17 電話
恵美と行動するようになって一週間が経った。
昼休みは、雑談をしつつ、能力や戦い方について話し、放課後は学校のジムで筋トレする。
修介が課した筋トレは、男ですら音を上げてしまいそうなほど、きついトレーニングだったが、恵美は歯を食いしばって、筋トレに臨んだ。
筋トレが終わってから、タンパク質を摂取するため、焼肉屋に行くことになった。
「でも、私、あんまりお金持ってない……にゃ」
「心配すんな。俺が払うから」
修介は微笑む。
二人は焼肉屋で適当な肉を頼んで、食べる。
「あれだな」修介は肉を焼きながら言う。「田中さんは結構、根性あるね」
「そう?」
「うん。あのトレーニングをちゃんとこなしてるし。多分、普通の人だったら、すぐに辞めちゃうんじゃないかな」
「そう、なんだ……にゃ」
「それに、真面目だし、にゃ」
修介がからかうように笑うと、恵美は頬を膨らませ、肉をかすめ取った。
「あ、それ! 俺が焼いていた肉!」
「うるさいにゃ! このキャラ付けのせいで、変な目で見られるんにゃから! お母さんにも心配されるし……」
「でも変な目で見られるってことはいいことだぜ?」
「にゃ?」威圧的な眼光。
「相手の精神に何かしらの影響を与えることができるからな。俺も、下位ランクのときは、めっちゃキャラ付けしてたし」
「どんな?」
修介はスマホを取り出し、恵美に当時の写真を見せた。スマホには、坊主頭に剃り込みを入れ、サングラスをかけたやんちゃんな小学生が映っていた。
「何これ、可愛い」
「可愛いか? それは確か、小6で、Cクラスのときの写真かな。この格好で、決闘前にナイフの刃を舐めたら、大抵の相手はビビるか、俺を馬鹿にしたね。いずれにせよ、決闘前の相手の集中を乱すことができたから、その隙をついてボコボコよ」
「へぇ」
「だから、そのキャラ付けにもちゃんと意味があるってわかって欲しいな」
「うっ……。でも、山神君はそんなキャラが似合うからいいよ。私に、猫キャラは似合わないにゃ」
「そんなことないと思うよ」
「どうして……にゃ?」
「だって、田中さん可愛いもん。似合ってるよ」
「にゃにゃっ!」
恵美はかあっと顔が赤くなって、照れを隠すように、修介の肉をかすめ取った。
「あ、それも俺の!」
「いいでしょ、べつに。……にゃ」
「まぁ、いいけどさ。頼めばいいし」
顔を赤くしたまま、修介と目を合わせようとしない恵美を見て、修介は苦笑した。
「ただ、困ったことがあるんだよね」
「何?」
「ぶっちゃけ、今、やっている筋トレが、今の田中さんに適した方法なのか自信ないんだよね。それに、田中さんの能力を伸ばすための方法がわからない。やっぱり、ちゃんとした研究所に入った方が良いような気がする。田中さんの研究所の人たちは、移籍に前向きなの?」
「うん。私の考えを尊重してくれている……にゃ」
「そっか。なら、ヤナギ研究所にでも行ってみるか」
「え、ヤナギ研究所に? 私が入れるのかにゃ?」
「話は聞いてくれるんじゃないかな。時間が作れるか、聞いてみるよ」
「ありがとう……にゃ」
「いいってことよ。応援すると言ったからな」
その日の夜。早速ハトエにメールした。
電話が掛かってきたので、ハトエかと思ったが、母親からだった。
何だろう? 不思議に思いながら電話に出る。
「もしもし」
「もしもし、修介?」
「そうだよ。何?」
「元気?」
「元気だけど」
「そっか」
「何か用があんの?」
「え? とくにないよ」
「無いのに電話したの?」
「駄目?」
「いや、べつに駄目ではないが」
「だって、全然帰ってこないからさ」
「まぁ、俺も色々忙しいからな」
「そう言えば、Aランクに落ちたんだって?」
「今頃? 一週間以上前の話だよ」
「仕方ないじゃん。お母さんだって忙しいんだから。で、どうすんの?」
「どうするって?」
「お母さんよくわかんないんだけどさ。降格したら、何かこっちですることとかあるの?」
「とくに、そういった内容の書類とか来てないんだったら、何もする必要ないんじゃね」
「来てない……はず。お父さんにも確認してみる」
「うん。そうして」
「で、あんたはこれからどうすんの? また、Sランクを目指して頑張るの?」
「うーん。どうだろう。今、悩んでいる」
「結構お金もらえるんだから、Sランクに行きなさい」
「えー」
「早く家の借金返したいしさ。それに、ボイラーぶっ壊れて金が掛かったし。ああ、あと、こないだ車ぶつけちゃって」
「家の借金とか、子供の金をあてにするなや」
「いいでしょ。あんたを育てた家なんだから」
それから、家族の話や地元の友達の話、母親の仕事の愚痴なんかを聞いているうちに20分が経っていた。
「あ、そろそろ切るね」と母親。
「うん」
「修介」
「何?」
「頑張りなさいよ」
「ああ」
「んじゃね」
「じゃあね」
修介は電話を切る。暗くなったスマホの画面を見て、首をひねる。
「結局、何の電話だったんだろう?」
重要な話があったわけではない。
「まぁ、いいか」
久しぶりに母親と話せたし。
その後、ハトエから電話があって、「所長に話してみるから、待って」と言われた。
「すみませんね。わざわざ。こんな俺のわがままを」
「いいよ。修介君のお願いだし。前は、あんまり修介君のお願いを聞いてあげられなかったからね」
「いや、そんなことないですけどね」
「ふーん」
意味深な声音に、修介は戸惑う。
「でも、あれだよね。私って、本当に甘いと言うか、都合の良い女だよね」
そこで闇を垣間見せるなよ。と修介は眉間に皺を刻む。
「いや、そんなことはないと思いますけど」
「……そればっかり」
どうしろうと? 修介の眉間の皺はより深くなる。
「まぁ、いいわ。また、明日以降に連絡するね」
「はい。お願いします」
電話が切れ、暗くなった画面を見て、ため息をもらす。
「ハトエさんも大変なんだな」
修介はしみじみと思った。
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ハトエから連絡があって、三日後の午後にハトエと会えることになった。そのことを恵美に伝えると、恵美は緊張した面持ちで言う。
「うまく話せるかにゃ」
「大丈夫。おっかない人じゃないから。落ち着いて、自分の気持ちを語ったら、いいよ」
そして二日後の午前中のことだった。
祝日だったが、筋トレを行うため、学校のジムに向かうと、恵美が沈痛な面持ちでスマホの画面を眺めていた。
「どうかしたの?」
「ニュース見てないの?」
「ああ。見る暇がなかったというか」
「昨晩、結構、大きな次元災害があったみたい」
「へぇ。どこで?」
「玉北ってとこにゃ」
「玉北?」修介の顔に驚きの色が広がる。「マジで?」
「マジにゃ」
修介は慌ててスマホを取り出した。今日は、朝のアラーム以外で使っていなかった。ネットニュースを見ると、確かに玉北で次元災害が起きていた。昨晩、突然現れたモンスターによって、市街地は半壊。モンスターは朝になって消えたという。
「どうかしたにゃ?」
「地元だ」
「え」
修介は母親に電話を掛ける。繋がらない状態になっていた。父親や家にも掛けてみたが、繋がらない。
修介の焦りを見て、恵美は意思の強い顔で立ち上がった。
「行こう」
「行こうって。玉北に?」
「うん」
「でも、筋トレや、明日だって」
「筋トレとか明日のことはいいから。今は他に優先すべきことがあるでしょ?」
恵美の目は、やるべきことを雄弁に語る。
「……そう、だな」
修介は電車の運行状況を確認する。新幹線や在来線を乗り継ぐことで、隣接する市町村までは行くことができるようだ。そこからの交通手段は、行きながら考える。
修介はスマホをしまい、駅に向かって駆け出した。




