16 決闘
学校裏の雑木林は、決闘のためにわざわざ整備された場所だった。そのため、二人が雑木林の入口に着いたときも、中から爆発音が聞こえた。
「やってるねぇ」
修介は楽しそうに、目を細める。一方、恵美の不安の色はますます濃くなるのだった。
「歩いている途中に思い出したんだけど、田中さんの対戦相手の能力は、『風の精霊』だった気がする。怪物ではなかったはず。怪物だったら、いつまでもCランクで燻っているとは思えないし」
「戦ったことがあるの?」
「ああ。二三年前に」
「へぇ」
「俺のときは、『鎌鼬』だか、『風球』だったかは忘れたけど、とにかく、遠方から攻撃してきたような気がする」
「どうやって、勝ったの?」
「近づいて、ボコボコに。いや、あのときも、風戦だったか。だから、風船をボコボコにしてやったね」
「へぇ」
「まぁ、田中さんは、遠くからミサイルを撃った方が良いような気はするけど、戦い方は任せるよ。そっちの方が、色々アドバイスしやすいし」
「わかった。あと、どうやって、相手の能力について調べるの? 今、山神君が言ったこと、アプリにはないよね?」
「ああ。だから、情報収集するのさ。俺の場合、研究所にそういうチームがあったから、それで知ってるんだけど」
「へぇ。いいなぁ」
円柱状の審判ロボットとともに、決闘相手である悟志がやってきた。悟志は眼鏡をかけた人の良さそうな男子生徒だった。
「ごめん。お待たせして……」
悟志は修介を認め、愕然とする。
「えっ、山神君!? 何で!? 俺の相手は女の子のはずだ!」
「だから、いるじゃないですか、ここに」
修介は軽く恵美の背中を押した。
恵美は緊張した面持ちで、前に進み出て、「よ、よろしくお願いします」と一礼した。
「ああ、そうだよね。良かったぁ。あ、北里悟志ですよ。今日はよろしくね」
「はい。田中恵美です」
「さて、田中さんは、Cランクになったばかりなんだよね?」
「はい」
「上を目指してるの?」
「はい」
「そっか」
悟志はちらちらと修介を気にする。倒してもいいのだろうか。そんな心配の色が、悟志の顔にあった。
「彼女に勝ったって、俺が報復することはないんで、気にせず、どうぞ。むしろ、俺のことなんか気にせず、彼女にCランクの厳しさを教えてあげてください」
「い、いいんだね!?」
「はい。お願いします」
「山神君が言うんなら、俺は本気を出すけど……」
悟志は恵美と向き合い、表情を引き締めた。
「それじゃあ、えっと、ルールは風戦でいいんだよね?」
「はい」
「風船の強度は?」
「お任せします」
「それじゃあ、Cで行こうか」
「はい」
「審判、風戦で決闘するよ。だから、風船をよろしく。色は緑で強度はC」
「了解しました」
機械的な音声とともに、審判ロボットの頂上部が開いて、緑色の風船が膨らんだ。風船は全部で六個できて、これを三つずつに分け、風船には紐がついているので、これを腰につける。
『風戦』では、制限時間10分以内に、相手の風船を全部割る、もしくは、相手の風船を多く割った方が勝者となる。風船には強度があるため、簡単には割れない。制限時間が終わっても、風船の数が同数であった場合、引き分け、もしくは、サドンデスで決着を付ける。
先の決闘が終わったらしく、入れ替わる形で、二人は雑木林に入る。中程で、風船を装着し、向かい合った。
審判ロボットは、相撲の行司のように、二人の間に立つ。修介は木に背中を預け、二人の戦いを観戦する。
「準備はできたかい?」
「はい」
「なら、審判、合図をよろしく」
「承知しました。それでは、決闘を始めます」
雑木林が静寂に包まれる。審判ロボットの音声が響く。
「3・2・1・決闘開始です!」
開始の合図とともに、悟志から風の塊『風球』が放たれた。恵美は避けようとしたが、風船が一個割れた。
恵美は唇を噛み、ダッシュする。悟志がもう一度風球を放つ。これは外れ、恵美は木の影に隠れた。
恵美は顔を出して、様子を伺う。悟志もまた、木の影に隠れるところだった。恵美はあらかじめ用意していたシール付き消しゴムを、悟志の風船に向かって投げる。
消しゴムは一メートルも飛ばない。しかし、消しゴムの先が悟志の風船に向いた瞬間を逃さず、恵美はボタンを一回押した。火が噴きだし、消しゴムミサイルは、一直線に風船を目指す。
あと少し!
恵美が爆発させようとしたときだった。強風が吹いて、ミサイルの軌道が変わった。恵美は慌ててボタンを二回押す。消しゴムは爆発した。が、爆風で風船は揺れたものの、破裂には至らなかった。
「そんなぁ」
がっかりする恵美。その恵美の風船に向かって、風球が放たれた。恵美は紐を引くことで、風球から風船を守った。
それからの展開は一方的だった。悟志の風球に対し、恵美は逃げることしかできなかった。攻めに転じても、恵美のミサイルは風で軌道を変えられ、爆発がかすりすらしなかった。
結局、10分間で風船が全部割られることはなかったが、恵美の風船は二個割られ、悟志の風船を一個も割ることができずに終わった。
決闘終了後。悟志に挨拶し、修介と恵美は近くのファミレスに移動した。
目に見えて落ち込んでいる恵美に対し、修介は掛けるべき言葉が見つからず、戸惑う。しかし何か言わないとな、と思って、口を開く。
「まぁ、何だ。相手が悪かったな。あれだけ、ミサイルを風で押されたらなぁ。当たるもんも当たらんわな」
「あの山神君」恵美は俯いたまま言った。「本当のことを言って。私の決闘を見て、どう思った?」
修介は、じっと恵美を見つめた。本音は恵美を傷つけてしまいかねない。しかし、恵美はそれを覚悟している顔だった。だから、思ったことを正直に話すことにした。
「まぁ、本音を言えば、よくこれでCランクにこれたな、と」
「……だよねぇ」恵美は暗い調子で額を机に押し当てた。
「でも、初戦だから。こっから、成長していけばいいんだよ」
「うぅ、できるのかなぁ」
「できるよ」
「本当? 全然駄目だったのに?」
「それでもできる。なんせ、田中さんには俺がついているんだから。取りあえず、顔を上げなよ」
恵美は、ふて腐れた顔で、顔を上げた。
「どうすればいいの?」
「能力については後にしよう。俺が言わずとも、何が課題か、自分でもわかってるでしょ?」
恵美は頷く。
「能力以外で気になったことは三つかな。一つ目は、フィジカルが弱い気がする。何て言うか、動きがもっさりしているんだよね」
「動きがもっさり」
「そう。上位に上がれば上がるほど、戦いにスピード感が出てくるから、それに対応できるだけのフィジカルが必要だ。そして、モンスター戦になったらより重要になるしね。普段から筋トレとかしてる?」
「……あんまりしてない」
「なら、一緒に筋トレをしようか。俺も最近、突きの速度が落ちてきたから、鍛えなきゃなぁ、と思っていたんだ」
「つき?」
修介は顔の前で構え、右手で空を突く。
「これ」
「なるほど。でも、速いように見えるけど」
「0.2秒落ちてる」
「え? 0.2秒?」
「この0.2秒にこだわれるかどうかが、上位進出の鍵なんだ」
「へ、へぇ……」
上位って大変なんだな。恵美の顔に、そんな困惑の色が見える。
「まぁ、それはいいとして。二つ目は戦術だ。今日の戦いを見て思ったんだけど、田中さん、攻撃にしか能力使わないよね? 守りはほとんど逃げているようにしか見えなかったし」
「……うん。そうだね」
「だからさ。もっと、守りでも能力を使ったらいいんじゃないかなって。例えば、逃げるにしても、能力を使って、速度を上げることで、相手の視界から一気に消えるとかさ。あとは、攻撃するならするで、木をミサイルにして、風船ごと相手を押しつぶすとか」
「それもうルール違反じゃない?」
「そうか? 確かに、そうだな」
恵美はふっと噴きだす。恵美の顔が明るくなって、修介も自然と口元がゆるんだ。
「まぁ、とにかく、戦術についても色々考えていこう」
「うん」
「あと、三つ目なんだけど、田中さんってさ、普通なんだよね」
「普通? 何が?」
「キャラ。良くも悪くも普通なのさ。上位の超能力者なんてさ、どいつもこいつも、頭ん中、ぶっ飛んでんだよね。だから田中さんも、何か狂人めいた個性を出せば、上位になりやすいんじゃないかな、と思って」
「えぇ……」
修介は、何か彼女の個性を引き出す方法はないか、と恵美を観察する。
一方の恵美は、困り顔で眉根をよせた。
「……田中さんってさ。犬派? 猫派?」
「うーん、猫かな」
「だったらさ、語尾に『にゃ』を付けて、猫キャラで行こうぜ」
「は?」
「猫キャラとか、良い感じで頭ん中ぶっ飛んでんじゃん」
修介は嬉々とした表情で語る。
「あの、私で遊ばないでくれる?」
「真面目なんだが? それに、猫キャラで目立てば、多分、スポンサーが付くから、金も入るぜ」
嫌なんですけど。恵美は表情で語る。
しかし修介も譲らぬ構えだ。
二人は目で語り合い、先に、恵美が折れた。
「本当に、本当に猫キャラになれば、上位に行けるんだよね?」
「俺を信じろ」
「……わかった。なら、やってみる」
「やってみる『にゃ』」
「……やってみるにゃ」
「いいね」修介は笑顔で手を叩く。「決闘の時とかさ、猫耳を付けようぜ」
「私で遊んでないよね?」
「遊んでないよ。ちゃんと、田中さんのことを考えて……」
そこで急に修介は真面目な顔になって思案する。
「どうしたの? やっぱり、無理があることに気づいた?」
「……恵美にゃんって呼んだ方がいいのかな?」
「やめて。これ以上、私で遊ばないで」
「遊んでないって。マジでこういうことが、上位に進出するために重要なんだって」
「……確かに、山神君を見ていると、そう思ってしまうかも」
「だろ?」
「褒めてないんだけどなぁ」
恵美は呆れたようにため息を吐く。
「ま、恵美にゃんと呼ぶかについては保留にしておくよ」
「そのまま呼ばなくていいからね」
修介はニコニコ顔でストローに口を付けた。
「でも、あれだな。田中さんと出会えて良かった」
恵美は困惑した表情を修介に向ける。
「どうしたの、急に?」
「楽しみを見つけることができた」
「私で遊ぶこと?」
「強くすることさ」修介は微笑む。「そうは見えないかもしれないけれど、俺は今、本気で田中さんを強くしたいと思ってる」
恵美は頬を染め、戸惑いながら答える。
「ありがとう。でも、山神君はいいの?」
「何が?」
「私を強くしてくれるのは嬉しいんだけど、山神君も、目標とかあるんじゃないの? また、Sランクに昇格するとか」
「ああ、それなら問題ない。今、保留中だから」
「保留中?」
「ま、俺のことは気にしなさんな。勝手に、色々やるから。だから、田中さんには自分が強くなることに集中して欲しい。そんな田中さんを俺は応援する」
「ありがとう」
「ありがとう『にゃ』」
「……やっぱ、言わなきゃ駄目?」
「強くなりたいんだったらな」
恵美は渋い顔で迷い、諦めたように言う。
「ありがとう……にゃ」
「どういたしまして」
修介は笑う。その笑みに、恵美に対する嘲りは全くなかった。




