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12 戦う理由

 ハトエが帰ってから、DVDを観た。エイリアンから地球を守る映画で、多くの犠牲を出しながらも、人類がエイリアンに勝利する、よくある話だった。


 エンディングが始まったところで、電源を消し、修介は枕に頭を沈めた。


「所長は、この映画から、何を学んで欲しいんだろう? 能力のヒントとか本当にあるのか?」


 エイリアンを倒す方法か? でもそれは、映画によって異なるから、一貫性はない。


 では、どの映画にも共通することは何だろうか。未知の敵が人類に襲い掛かること、そして、人類が必死に抵抗するということはほとんどの映画で共通している。


 先ほどのハトエの顔が過った。二十年前まで、映画の中の現実はただのフィクションだった。しかし今はフィクションが現実となっている。人類に襲い掛かる未知の敵がいて、その敵から地球を守るために戦う者たちがいる。


 そんな時代に、自分はどのように生きるべきなのか、修介は考える。


「やれやれ、所長も人が悪い」


 喉が渇いたので、売店に行った。


 陳列された飲料水を見て、修介は悩む。久しく飲んでいないから、炭酸飲料を飲みたい気分だった。しかし、手を伸ばして、躊躇する。甘いジュースを控えるように言われ続けた数週間前の生活を思い出した。


「俺はもう、あの研究所の人間ではないんだ」


 修介は自分に言い聞かせ、色付きの炭酸飲料を手にとった。


 レジに向かおうとして、お菓子棚の前で足が止まる。数週間前まで、専属の栄養士がいて、食事制限もあったから、スナック菓子のようなお菓子を食べる頻度もかなり少なかった。でも、今はお菓子を食べても咎める者はいないから、食べようと思った。


 適当なポテトチップスを手にとって、買った。


 病室に戻って、早速炭酸飲料を飲んでみる。


 一口飲んで、顔をしかめる。


「あれ? これって、こんなにまずかったけ?」


 子供の頃は、好きでたくさん飲んでいたはずのジュースが、不味く感じた。それ以上、飲む気になれなくて、蓋をしめた。


 ポテチの方はどうだろう? 


 開けようとして躊躇う。ここで開けたら無駄になってしまうような気がした。


 じゃあ、どうしようこれ?


 折角買ったのに、食べないのは、それはそれでもったいない。


 そこで修介は、氷花がまだ病院にいたことを思い出した。お見舞いとして、彼女に渡すことにした。ついでに、飲みかけの炭酸飲料も渡してみる。


 看護師から、氷花の病室を聞き、部屋の前に移動し、ドアをノックする。


「どうぞ」


 返事があったので、修介は扉を開けた。


 中に入り、修介は驚いて、ペットボトルとポテチの袋を落としそうになった。一人部屋の病室だが、そのベッドの上に、全身を包帯で巻かれた女がいたからだ。


「氷花、だよな?」

「そうだよ」


 修介は訝しく、その格好を眺めながら、ベッドの隣の椅子に座った。


「俺、そんなに、激しくやったっけ?」

「いや、こうしてれば、玉尾もうるさく言わないかなって」

「玉尾って?」

「口うるさいジジイ」

「研究所の人ね。それで? 効果はあったの?」

「なかった」

「そうなんだ。それは残念だったな」

「玉尾は、人の心がないんだ」


 氷花は顔の包帯を外した。心なしか、元気がないように見えた。


「めっちゃ、怒られたの? 落ち込んでいるように見える」

「うん。怒られた。でも、それは別にどうでも良くて、決闘を一ヶ月禁止されたから、それで、落ち込んでる」

「俺なら、喜ぶけどな」


 修介は苦笑して、ペットボトルとポテチを差しだした。


「これ、お詫びの品。ま、ジュースは開いているんだけど」

「ありがとう」


 氷花は受け取り、ペットボトルの蓋を開け、口をつけた。


「迷わず、飲むんだな」

「どうして?」

「俺が毒を仕込んでいる可能性だってあるだろう?」

「修介はそんなことしない。修介は正々堂々と戦う男」

「喜ぶべきか、迷っちゃうな」


 氷花はポテチの袋を開け、ぼりぼりと食べ始めた。修介にも袋の口を差しだすが、修介は手を振って、拒んだ。


「食べないの?」

「ああ。多分、体が受け付けない」

「ふぅん」

「氷花は食事制限とかしていないのか?」

「してない。修介はしてるの?」

「ああ。していた、が正しいかな」

「そっか。それが強さの秘密?」

「かもな」

「なら、私も食事制限を始める」


 そう言いながらも、氷花のポテチを食べる手は止まらない。修介が、ポテチの袋とポテチを食べる氷花を見比べると、氷花はバツが悪そうに言った。


「……明日から頑張る」

「それがいいかもな」


 修介は笑い、氷花の体に視線を移した。意図的に包帯を巻いたらしいから、怪我の状態についてはよくわからないが、左腕にギプスが巻かれているから、左腕の骨に何かしらの異常があったのだろう。


「その左腕は?」

「ヒビが入ってた」

「そっか。すまん」

「いや、むしろ感謝している。これで左腕はまた一段と固くなる」

「そのポジティブさに、俺が感謝したいよ」

「それに、これは修介が本気で戦ってくれた証。だから、嬉しい」


 氷花は満面の笑みを浮かべた。


 修介は困り顔で、後ろ首を撫でる。怪我をさせたのに、感謝されるのは氷花だけだ。だから、反応に困る。


「どうして、氷花はそんなにも戦いが好きなんだ?」

「楽しいから」

「楽しいか?」

「うん。修介は楽しいと思わないの?」

「ああ」

「私との戦いでも」

「思わないね」

「そっか。私はとても楽しいけど。修介と戦うと、いつも新しい発見があるから」

「そのせいで、俺はネタが尽きそうで困ってるんだけど。毎回毎回、新技を使わないと勝てない相手は辛いんだが」

「へへっ」


 氷花は嬉しそうに笑う。褒められて喜ぶ子供そのものだった。その表情を見て、氷花は他の事でもこんな表情をするのかと疑問に思った。


「氷花って、戦い以外の楽しみはあるの?」

「ない。戦いが全て」

「なら、どうやって、学校の友達とかと付き合ってるんだ?」

「学校に友達はいない」

「え、欲しいとは思わないの?」

「思わない。彼女たちと私の住む世界は違う。皆、くだらないことに一生懸命。だから、彼女たちと友達になろうとは思わない」

「住む世界が違う、か……」

「それに私には、ちゃんと友達がいる」

「へぇ」

「修介もその一人」

「そうだったんだ」

「え、修介は、私のこと、友達だと思ってないの?」


 慌てふためく氷花。その珍しい反応に、意地悪でもしようかと思ったが、可哀想なので止める。


「そうだな。俺も氷花のこと、友達だと思ってるよ」

「良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす氷花。


「他の友達は誰なの?」

「鬼や愛莉。あとはAとBにも何人かいる」

「また、ずいぶんと豪勢なメンバーだな」


 愛莉とはSランクの超能力者だ。


「黒影は?」

「あいつは、『僕は紳士だから~』と言って、手を抜くから嫌い」

「黒影らしいな」


 修介は氷花を眺めながら思う。自分の状況をしっかりと認識し、その状況の中で楽しむ生き方もあるんだな、と。少なくとも氷花は、その生き方で楽しんでいるように見える。しかし、自分がその生き方を受け入れることができるかと言われたら、難しいところだ。


「修介は学校に友達はいるの?」

「……いないよ」

「そっか。私と一緒だ」

「中々、難しいよな、友達を作るの」

「戦っていれば、自然とできるよ」

「そんなやり方じゃ、彼女とか作れないだろ」

「作れるよ。だって私には、彼氏がいるもん」

「そうなの?」

「うん。修介が彼氏」

「は? 初耳なんだけど。氷花も思い込みの激しい女だったの? どうして俺が、氷花の彼氏なんだ?」

「修介のことをずっと考えているから。それは『恋』だって、玉尾が言ってた」

「氷花のことだから、鬼さんや愛莉さんのこともずっと考えてるんでしょ?」

「うん」

「だったら、それは恋じゃないんじゃないかな。ただの戦闘意欲だ。それに仮に恋をしていたとして、恋をしている相手=彼氏とはならないと思うんだが。お互いに相手を恋人と認めることで彼氏彼女になると思うんだ」

「へぇ。なら、修介は私を彼女と認めてくれる?」


 氷花と恋人関係になったときのことを考える。朝から晩まで戦う毎日が容易に想像できて、修介は苦笑する。


「ごめん、それは無理かな」

「そっか、それは残念」


 それから一時間ほど、氷花と最近注目している超能力について話し、氷花が「そろそろ、玉尾が来るかもしれない」と言うので、別れを告げ、病室を後にした。


 自分の病室に戻りながら、修介は考える。どんな生き方が自分にベストなのかを。何となく、答えはわかっているが、その生き方を受け入れるかどうかで悩んでしまう。


「どうしたもんかなぁ……」


 病室の扉を開ける。


「あ、修ちゃん! どこに行ってたの! お姉ちゃん――」


 病室の扉を閉める。


「取りあえず、退院しよう」


 修介は塩野の下へ向かった。

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