4 憧れていた生活
入学式の前日。修介は中々眠りにつけなかった。
新しい学校に対する期待と不安が入りまじり、精神状態が不安だったのだ。
修介には気がかりなことがあった。Aランクに降格したものの、まだ、無敗記録は続いていた。だから、その記録を破ろうと鼻息の荒い連中がやってくる可能性があった。
「もう戦いの日々は嫌なんだ。俺は、非暴力を貫くんだ」
修介は目を強く積もり、自分に言い聞かせた。
また、楽しい高校生活を思い浮かべることで気持ちを和らげた。もう研究所に行く必要はない。だから、放課後はいっぱい遊べる!
そんなこんなで夜は明け、朝になった。
少しだけ睡眠不足であったが、体調に問題はない。真新しい制服に袖を通し、学校へと向かった。
いつもは帽子を被って、サングラスを付けていたが、思い切って、変装せずに表に出た。家から駅までの道中で、決闘を申し込まれることはなかった。そして、一度も決闘を申し込まれることなく、学校に到着した。あまりの嬉しさに、校門の前で涙が出そうになった。
すると肩を叩かれ、修介はドキッとする。
振り返ると、見知らぬ、保護者らしきおっさんが立っていた。
「良かったなぁ、入学できて!」
おっさんも泣きそうな顔をしていた。
「はい!」
修介は、入学の喜びを分かち合うように、おっさんと固い握手を交わした。
おっさんと別れ、教室に向かう道中、「もしかして、山神君ですか?」と声を掛けられ、胸が跳ねる。
声を掛けてきたのは、決闘とは無縁そうな、少しあどけなさが残る少女だった。
「はい。そうですけど」
「やっぱり」少女の目が輝く。「私、山神君のファンだったんですよ!」
「俺の?」
「はい!」
「何でまた?」
「だって、山神君は基準人類なのに、超能力者としてとても強いだもん! 私も同じ基準人類だから、その、山神君の活躍が嬉しく感じるんです!」
「ふーん」
顔を赤らめ、嬉々と語る少女の顔を見て、修介は悟った。
この女、惚れているな。
修介はにやつきを隠せない!
そしてこの喜びは、教室でも感じることになる。
教室に入った瞬間、教室が静かになった。皆の視線が修介に集まる。そして驚きの声が上がった。
「やべぇ、本物の山神だ!」
「やっぱり本物が同じクラスだったんだ!」
「俺、握手してもらおうかな」
修介は身構える。
どいつが俺に決闘を申し込むつもりだ?
しかし、修介に決闘を申し込む者はいなかった。クラスメイトは握手を求め、一緒の写真を求めた。俳優めいた扱いに、戸惑っていた修介だったが、徐々に自分が人気者であることを理解し始め、ファンサービスを始めた。
そうだよ! これだよ! 求めていたものがここにあった!
修介は嬉々としてクラスメイトと触れ合う。
和気あいあいとした雰囲気であったが、水を打ち付けるような声がした。
「おいおい、何をそんなに浮かれてるんだよ! そいつはAクラスに降格した雑魚だろ!」
しんとなる一同。教室で、一人だけ席に座ったままの少年がいた。その少年は面白くなさそうに、机の上で足を組んでいた。
「は? 何言ってんの、あんた」と女子A。「Aクラスだって十分すごいじゃん」
「そうだよ。しかもSクラスにいたんだよ? 普通にすごくない?」と女子B。
「だよね。ってか、何様って感じ? あんたは何クラスよ、って話」と女子C。
「馬鹿のBじゃね?」と女子D。
「えー。高すぎでしょ。ランク外じゃね?」
女子たちはげらげら笑う。
涙目になりつつある少年を見て、修介はフォローすることにした。いつもなら逆に決闘を申し込んでぶん殴るような相手だが、今日は機嫌が良い。
「まぁまぁ、皆、そんなに彼を責めないで上げて。俺が降格したのは事実なんだからさ」
「山神君優しい」
「あの根暗とは大違いだね」
何でもない言葉を言っただけで、クラスメイトからもてはやされる。これが人気者か。修介は絶頂しそうな快感に酔いしれた。
鐘が鳴って、担任がやって来た。担任は中堅の風格がある女教師で、担任にも、握手を求められ、応じる。
「あなたの担任になれるなんて、こんな光栄なことないわ」
「ええ、俺もそう思います」
式場への移動中も、多くの人に声を掛けられた。式典中も多くの注目を集め、急きょ、壇上へ上がって、挨拶をすることになった。突然の挨拶で、言葉なんて何も考えていなかったけれど、「頑張ります!」と言ったら、拍手喝采、スタンディングオーベーションが沸き起こった。教室に戻ってきてからも、保護者から握手を求められるなど、人気は留まることを知らない。
だから、修介は完全に油断していた。これからの明るい生活を確信し、心は未来にあった。しかし修介は思い出すことになる。この現実は、修介が思っている以上に、クソであることを。
その第一報を知らせる使者が現れた。
すぐにできた男友達と、連れションに行った帰りのことである。クラスメイトが廊下の窓から、校庭の方を見て、何やら騒いでいた。
「何か、あったのかな?」
「あ、あれ見てよ」と男友達の一人が窓の外を見て、言った。「あの格好、ダサくね?」
「え、ホントだ! ダセェ!」
「ゲームのコスプレかよ!」
ゲームのコスプレ?
修介は嫌な予感がした。やつが来るはずはないと言い聞かせ、校庭を見ないようにした。
そうだ、校庭にいるのは、ただのコスプレマニアだ。
しかし、そんな修介の淡い期待を打ち砕く、叫び声が聞こえた。
「やぁぁぁまぁぁぁがぁぁぁみぃぃぃ! 出て来い! 僕だ!」
修介はおそるおそる視線を校庭に向けた。
その男は校庭の中心に立っていた。中二心を刺激する攻撃的な漆黒の服装。腰には左右に一本ずつ刀が履いてある。校舎を見上げるその顔は、涼しげな美少年だが、顔の割に粘着質なので、修介はその男が嫌いだった。
男の名は、黒影恭弥。『神の子』という異名を持つSランクの超能力者だ。