5 黒の訪問者
なぜ、あいつがここに?
なんて考える必要はなかった。恭弥の周りをウロウロする円柱の審判ロボットを見れば、恭弥が来た理由に察しはつく。
「山神君。呼ばれているけど」
その場にいたクラスメイトに言われ、山神は首を振る。
「いや、気のせいだと思うよ」
「山神ぃ! 僕だ! 黒影だぁ!」
「やっぱり」
「気のせいだ」
クラスメイトの懐疑的な質問を威圧することで、押し込む。
「ってか、黒影ってもしかして、Sランクの?」
「あ、言われてみれば、確かに、あんな格好ができるのは、黒影だけでは?」
ざわつくクラスメイト。
帰りたい。
修介は教室に戻り、頭を抱えた。これからは、やりたいことだけやって生きていくつもりだった。なのに、それが、こんな形で崩されるとは!
「あの、クソ野郎ぉ。マジで許さねぇぞ」
恭弥に対する憎悪が、修介の中でうずまく。
廊下側でどよめきが起こった。話し声から察するに、教師が恭弥の説得に向かったようだ。
「そうだ。やったれ。さっさと帰すんだ」
修介は手を絡め、目をつむり、教師の奮闘を祈った。
しかし修介の祈りも空しく、校内放送を知らせる無慈悲なチャイムが鳴った。
「えー。一年二組の山神修介君。お友達の黒影恭弥君がお見えになっています。至急、校庭まで来てください。繰り返します。一年二組の山神修介君。お友達の黒影恭弥君がお見えになっています。至急、校庭まで来てください」
「山神君呼ばれてるけど」
戸惑った女生徒の声で、修介は目を開ける。ジーザス。この学校の教師は使えないらしい。
「うん。ありがとう」
修介は立ち上がった。こうなったら、直接恭弥に文句を言うしかない。ここで逃げるという選択肢もあるが、風呂場のカビのようにしつこい、恭弥相手にすべき選択ではない。
修介はスニーカーに履き替え、校庭へと向かった。
校舎から歓声が上がる。その歓声に、修介は手を挙げて応えた。
恭弥のそばには困った顔の教師が二人いて、一人は教頭だった。
腕を組み、目をつむる恭弥の前に、修介は立った。
「おい、黒影」
「……僕はずっと待っていた」
「は? たかが10分とかそんなもんだろ」
「違う。君に敗れた1年半前から、僕はこのときを待っていた」恭弥が目を開く。その目には鋭い光があった。「君と再び戦うことができるこの日をね」
「いや、待たなくていいよ」
「君に敗れてから、僕の心は常に君を倒すべく磨かれた。しかしながら、Sランク同士の決闘は禁じるというふざけたルールのせいで、僕は君を倒したくても倒せなかった」
「危険だからな」
「わかるか? 僕が過ごした屈辱の日々を」
「知らん」
「Aランクになって、君と戦おうとさえ思った。それほどまでに追いつめられていたんだ。だから、君が降格したときはとても喜んだね。これで、ようやく、君と戦うことができる」
恭弥は両腕をクロスし、柄を握って、刀を引き抜いた。黒い刀身が、日の光で煌めく。
「さぁ、決闘を始めようじゃないか、山神。安心しろ、僕は逆刃で戦う」
「拒否する」
「な、何!? レートが下がるぞ!」
「知ってるか? ゼロから引かれることはないんだぜ。だから、俺に、戦う意思はないよ。さぁ、帰った、帰った。俺は、お前と決闘しない」
「むむむっ! なら、君が戦うというまで、僕はここを動かないぞ!」
恭弥は、胡坐を組んで、その場に座り込んだ。
「馬鹿じゃねぇの?」修介はイライラする。「ガキかよ」
「なら、君が戦えば、いいだけじゃないか!」
「あっそ。なら、もうずっとそこにいれば?」
修介は、頬を膨らませる恭弥をその場に残し、教室へと帰ろうとした。しかしその手を教頭に捕まれる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、山神君」
「放してください。あんな馬鹿、放っておけばいいんですよ」
「一回くらい、決闘をしてあげてもいいんじゃないかな?」
「嫌です。戦うのは、俺ですよ? 俺にも対戦相手を選ぶ権利がある」
「まぁ、その気持ちもわかるんだけどさ」教頭は困り顔で囁く。「ほら、彼、ネオつくば大の研究機関に所属してるよね? うちからも、毎年、ネオつくばを受ける生徒がいるから、無下に扱うわけにはいかないんだ」
「それは、そっちの事情ですよね? 俺の知ったことではないですよ」
「頼むよ、私にも立場というものがあってだね」
「うわあああああああ」
突然の奇声に二人はギョッとする。恭弥が大の字になって、校庭に寝た。
「杭だ! 杭を持ってこい! 山神と戦うまで僕は動かないぞ!」
「救急車を呼びましょう。学校に頭のおかしなやつがいるって」
修介はスマホを取り出す。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、山神君!」
そのとき、校舎の方から声がした。
「「「「「や・ま・が・み! や・ま・が・み!」」」」」
沸き起こる山神コール!
今じゃねーだろ!
空気の読めないコールに、イラつく修介。一方で、教頭はニヤリと笑う。
「ほら、山神君。皆、期待しているよ。男なら、こんな状況になって、逃げだすなんて言わないよね?」
ぐぬぬぬ。
修介は奥歯を噛んで、校舎を見た。山神コールをする生徒たちに悪気はないようだ。修介は諦めて、ため息を吐いた。
「わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば!」
「おお、やってくれるか!」
修介は恭弥へと歩み寄る。コールが歓声に変わったが、修介は無視する。
修介の接近に気づき、恭弥は跳びはねて、立ち上がった。先ほどまで、子供みたいに駄々をこねていたのに、決め顔で修介を迎える。
「ついに決心が固まったか」
「一つ、条件がある」
「何だ?」
「今後一切、俺に決闘を申し込まないこと。それが条件だ」
「それは無理な話だ」
「何で?」
「だって、僕が今日勝つだろう? それで一勝一敗。勝ち越すためには、もう一度戦う必要がある」
「そうか。なら、この話はなかったことにしよう。俺はお前と戦わない」
「ま、待て! 一ヶ月! 一ヶ月だけ決闘を申し込まないというのはどうだ?」
「一年」
「二か月」
「一年」
「三ヶ月!」
「一年」
「わかった! 半年! 半年でどうだ?」
「半年か……」落としどころとしてはちょうどいいかもしれない。「わかった。それじゃあ、半年でいいよ。審判! 今の条件を記録したな!」
「記録しました」と機械的な音声で答える。
「よし、条件を繰り返せ」
「これから半年間、黒影様は山神様に決闘を申し込むができません」
「よし、それでいい」
「ちょっと、待ってくれ! やっぱり五か月!」
「認めん! 変えるなら、俺は決闘しない」
「ええい! くそっ! このわがままな奴め!」
「わがままなのはどっちだ!」
「その条件で構わない! 半年など、恥辱に耐えた日々に比べたら、あっという間さ!」
恭弥は改めて刀を抜いた。
修介もブレザーを脱ぎ、ネクタイを外して、教頭に投げた。ワイシャツを腕までまくり、拳を軽く握って、顔の前で構える。
「ルールは?」と修介。決定権は恭弥にある。
「3カウント制でどうだ?」
「いいだろう。さっきの条件とそのルールで決闘を受け入れる! 審判! 確認と合図を!」
「承知しました」審判ロボットは答える。「ルールは3カウント制。ノックダウンした相手が3秒以内に立ち上がれなかった場合、ノックダウンさせた方の勝利となります。また、この決闘には条件が存在し、これから半年間、黒影様は山神様に決闘を申し込むができません。このルールと条件でよろしいですね?」
「OK」
「不服だけど、OK!」
「それでは、決闘を始めます」
修介と恭弥は互いに気を静めながらも、睨み合う。
校舎からの歓声も静かになって、校庭に審判ロボットの声が響く。
「3・2・1・決闘開始です!」