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2.3 あいつの妹

 恵美と別れ、住宅街を進んでいると、修介の前に、ガラの悪い不良が立ちはだかった。


「おい、山神、俺とデュ」


 その瞬間、修介は殺意の波動を放った。それ以上喋ったら殺す。男の首に見えないナイフの刃を押し当て、獲物を前にした肉食獣めいた鋭い笑みを浮かべる。


「あなたも死にたくないでしょ?」


 男は口を開いたまま固まった。舌が回らなくなって、顔は青白く、冷汗が流れる。体が震え、呼吸が乱れた。そんな状態で、男は絞り出すように言った。


「ひゃ、ひゃい!」


 修介は殺意の波動を消す。男はその場にへたりこむ。修介を見る目は恐怖に染まっていた。


「死にたくなかったら、無謀なことはしない方が良いですよ」


 修介は穏やかな表情で語り、男のそばを過ぎた。


 今日、決闘を申し込まれそうになったのは、これで三回目である。アラクネ戦で活躍したのが理由として考えられるが、定かではない。最初に申し込まれそうになったとき、脅迫めいた説得を試みたところ、うまくいったため、修介は先ほどの男にも同様の説得を試みたのだった。


「去年もこうしていれば良かったのか」


 真面目に対応していた自分が阿保らしく思えた。


 そんな修介の前に、その少女は現れた。


「やい! 山神修介! 自分とデュ」


 修介はすぐさま殺意の波動を放つ。少女は一瞬尻込みしたが、拳を握り、険しい表情で修介を見返した。


「自分と決闘するっす!」

「ほぅ」


 修介は少女の根性に感心する。Aランク超能力者ですら怯えた殺意を、この少女は耐えたのだ。


 修介は改めて少女を観察した。短い黒髪で、整った顔立ちから、ボーイッシュな印象を受ける。制服から判断するに、ネオつくば大付属の中等部の生徒のようだ。修介はその顔を眺めているうちに、あることに気づいた。少女の目つきが、ある男に似ているのだ。


「貴様、黒影の妹だな?」

「えっ、ち、違うっす」


 目は口程に物を言う。少女の動揺を見れば、その言葉が嘘であることなど、容易くわかる。


「兄貴からのお使いか?」

「さあ? 何のことか、さっぱりわらかないっす」


 恍けるつもりか。修介は、自分の胸ポケットを指さして言った。


「ネームプレートに書いてあるよ」

「えっ」


 少女は慌てて右の胸ポケットを見る。しかしそこに、ネームプレートなど存在しなかった。


「間抜けは見つかったようだな。黒影妹」


 少女は、しばらく胸ポケットを見ていたが、「くっくっくっ」とわざとらしく笑い、顔を上げた。


「さすがっすね、先輩! その通り、私が黒影恭弥の妹、恭子っす!」

「で、何の用だ? 兄貴からの伝言か?」

「先輩に決闘を申し込みに来たんす!」


 修介は舌打ちする。うまくはぐらかすことができるかと思ったが、恭子も馬鹿ではないらしい。


「決闘って、俺と黒影妹が?」

「恭子っす! そうっすよ、先輩」

「何だ? 何が目的だ? 私が勝ったら、兄と戦えとてでも言いに来たのか?」

「兄貴は関係ないっす。自分の意思でここに来たっす」

「……冗談だろ?」

「本当っす!」


 恭子の瞳は真剣だった。嘘を言っているようには見えない。


「じゃあ、仮に恭子さんの言うことが本当だったとして、何でまた、俺に決闘を申し込みに来たんだ?」

「恭子で良いっすよ。先輩の方が年上なんすから。で、自分が先輩に決闘を申し込む理由なんすけど、純粋に興味があるからっす!」

「興味?」

「うっす! 兄がよく、先輩のことを話すんす。あいつはこの世界で一番のクズ野郎だとか、性根がねじ曲がってるだとか。とくに最近は、この間負けたこともあって、先輩に対する悪口がひどいから、どんな人だろうと興味が湧いたんす!」

「取り合えず、お前には言われたくないと、あの馬鹿に伝えておけ」

「うっす!」

「で? 何で決闘なの? 俺のことを知りたかったら、他にも色々方法があるじゃん」

「兄が、先輩は戦闘好きの変態だって」

「……あいつと戦わない理由がまた一つ増えたな」

「あ、自分、何か悪い事を言っちゃいました?」

「いいや。むしろ、褒めて遣わす」

「へへっ、やったっす」

「恭子が俺の所に来た理由はわかった。だから、まぁ、何だ。恭子の兄貴に、そんなに悪く言う相手なら、決闘なんて申し込むな、と伝えておいてくれ」

「うっす!」

「じゃあ、俺の要件は以上だから帰るわ。恭子も気を付けて帰れよ」

「うっす! それじゃあ……って、へい! 自分は先輩と決闘をしたいんすよ」


 単純そうに見えて、そうではない。さすが、黒影の妹か。恭子のことを認めつつも、修介は心底嫌そうな顔を向ける。


「えー」

「それに先輩はもう逃げられないっす!」

「何で?」

「すでに登録済みだからっす!」


 じゃーん! と恭子は体をずらす。後方に審判ロボットがいた。


「やっぱりあれ、審判ロボットなんだ」


 修介は肩を落とす。ちらちら見えていて、審判ロボットではないことを期待していたが、やはりあれは審判ロボットだったようだ。


「兄妹そろって、準備だけはいいんだな」

「母の教育の賜物っす」

「もっと手を抜いて、教育すればいいのに」


 修介はやれやれと肩をすくめた。


「さぁ、先輩。どうしますか? 戦いますか? 戦いませんか?」


 恭子は掛かってくるよう、挑発する。


 修介は考える。恭子と決闘すべきかどうかを。ここで決闘を断れば、レートが下がる。レートにはそれほど興味のない修介であったが、下がるのだけは何となく嫌だった。それに、相手は黒影恭弥の妹である。兄譲りのしつこさを発揮するかもしれない。


 そういった事情を考慮し、修介は結論を出した。


「いいだろう。その決闘を受け入れる」

「そう来なくっちゃ!」

「ただし、ルールはスリーカウント制だ。いいな?」

「うっす!」


 二人は近くの公園に移動し、対峙した。


 恭弥と戦ったときのように、修介はブレザーを脱ぎ、シャツの腕をまくった。一方恭子は、木刀を握って構える。


「それは木刀か?」

「それ以外何に見えるんすか?」

「いや、真剣で襲い掛かってきた馬鹿がいたからさ。妹はまともなようだな」


 修介も軽く拳を握り、顔の前で構えた。


「それじゃあ、審判開始の合図を頼むわ」

「承知しました。それでは、決闘を始めます」


 審判ロボットの音声が静かな公園に響いた。

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