13 最強の男
結局退院は認められず、修介は渋々、自分のことを姉だと思い込んでいる超能力者に付き合った。
そして翌日。塩野の許可が下りたので修介は退院した。
家のそばにあるバス停行のバスがあったので、乗り込んだ。
「発車までもうしばらくお待ちください」
とのことだったので、最後尾の席に座って、ぼんやりしていた。
不意に視線を感じ、窓の外に目を向け、ギョッとする。恨めしそうにこちらを見る黒影恭弥が立っていたからだ。
「山神ぃ! 僕だ!」
バスの外で叫んでいる。
「何でいるんだよ、気持ち悪っ」
修介は嫌悪感を抱き、反対側に移動する。が、窓の外に目を向けると、恭弥も反対側に移動していた。
「山神ぃ! 逃げるな、僕の話を聞け!」
修介はため息をもらし、頭を抱えた。クレイジーは一人で十分なのだ。
無視するとさらに面倒なことになる気がしたので、修介は仕方なく、窓を開けた。
「何だよ。俺に決闘を申し込むことができないお前が、何の用だ」
「ああ、そうだ。僕は君に決闘を申し込むことができない。だが、君は僕に決闘を申し込むことができる。だから、僕に決闘を申し込むんだ! 山神ぃ!」
修介は窓を閉めようとした。
「ま、待ってくれ!」
と言うので、修介は再び窓を開ける。
「何?」
「実は、僕の家族が病気なんだ」
「そうなんだ。なら、そばにいてあげたらいいんじゃないか?」
「いや、その家族からのお願いなんだ。山神と戦って勝って欲しいって。そしたら、病気も治るって」
「ふぅん。誰が、どんな病気なの?」
「え? あぁ……」
恭弥は戸惑う。その姿を見て、修介は呆れ、窓を閉めようとした。
「刀だ!」
「は?」修介は手を止める。「刀?」
「そうだ。僕の刀が、君の血を欲している!」
修介は窓を閉めた。
「おい、こら! 山神ぃ!」
「お待たせいたしました。それでは発車いたします」
丁度いいタイミングでバスが走り出した。
「山神ぃ! 逃げるのか! ははっ、僕の勝ちだぞ! やった、山神に勝った!」
外で何やら叫んでいるが、修介は無視する。
「おい、山神! 僕の勝ちだぞ! 悔しくないのか!」
恭弥はバスと並走しながら叫ぶ。その執念は認めるが、はっきり言って、迷惑だ。
いくら恭弥と言えど、バスと並走し続けるほどの脚力はないらしく、恭弥の声が遠くなっていった。
恭弥のいない歩道を見て、修介はため息を吐く。
「俺には、あんなのしかいないのか?」
嫌になっちゃうね。
修介はもう一度ため息を吐いた。
それから、しばらくバスに乗っていて、バスが停まった。バス停に立つ集団を見て、修介は眉をひそめた。
学ランを着て、髪をリーゼントやアフロにしている強面の男たちがバスに乗ってきた。彼らは、下駄を履き、硬派な雰囲気があった。修介はその集団をよく知っている。鬼 剛拓率いる鬼組の一員だ。
彼らは後ろまでやってきて、最後尾に修介が座っているのを認めると、表情を引き締めて、一礼した。修介は困り顔で、頭を下げる。嬉しくはないが、彼らからは一定の評価を受けている。
男たちは最後尾には座らず、後ろから席を埋めていった。そして、最後にバスに乗ってきた男を見て、修介は息を呑む。三年連続Sランク一位。『最強の男』、鬼 剛拓だったからだ。剛拓は二メートル近い巨漢で、雄ライオンのように髪を逆立てている。高3とは思えぬ、覇者めいた風貌。学ランを脱がずとも、その下にある山脈めいた筋肉が容易に想像できた。
剛拓は、修介を認め、ニヤッと笑う。
「久しいな、修介」
「お久しぶりです。鬼さん」
剛拓の覇気に修介は委縮する。相変わらず、強そうな人だ。
「鬼さんも俺に決闘を申し込みに来たんですか?」
「それも魅力的だが、今日はただの偶然だ」
剛拓は修介の隣に座った。剛拓が座った瞬間、バスが揺れる。「発車します」の合図があって、バスが走り出した。
剛拓が口を開く。
「聞いたぞ、Aランクに降格したんだってな」
「ええ、まぁ」
「お前ほどの男が降格するとはなぁ。決定戦にも出ていなかったし、何かあったのか?」
修介は剛拓を一瞥する。剛拓は、気さくながらも、真面目に話を聞く面構えだった。
鬼さんになら、と修介は口を開く。
「ちょっと、自分はこのままでいいのか、と思いまして。自分は、超能力者やモンスターと戦い続ける日々を、望んでいるのか、って迷いが生じたんです」
「なるほどな」剛拓は腕を組んで真面目な顔つきになる。「その気持ち、俺にもわかるよ」
「本当ですか?」
「ああ。俺にもそんな時期があった。俺は昔から、強さを求めて戦い続けてきたし、強さを求める生き方こそ俺の人生だと思っていた。しかしSランク一位になって、最強の男と呼ばれるようになったとき、自分が目指す強さが何なのか、よくわからなくなった」
剛拓は当時を思い出すように目を細めた。
「それで、鬼さんはどうしたんですか?」
「師範に相談した。そしたら、一度戦いから距離を取ってみるのもいいかもしれない、と言われた。だから、戦いから距離を置いた。しかし、一日も持たなかった。体が、戦いを欲していたのだ。それで、またすぐに、戦いの日々に戻ったんだが、体は戦いを求めても、心は戦いを求めていなかった。勝つのが当たり前だったから、戦っても強くなれないと思っていたんだ」
修介は頷く。その気持ちに共感できた。
「だから、修介。お前が俺の前に現れたときは嬉しかったね」
「どうしてですか?」
「この男には勝てないかもしれない。そう思ったからだ」
「鬼さんがですか?」
「ああ。久しぶりの感覚だった。だから、実際に戦って、負けたときは、とても悔しかったが、嬉しくもあった。俺はまだ、強くなれることがわかったのだから。そして師範に再び相談した。『ただ、戦いを続けているだけでは、修介には勝てない。どうすればいいですか』と。そしたら師範に、人に強さを教えることもまた、強くなるために必要なことだと言われた。それで、今は、強くなりたいと言う者たちを集めて、稽古を行っている」
修介は頭の中で剛拓の話を整理する。
「つまり、鬼さんは、強くなるために戦っているんですね?」
「そうだ。そして今は、その戦いを通し、周りも強くしたいと思っている。それが、俺の強さにもつながるからだ」
「……なるほど」
自分だけではなく、周りも強くする。それが、最強の男の戦う理由らしい。
アナウンスがあった。次の停車場が、修介の目的地だ。修介は荷物をまとめる。
バスが停車する。修介は荷物を持って、立ち上がった。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「うむ」
出口に向かおうとして、「修介!」と声を掛けられ、振り返る。
「次の決定戦の決勝でお前を待っている」
「出ないかもしれませんよ?」
「いや、お前なら出るさ」
「どうして?」
「俺もお前も『闘う者』だからさ。そして、お前を99%にして俺は卒業する」
剛拓は不敵に笑った。その笑みは、敗北を忘れた顔だ。
「できますかね、鬼さんに」
修介もまた、不敵な笑みで見返した。




