介をAランクに降格した雑魚と言った男子生徒もいた。
「あ、あの山神……君! 昨日はごめん! 生意気なことを言っちゃって」
「気にしてないよ」
「ああ。何と慈悲深い」男子生徒は跪き、漫画本を差しだした。「こ、これを受け取ってくれ。昨日のお詫びなんだけど。俺の好きな漫画」
「いや、いいよ」修介は苦笑する。「大事にしな。その本」
「え、でも」
「昨日のことは全然気にしてないから、気を遣わなくていいよ」
「ああ。ありがたい」男子生徒は天を仰ぐ。「俺は、何でこんな聖人を馬鹿にしてしまったのだろう」
担任がやってきて、HRの時間であるにも関わらず、教室が騒がしいことに目を吊り上げたが、修介が自分への祝福が理由であることを説明すると、穏やかな表情に変わる。
「なら、仕方ないわね」
「俺もそう思います」
「そうだ。皆で写真を撮りましょう」
「いいね!」
「やろう、やろう!」
「あ、そうだ! 黒板に、お祝いの言葉でも書こうぜ!」
黒板に、祝福のメッセージを書くクラスメイトを見て、修介は微笑ましく思った。
そして、黒板の前に皆で並んで、写真を撮った。
写真の中央に映る修介の顔は幸福に満ちていた。数か月前の、地獄をさまよう亡者めいた顔が嘘のようである。
修介の幸せはなおも続く。
放課後。男友達とゲーセンでもよって帰ろうか、なんて話をしながら、下駄箱を開けたとき、スニーカーの上にあったそれを見つける。
修介はそれを手にとった。
「おっ、ラブレターじゃないか!」と男子A。
「ひゅぅ、さすが山神君!」と男子B。
「かぁ。これはゲーセンどころじゃねぇか」と男子C。
「それじゃ、お邪魔虫の俺たちはドロンしますか」と男子D。
「すまんな、気を遣わせちゃって」
男子A~Dと笑顔で別れ、修介はトイレの個室に入り、ラブレターの中を確認した。
『放課後。校舎裏で待ってます。 みつこ』
「おいおい、これは……」
ずいぶんと古風だなぁ。
修介はしみじみと文面を眺める。わざわざ筆で書いたその字には趣があった。
修介はラブレターを片手に、嬉々として校舎裏に向かった。
校舎裏にはすでに相手がいた。
「あの人かな?」
透明感のある黒髪美少女が修介を待っていた。彼女の美貌に、修介は胸が高鳴った。
相手も修介に気づき、気恥ずかしそうに笑った。
二人は向かい合う。こそばゆい空気の中で、中々話しだすことができなかった。
しかし修介が、覚悟を決めて、口を開く。
「あの、この手紙は君がくれたの?」
「う、うん」
修介は心の中でガッツポーズをとる。
「まずは、手紙をありがとう。みつこさんでいいのかな?」
「はい。一年三組の内藤みつこと言います」
「山神修介です。それで、内藤さんは、俺に何の用かな?」
「えっとね。私、山神君のことが好きなの。だから、お付き合いして欲しいなと思って」
「そ、そうなんだ!」
修介はにやけそうになる面を引き締めて言った。こういうときにクールな男こそ、真のモテる男だと思っている。
「ありがとう。でも、知らない人といきなり付き合うのは無理かな。まずはお友達から初めて、お互いのことを知ろうよ」
「そう、ですね。ごめんなさい。いきなり。自分のことしか考えて無かったですね」
「いや、いいんだ。誰だって、好きな人の前ではそうなっちゃうよ」
「優しいんですね」
「そんなことないけど。それより、どうして俺のことが好きなの?」
「去年、不良に絡まれていたところを助けてもらったからです」
「不良に? あぁ……なるほど」
去年、不良によって女の子と疎遠になった怨みから、修介は『不良道連れキャンペーン』と称し、女の子と仲良くしている不良やチャラ男を見かける度に、決闘を申し込むという活動を行っていた。彼女はそのときに助けた女の子のようだ。修介の記憶にはないが。
「あのときの山神君。とてもカッコ良くかった」
「そう? ありがとう」
修介は、照れながら後ろ首を掻いた。
「こんな所で立ち話もなんだし、せっかくだから、お茶にでも行かない? 内藤さんが今から暇だったらだけど」
「いいんですか? ぜひ、行かせてください!」
「よし、じゃあ行こう!」
「はい! あ、あと、私のことは、みつこでいいですよ」
「え、でも」
「私も修介君と呼ぶので」
「わかった。それじゃあ、みつこと呼ぶよ」
「はい。修介君」
みつこは爽やかな笑みを浮かべる。
何だよ、これ。最高かよ!
修介は、目の前にある幸せを、涙が出そうなほど噛みしめた。この現実こそ、修介が望んで止まなかったものだ。
しかしながら、修介は知ることになる。この異常なほど理想めいた現実の影に、とある女が潜んでいたことを。