14 強くなりたい女
土日を挟んで久しぶりの学校。修介が登校しても、潮が引いたように、誰も声を掛けなかった。修介に向けられていた羨望の眼差しは、怪物を見る恐怖の目つきに変わっていた。
これが本来の自分か。
あまりのギャップに、修介は思わず笑ってしまった。しかし孤高には慣れているから、修介は、一人の自分を恥ずかしいとは思わなかった。
朝の時間も一人。授業の合間の休憩時間も一人。そして、昼休みも一人……のはずだったのだが、授業が終わった直後、修介の前に一人の女生徒が現れた。
「あの、山神君。話があるんだけど」
修介はその女生徒の顔を観察する。涼しげな目つきの愛らしい少女だった。少し赤っぽい髪色で、二つ結びにしていた。
「Cランクの田中恵美さんだっけ?」
「うん。知ってるんだ」
「まぁね。クラスメイトのランクは自然と気にしちゃうんでね。今年昇格したんだろ?」
「うん」
「確か基準人類なんだよな。それでCはすごい」
「嫌味?」
「俺は例外だから。それで、何?」
「ここではちょっと」
修介は辺りを見回す。クラスメイトは気にしていない素振りを見せるが、興味を示しているのが、何となくわかる。
「ここでは話せないような内容なの?」
「べつに、そんなことはないけど。でも、できれば、あなたにだけ話したいな、と思って」
「……それは、二年の心先輩から、そういう指示を受けたのか?」
「指示と言うか、アドバイスをもらった」
「アドバイス? 指示とか命令ではなく、アドバイス?」
「うん。そうだけど……」
アドバイスということは、彼女の意思に任せたということか?
修介は考える。が、伊奈子の考えていることなんて、よくわからない。だから、取りあえず、話だけでも聞いてみようと思った。
「……んじゃあ、場所を移しますか」
修介は恵美を連れ立って、教室を後にした。
ご飯を食べながらでも構わないとのことだったので、修介は購買でパンとサラダを買い、非常口の屋外階段へ移動した。
修介は階段にハンカチを広げ、そこに座るよう促した。
「意外と、紳士的なのね」
「そういうマナーにうるさい人がいたんでね。あと、これを持ってて」
修介はお守りを渡した。
「これは?」
「魔除けだ」
修介が渡したのは、伊奈子の能力を妨害する装置だ。そのお守りを身につけることで、伊奈子の能力から身を守れる。修介は闘気を使うことで、妨害できるから必要なかった。
修介は手すりに寄りかかって、紙袋からサラダを取り出した。まずは野菜から食べる。それが習慣だった。
「それで、話って?」
「単刀直入に言うね。私を強くしてほしいの」
「何で?」
「理由を言わなきゃ、駄目かな」
「駄目じゃないけど、だったら、俺は協力しないと言うだけの話」
「……そうだよね」恵美は表情を引き締めて言った。「実は私、花畑市の出身なの」
「花畑?」修介は眉をひそめる。「あの花畑か?」
「うん」
恵美は悲しげに頷いた。
「そうか……」
修介は眉根をよせる。花畑市と言えば、10年前に『次元災害』によって壊滅した都市だ。美しい花々を見ることができる観光名所として、有名な場所だったが、突如として現れた巨人によって、草も生えぬ荒れ地に変わってしまった。死者の数は五万人を超え、生存者は一万人にも満たなかった。日本でも最悪の部類に入る次元災害だ。
「よく無事だったな」
「私はたまたま家族旅行でいなかったから、助かった。でも、お爺ちゃんやお婆ちゃん、友達も、皆、いなくなってた」
恵美は俯く。
「それは……悲しいよな」
修介は戸惑いながら話す。ハトエと言い、突然、重い話をしないで欲しいと思った。しかしながら、彼女たちに非はないことを重々承知している。
「うん。でも、今は、ちゃんと気持ちの整理がついているから大丈夫」
顔を上げる恵美。その顔は前を向いて歩く人間の顔だった。
「それで、私は皆の分も頑張って生きようと思ってて、いつかまた、花畑市にたくさんの花を咲かせたいとも思っている。ただ、そのためにはお金が必要で、高ランクになれば、お金が稼げるし、将来的にも、就職で役立つと思うの。だから強くなって、ランクを上げたい」
「なるほど。つまり、故郷の復興のために強くなりたいとそう言うわけだな?」
「うん」
「でも、復興が目的なら、別に強くならなくてもできるんじゃないの? テレビで見たが、田中さんと同じような考えを持って、活動している人はすでにいるんだろ? そして、その人たちは、高ランクというわけではない。むしろ、超能力ではない、一般人だ」
「うん。そうなんだよね。復興だけなら、べつに、私が強くなる必要はない。でも、もしもまた、花畑が襲われたとき、彼らには守る力がない。だから、私が強くなって、今度は、ちゃんと花畑を守る」
「へぇ。でも、相手はトップのSランクでも倒せなかった相手だぜ?」
「それでも、守る」
恵美の瞳には強い覚悟の光があった。他人に笑われてもいい。それでも、自分の意思を貫く! そんな力強さを感じた。
昨日のハトエや剛拓を思い出す。二人も同じ目をしていた。そして、そんな二人を、修介は笑ったりしなかった。
「……わかった。協力しよう」
「いいの?」
「ああ。でも、どうして俺なんだ? 強くなりたいんだったら、それなりに有名な研究所とかに当たった方がいいのでは? 俺は育成のプロフェッショナルじゃないぜ」
「研究所は、情熱だけでは契約してくれない」
「まぁ、確かに。その辺、シビアだよな」
「だから、心先輩に相談したら、同じ基準人類で、Sランクの経験もある山神君に頼んだらいいって」
「なるほどね」
伊奈子にも人の気持ちを解する心はあるらしい。だから、命令ではなく、アドバイスをしたのだろう。
「……俺の気持ちも汲んでほしいんだが」
「え?」
「何でもない。こっちの話」
「そっか。でも、山神君こそ、どうして協力してくれるの?」
「強くなりたいんだろ?」
「うん」
「その気持ちが本物だからさ。だから、応えたいと思った」
「……意外と熱いんだね」
「意外か?」
「うん。もっとクールな人かと思った」
「そうか。そんな風に見えるか」
それに、と修介は恵美をじっと眺める。恵美は可愛い。だから、この機会を通し、まずは友達から、そしてゆくゆくは彼女に……なんて下心があったり、なかったりする。
「どうしたの?」
「何でもない。それじゃあ、早速、田中さんのこと、色々教えてもらおうかな」
「変なことは聞かないでね」
「どうしようかな」
修介は意地悪く笑った。




