18 帰省
新幹線に乗っている途中に、母親から電話があった。
「もしもし、大丈夫?」
「うん。何とか。家はとくに、被害は受けなかったんだけど、街の方がひどいね」
「んじゃ、皆、無事なんだね」
「……もしかしたら、ひい婆ちゃんが」
母親の暗い声音で、その先の言葉がわかった。
「そっか……」
「ひい婆ちゃんが入っている施設がね。壊されていて、お父さんが行ってるんだけど」
「なるほど」
「あんたは今、どこにいんの?」
「向かってる。こんな形で帰ることになるとは」
「そう。私は、病院の方を手伝ってて、お父さんも避難所の手伝いでいないかも」
「わかった」
「気を付けてね」
「そっちこそ」
電話を切って、修介は席に戻った。恵美が心配そうな顔で迎える。
「どうだったの?」
「ひい婆ちゃん以外は無事みたい」
「そうなんだ。残念、だったね」
修介は窓の外を眺める。過ぎていく風景の中に、ひい婆ちゃんや実家で暮らしていた時の思い出を見た。その目には哀愁の色があった。
長い沈黙。
一時間ほど経って、ぽつり、と修介が呟く。
「……俺ってさ。薄情な人間なのかな」
「どうして?」
「ひい婆ちゃんが死んだと聞いても、とくに悲しいとは思わなかったから。『90も過ぎてたし、十分生きただろ』と思ったんだよね。小さい頃は、結構遊んでもらった相手なんだけど」
「……どうなんだろう。私にはわからないな」
「最近は全然帰ってなかったし、それは家族に対する情の薄さが原因なんじゃないか、っても思うのさ」
「山神君」
恵美は修介の手を握った。修介は恵美に目を向ける。
「こういうときは前を向こう。私も、同じ経験があるから、山神君の考えはわかる。でも、だからこそ、今、できること、すべきことを考えた方がいいと思うんだ」
見つめ合う二人。恵美の真剣な眼差しに、修介は微笑んだ。
「……そうか。そうだよな。ありがとう、田中さん」
「うんうん、いいの。山神君には、いつも助けてもらってばかりだから。何かして欲しいことがあったら、言ってね」
「語尾に『にゃ』をつけ忘れないで」
「今は、そんなこと」
「こんなときだからこそ、いつも通りで頼むわ」
「わかったにゃ」
そこで恵美は気づく。いつも通りなら、『にゃ』はつけないことに。
恵美はハッとして修介を見る。修介はにやつきを堪えていた。文句の一つでも言いたかったが、修介の調子が戻ってきたようなので、「もう」と、諦めたように目じりを下げる。
「牛さんじゃないよ」
「うるさいにゃ」恵美はツンと顔をそらす。「私で遊ばないでほしいにゃ」
「遊んでないって」
「はいはい」
「でも、どうして、田中さんも来たの? 無理しなくて良かったのに」
「え? ああ、何て言うか、放っておけなかったと言うか……。そうだよね。新幹線代まで払ってもらったし……」
「いやいや。俺は、田中さんがいると心強いから、全然かまわないんだけど。ありがとうって感じ」
「本当?」
「ああ」
「へへっ、良かった。新幹線のお金はいつか返すにゃ」
「いいよ、出世払いで。ってかさ、ずっと思ってたんだけど、田中さんは俺が怖くないの? 他の人は怖がってる? からさ」
「最初は、近づきがたい雰囲気とかあったけど、話してみると、普通の人だったから、大丈夫にゃ」
「そっか」
そんなこんなで新幹線が目的の駅に到着した。そこから在来線を乗り継いで玉北を目指す予定だったが、駅に玉北への支援のためのボランティア団体がいて、事情を話したところ、連れて行ってもらえることになった。
「そうか。山神君の出身地だったんだね」ボランティア団体のリーダーは語る。「君がいたら、きっと、被災者の人たちも不安が和らぐんじゃないかな」
「俺のこと、知ってるんですか?」
「もちろんだよ! むしろ、君を知らない人の方が少ないと思うよ。ユースのトップランカーは多くの人が注目してるからね」
「へぇ」
荷物積みを手伝って欲しいと言われたので、修介は恵美とともに荷物を積んだ。
二人はリーダーの車に乗って、行くことになった。リーダーは、副リーダーと思しき、助手席に乗った女の人と、日程や計画について話し、スマホを使って、他の車の人たちとも会議もしていた。
二人は後部座席に座って、邪魔にならないように静かにしていた。
不意に、恵美が声を潜め言う。
「良かったね。これも、山神君がSランクだったからにゃ」
「……そうだな」
こんな形で役に立つとは思わなかった。
車は二時間ほど走り、リーダーたちは市街地に向かうとのことだったので、修介と恵美は修介の実家の近くで下してもらった。
車を下りて、恵美は目を細める。一言で言えば田舎だった。一面田圃が広がり、家屋が点在、周りは山に囲まれていた。田圃の土色に、残雪で山頂付近が白い山々。地味なコントラストだった。
「田舎だろ、ここ」
修介は苦笑する。
「うん。でも、花畑もこんな感じだったから、懐かしいにゃ」
「へぇ。田舎はどこも変わんねぇんだな」
修介はリーダーにお礼を言う。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。もしも、時間があったら、玉北小の体育館に来てくれないか? きっと、皆の励みになると思うんだ」
「はい」
リーダーたちにお礼を言い、車を見送った。
ぶるっと恵美の体が震える。
「寒い?」
「ちょっと」
「まぁ、その格好だったら、そうだよな」
二人は筋トレのためにスポーティな格好をしていた。着替えることなく、やって来たので、玉北の風が寒かった。修介は鞄から、学校のブレザーを出し、恵美に掛けた。
「まぁ、変な組み合わせだけど、それで我慢して」
「うん。ありがとにゃ。山神君は?」
「鍛えてるから、問題ないよ。それじゃあ、行こうか」
二人は鞄を担ぎ、修介の実家へと向かった。




