1 降格したい男
Aランクのときは毎日が楽しかった。自分がSランクになった妄想をするだけでやる気が溢れ、Sランクの連中を倒す方法を考えるのが楽しかったし、実際、Sランクの超能力者を倒したとき、一ヶ月は勝利の余韻に浸った。
そして中三の春。山神修介は念願のSクラスに昇格した。修介はこのとき思った。これで自分は楽しい人生を送れると。中学生とは思えぬほどの金をもらい、可愛い彼女ができて、毎日友達とエンジョイする。
しかし、修介はSランクになって一ヶ月で思い知る。Sランクの生活は、想像していた以上に過酷なものであることを。
確かに、金はたくさんもらえた。Aランクのときよりも一桁、多いときで二桁は違った。しかしその金を使う暇はなく、学校と研究機関を行き来する毎日。学校では、周りからSランクとして、過剰な期待を抱かれ、研究機関では、身体能力向上を目指し、うんざりするほど筋トレをさせられ、謎の格闘家たちと何度も戦わされた。
プライベートの時間もほとんどない。『対人戦』のせいで、街中を歩いていると決闘を申し込まれるからだ。申し出を断るとレートが下がる。そのため修介は、渋々下位クラスの超能力者と戦った。彼らとの戦いで負けることはなかったが、彼らとの戦いで得られるものは、「時間を無駄にした」という虚しさだけだ。
また、自分に挑戦を挑んでくる下位クラスの超能力者たちを見て、羨ましく思うことがあった。彼らは輝いていた。敗北しても、その悔しさをバネに立ち上がろうとする精神的なたくましさがあった。負けても楽しそうにしている彼らを見ていると、懐古の念が沸き起こり、Aランクで楽しんでいる自分を妄想するのだった。
他にも羨ましく思うことはある。下位ランクの超能力者には時間があった。その時間を研究に当てる熱心な超能力者もいたが、友達や恋人との時間に費やす者もいた。
とくに下位ランクの上位者は、この時間の使い分けが上手で、ランキングとプライベートの両立がうまくできているように見えた。
負けても恋人に励まされる超能力者を見て、修介は唇を噛んだ。
「くそぉ、俺もそんな生活を送るはずだったんだけどなぁ」
こういう経緯があって、モチベーションが低下していたころに、事件が起こる。
それは夏休みのことだった。
何とか女の子と遊ぶ約束を取り付けた修介は、緊張しながらも、楽しく、女の子とデートしていた。
そして、映画館で映画を観ていたときのことである。
「おらおら! 山神修介はどこだ!」
「デュゥエルだ! 俺とデュエルしろ!」
「ここにいるのはわかっているんだぞ!」
モヒカン頭に肩パットをつけた不良集団が、映画館に乗り込んできたのだ。
騒然となる劇場。女の子は不良集団を見てドン引きしていた。修介は空気の読めない連中に頭を抱えた。
五分後、不良集団は映画館の前で山積みになっていた。
女の子は不良の山を見て、苦笑する。
「大変ですね」
「え? うん……」
女の子の口調が他人行儀になっていた。そしてその後、女の子と連絡が取れなくなり、修介の中で、ぽっきりと何かが折れる音がした。
この事件が契機となって、修介は降格を決意した。
超能力者の格を決める『ランク制度』には、昇格・降格が存在する。一年間のレートを基に各ランクの中で超能力者を順位付けし、下位の超能力者は一つ下のランクに降格、一方、各ランクの上位者は一つ上のランクに昇格できるのだ。
Sランクの場合、8人でレートを比較し、最下位である8位になった超能力者は下位のAランクへ降格となる。そのため修介は、8位になるべく、手を抜き始めた。
当然、修介の面倒を見ている研究機関の職員は激怒し、修介にレートを上げるように、命令した。所属する超能力者の格は、研究機関の格に直結する。しかし修介はのらりくらりと命令をかわした。降格したら契約を打ち切るとも言われたが、望むところだった。降格を決意した修介に、怖いものなどなかった。
そして、翌年の春。修介のAランクへの降格が正式に決まり、晴れて自由の身となった修介は意気揚々と、高校の入学式に出席するのだった。