10 眠れぬ夜
その日は、中々眠りにつけなかった。
「おかしいとは思っていたんだけど……」
正直、異常な盛り上がりだとは思っていた。しかし、嫌な気分にはならなかったし、むしろ気持ちが良かったから、とくに疑うことはなかった。
「でも、そんなからくりがあったとはな」
これまでの現実、そして、自分が望んでいた現実について考えすぎて、眠気が全く起きなかった。
だからこそ、殺気を放ちながら接近するその女の存在に、早い段階で気づくことができた。
修介はため息を吐いて、体を起こした。
「結局、俺にはこの人生がお似合いってことか」
修介は渋い顔でベッドを下り、着替えて、部屋の扉を開けた。
部屋の前に一人の少女が立っていた。ショートカットで、クールな顔つきの女の子。夜中に男の部屋の前に佇んでいるという点を除けば、いたって普通の少女に見える。
少女は静かな口調で言った。
「今、呼び鈴を押そうとしたところ」
「そうか。何の用だ?」
「決闘しよう」
「今何時だと思う?」
少女は腕時計で時間を確認する。
「23時15分くらい」
「決闘が禁止されている時間帯だな」
「うん。でも、そんなの関係ない。決闘しよう」
「違法なのでは?」
「問題ない。私たちはSランク。つまり、いくらでももみ消せる」
「これが権力ってやつか。ただ、残念ながら、俺はAランクだ」
「そうなんだ。でも、私はSランク。いくらでももみ消せる。あなたも知っているでしょう?」
「そうだな」
修介は、これまで、この少女と三回ほど禁じられているはずの決闘を行ってきたが、その決闘に関し、ペナルティを受けたことはない。
「修介。私は今、あなたを必要としている」
愛の告白と勘違いしてしまいそうなほど真っ直ぐな瞳だった。しかし修介は理解している。この瞳の裏に、狂気的な戦闘意欲が潜んでいることを。
「いいよ。決闘しよう」
「え? いいの?」
「しなくていいの?」
「いや、して欲しいんだけど、でも、いつもはもっと渋るから」
「今日は、人をぶん殴りたい気分なんだ」
少女は微笑む。
「嬉しい。本気の修介と戦える」
少女は修介の手を引いた。ひんやりと冷たい手だった。
「早く行こう」
「どこに行くんだ?」
「良い場所を見つけた」
「そうなんだ」
修介はマンションに住んでいて、部屋は10階にあった。だから、部屋の前には手すりがあるのだが、少女はその手すりに上り、修介も上るように促す。修介は手すりに上って、少女の隣に立った。
「行くよ」
修介と少女は、同じタイミングで跳んだ。
少女の足元が凍り、宙に氷の足場ができる。少女と修介はその足場に立った。さらに少女は、足場を伸ばし、靴裏に氷のブレードを作ることで、その足場を滑った。修介の靴裏にもブレードができて、修介は少女の後に続く。
少女はたまに振り返って、修介に微笑みかける。その笑みは遊園地を楽しみにする子供のようだった。
10分ほど宙を滑って、たどり着いたのは、山中の開けた場所だった。
少女がその場所について説明する。
「工場の跡地」
「へぇ。ってか、能力を使って、体力は大丈夫なの?」
「ちょうどいい、ウォーミングアップになった」
「そうか。んじゃ、俺も、軽く体を伸ばすかな」
修介は準備運動をする。
そんな修介に、少女は言った。
「今回の決定戦にどうして出なかったの? 修介と戦えるのを楽しみにしていたのに」
決定戦とは、毎年三月に行われる、ユース最強の超能力者を決める大会のことだ。この大会では、レートが普通の対人戦よりも上がるため、降格圏に沈む超能力にとっては一発逆転のチャンスがある大会だった。ゆえに、修介は出場しなかった。
「書類を出し忘れてね」
「何とかできたでしょ」
「それが、何とかできなかったんだよ」
少女の言う通り、ヤナギ研究所のコネなどを使えば、書類を期限以内に提出できなくても、出場する方法はあった。だから、修介はその出場するための方法をあらかじめ潰しておいたのだ。
「そうなんだ」
「準優勝だっけ? おめでとう」
「どうでもいい」
「優勝以外、興味なしってか」
「そうじゃない。面白い試合を一つでも多くできれば、それで良かった。だから、修介と戦えなかったことは不満」
「恐ろしいね。さて、俺も準備できたよ」
「待ってました」
二人は対峙する。
修介は、顔の前で拳を握って、構える。
一方、少女はとくに構えることなく、立っていた。しかし、彼女の周りの空間が、ぴしっと音を立てて凍り始め、彼女の体に霜が付く。その手には氷の槍ができた。
少女の名前は、如月氷花。能力は『氷の怪物』。冷気をまとい、触れたものを凍らせる氷系能力の中でも、最強の能力だ。その類まれなる戦闘能力の高さと、中二にしてSランク2位(昨年度)という実績もあって、彼女は『次世代の女王』と呼ばれている。
修介は、彼女の真の恐ろしさは、その戦闘意欲にあると思っている。彼女は、日々、強者を求めて戦い続けているのだ。ゆえに修介は、氷花のことを『戦闘狂』と呼んでいる。
「今から、空中に氷の塊を撃つ。それが落ちたら、決闘開始」
「OK」
氷花は天に右手を掲げ、宙に向かって、ソフトボール大の氷の塊を撃った。
氷の塊は月の光を受けてきらめき、地面に落ちて、砕けた。
二人は互いに向かって、駆け出した。




