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2.5 作戦会議

 翌日。修介はジムのカレンダーを見て、決断する。


 そして、昇降口へ向かう途中、恵美に言った。


「決闘しよう」

「え、私と山神君が?」

「そんなわけないでしょーが」

「だよね。良かったにゃ。でも、どうして?」

「取りあえず、レートは上げておこう。多分、まだゼロだと思うから、それなりに上げておいた方がいいと思う。早い人は、四月の段階でも結構稼ぐし、上げといたら、やる気があるんだな、と思われるでしょ?」

「そうだにゃ。誰と戦おうかにゃ……」

「できれば上位がいいな。そっちの方が、レートが上がるし。ただ、まぁ、弱い上位ランカーなんてそうそういないから、下位の雑魚刈りでもいいんだけど。作戦会議のために、ファミレスでも行こうか?」

「にゃ」恵美は頷く。


 スニーカーに履き替え、校門へと向かう。校門の向こう側には、葉桜になった桜並木があって、下校する生徒の姿がちらほら見える。修介は、そんないつも通りに見える風景に違和感を覚え、眉をひそめる。


 校門の中央に他校の生徒が仁王立ちしていた。スカートを履いているから、女生徒だろう。他の生徒は、その女生徒を気にかけながら、隣を過ぎる。


 近づくにつれ、修介はその女生徒が何者かわかり、額を押さえた。


「誰にゃ?」

「師匠ぉぉぉ!」その女生徒、黒影恭子が大声を出して、手を振る。「師匠ぉぉぉ! 待ってたっすよぉぉぉ!」

「師匠? 誰のことだろう?」

「……誰のことだろうな?」


 修介は切り替え、恵美と一緒になって、不思議そうに小首を傾げる。そして、後ろにいる人のことだろうか? と振り返る。


「おぉい! あなたのことっすよ!」

「もしかして、山神君のことにゃ?」


 修介は嫌そうな顔で恭子に向き直った。


「違うことを願っていたんだけど」

「誰にゃ?」

「ストーカーの妹さ」


 修介は、渋々恭子の前まで移動した。


「どうもっす! 師匠!」


 恭子は快活な笑みを浮かべる。


「何でいるわけ?」

「だって、弟子っすから!」

「認めてないけどな。そのストーカー気質も、母親の教育か?」

「いや、母からそんな教育は受けていないっす。あ、でも、母は父と付き合うために、三年間毎日父の家に通ったそうっすよ! 雅っすよね!」

「兄妹そろって遺伝かよ。全然雅じゃないし、黒影家の母ちゃんやべーな」

「ん?」恭子は恵美に気づく。「あ、どうも! 黒影恭子と言います。師匠の彼女さんっすか?」

「違うにゃ」恵美は戸惑いながら答える。「田中恵美。山神君とは、何だろうにゃ? 友達?」

「うん、まぁ、友達でいいんじゃないか? トレーナーだと何か、ドライな感じがするし」

「だね」

「えっと、つまり、どういうことっすか?」

「彼女が、上位ランカーになりたいらしくて、俺はその手伝いをしてるって感じ」

「むむっ。ということは、師匠のお弟子さんっすか?」

「弟子ではないかな。それほど、強い上下関係があるわけじゃないしね」

「良かったっす」恭子は安堵の息をもらす。「師匠の弟子は、自分だけで十分っすからね!」

「俺は弟子をとらないし、恭子も弟子じゃないから。まったく、人の話を聞かない、思い込みの激しい連中ばかりで嫌になっちゃうな」


  修介が肩をすくめると、恵美はくすくす笑った。


「山神君は人気者にゃ」

「嬉しくないんだけど」


 親しげな二人の雰囲気に、ムッとなった恭子は、修介の前に進み出る。


「師匠!」

「何だよ。近いよ」

「これからどこに行くんすか?」

「ファミレスに行くつもりだけど」

「自分も行っていいっすか!」


 修介は恵美に目配せする。


「私は、べつに構わないにゃ」

「ありがとうございます!」


 恭子は期待の眼差しを修介に向けた。


「まぁ、田中さんが良いと言うなら……」

「あざっす!」


 三人は近くのファミレスに移動した。席はボックス席で、恵美の対面に修介が座り、修介の隣に恭子が座る。


「あっちに座れよ」

「いいじゃないっすか、べつに」


 二人の様子を眺めていた恵美が恭子に聞いた。


「恭子ちゃんは、どうして山神君の弟子になったのにゃ?」

「弟子じゃないよ」

「師匠のクズっぷりに惚れたからっす!」

「クズっぷり?」

「はい。自分、今、Cランクなんすけど、去年、Bに昇格できなくて、そんとき、コーチに言われたのが、自分はメンタルが弱いとのことでした。だから、どうやったら、メンタルが強くなるかなぁって考えていた時、兄が師匠を世界一のクズ呼ばわりしていたんすよ。それで、クズな人って、メンタル強いじゃないですか?」

「うん」

「で、師匠に興味が湧いて、メンタルの強さを学ぼうとしたら、いきなり腹パンされて」

「えっ」


 恵美は疑うような目を修介に向ける。


「違うからな。恭子が、悪意ある脚色をしているだけだから」

「あの、続けていいっすか?」

「どうぞ。訂正は、後でちゃんとするから」

「それで、腹パンされて、おしっこちびりそうになったんすけど、そんな自分を見て、笑っている師匠を見ていたら、こんなクズ、中々いないなと思って。それで、師匠の下でクズをクズたらしめるメンタルの強さを学ぼうかなと思いまして」

「なるほど。で、山神君、これに対する意見は?」

「まず、いきなり腹パンしたわけじゃないからな。決闘することになって、開始早々に腹パン……というか、みぞパンを決めただけ。だから、決闘の中でいきなりみぞパンをしたという言い方が正しい。それに、べつにそれ自体は、ルールの範疇だから、問題ないし」

「でも、女子中学生に腹パンとか、頭おかしくないっすか? 普通、女子中学生に腹パンします?」

「確かに、腹パンは、どうかにゃとは思うけど……」

「甘ちゃんだなぁ。そんなんじゃ、いつまでもCランクだぜ?」

「ぐぬぬ」と恭子は歯ぎしりする。が、表情を一転させる。「でも、だからこそ、師匠のクズっぷりを学び、メンタルを強くしようと思ったんです!」

「教えを乞う人間に対し、クズと言えるその精神構造が、すでにクズだと思うんだが? 恭子は、十分メンタル強いよ」

「そんなことないっすよ。ねぇ、田中先輩?」

「う、うん……」


 恵美は困り顔で答える。


「ってか、恭子もCランクなんだ」

「『も』ってことは?」

「私もCランクなんだにゃ」

「そうなんですか? なら、ライバルっすね!」

「恭子ちゃんは、何年生なの?」

「中二っす!」

「そうなんだ。それでCランクは、私よりもすごいにゃ。私は、今年からようやくCランクだから」

「いえいえ。兄なんて、中二のときにSランクでしたから、自分なんてまだまだっすよ」

「へ、へぇ……」

「恭子」

「何すか?」

「俺たちはこれから、今後の計画について話をするんだ。だから、申し訳ないけど、帰って。ドリンクバーの代金は、俺が払っておくから」

「嫌ですよ! 何で帰らなきゃいけないんすか!」

「だって、俺たちのライバルじゃん。田中さんはBランクを目指しているし、俺はそれを応援したい」

「自分のことは石ころだと思ってください!」

「こんなにうるさい石ころは、ごめんだね」

「何ですと! それに、師匠なら、弟子の面倒を見るべきっす! 自分もBランクに上げてくださいよ!」

「知らん。師匠じゃないし」


 恭子は、修介の左腕に掴みかかり、放さない。


「意地でも離れないっす!」

「あのなぁ……」

「まぁまぁ、私は気にしないにゃ」

「……もしかしたら、こいつに横取りされるかもしれないよ?」

「大丈夫。自分は、そんなことしないっす」


 恵美は宥めるように、苦笑しながら言う


「恭子ちゃんも、こう言ってるにゃ……」。

「……まぁ、田中さんが言うなら」


 修介は渋い顔で受け入れる。言いたいことはあったが、口にしなかった。


「さて、気を取り直して、作戦の話でもしようか」

「にゃ」

「はい!」

「取りあえず、恭子は俺の手を放さそうか」

「嫌っす! また逃げるかもしれないんで」

「逃げねぇよ」


 しかし恭子が放しそうにないので、修介は諦めて、左腕に恭子の温もりを感じながら話した。


「それで、取りあえず、決闘しようと思うんだけど、無難に下位と決闘しようか。ポイント的には、上位の方が高いから、本当は上位と戦いたいんだけど」

「なら、戦えばいいじゃないっすか」

「実力的に厳しいんだよ」

「ごめんなさいにゃ……」

「いや、謝ることじゃない。こればかりは、すぐにどうこうできる問題じゃないから」

「師匠は、Cランクの時、上位の能力者と決闘しなかったんすか?」

「したよ」

「それは、勝つだけの実力があったから、決闘したんすか?」

「その場合もあるし、あとは実力が足りなくても、勝てる見込みがある時なんかは戦ったね」

「例えば?」

「例えば? そうだなぁ。恋人と別れたばかりで、精神がボロボロになっている相手に、精神攻撃をしかけ、さらにボロボロにした状態で、倒すとか。あとは、そうだな。仲良くなったふりして、後ろから銃弾を撃つみないなこともしたな」

「くぅ、クズぅ! 自分、師匠のそういうところを期待していたんすよ!」


 恭子は目を輝かせる。一方恵美は、ドン引きした様子だった。


「まぁ、あのときの俺は、それくらい勝利に飢えていたから」


 修介はしみじみとした表情で言う。


「でも、そっか。精神攻撃っすか……」恭子は思案顔で天井を眺める。「それなら、いい人がいるっすよ」

「誰?」


 恭子は白い歯を覗かせて言った。


「兄の元カノっす!」

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