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4話

 最初にネット上に投稿した『茜と群青』に感想が付いて以来、私は自分がしていることが間違いでないと確信を持ち、デジタル絵に更にハマっていった。

 そんな最中、丁度折良くやって来た夏休みは、創作の世界へと踏み出す私の背を押す追い風となった。

 新しい絵の題材を求めて、スケッチブックと麦わら帽子をお供に、あちこちにと積極的に出かけて行く日々。


 高校球児たちの聖地――甲子園球場。プレイボールと共に鳴る真っ赤なサイレン。選手たちの掛け声、応援席から響く声と金管楽器の音色。観客席に詰めかけた野球ファンたちの楽しげな声。

 私は試合そっちのけで、それらの音を目で追いかけては独特な色合いを目に焼き付けたり、簡単なスケッチを取って、そこに色指定の注釈を書き込んだりした。


 海水浴場、ざばーっと打ち寄せる波の音。じゃりじゃりと砂を掻き分けては、城だのイルカだの模したオブジェを作る砂遊び。……リア充カップルの桃色の声。

 カップルたちに呪詛の籠った視線をやりながらのスケッチは、夏なのに寒々しい気分になった。


 星が有名な高台での天体観測。ほぼ無音の、でも風の通る音や、星を見上げる人たちが囁く控えめな淡い色の声音が、星の光を邪魔することなく、あるいは逆に引き立てるような塩梅で、見ていて溜息が漏れそうだった。

 暗いのでスケッチは出来なかったが、代わりにこれでもかと目に焼き付けることにした。


 他にも沢山、沢山のいろに彩られた風景を見に出かけた。そうして溜め込んだ題材けいけんをデジタル絵に変換していく。

 一作、また一作と投稿していく度に、徐々にだけど、でも確実にブックマークやお気に入りユーザー、感想数が増えていく。

 感想を付けてくれる人の中には、常連と呼べるユーザーさんもちらほらと出て来る。


「あっ、また『玉屋』さんからの感想だ。ふふっ、『毎度斬新で綺麗な色合いですね』、かあ。嬉しいなあ」


 頬が緩むのを止められない。傍目から見たらずいぶんとだらしない顔になっていることだろうが、誰も見てないので良しとしよう。

 私は暫く満足げに付いた感想を一通り読むと、パソコンの画面から視線を切って時計を見る。


「もう11時か……。そろそろお風呂に入ろ」


 誰に聞かせるわけでもなく呟くと席を立つ。


(気怠いくらいに暑いし、浴槽に湯を張らずシャワーだけで済ませようかな……)


 夏ということでTシャツとハーフパンツというラフな部屋着を、ぽいぽいと脱衣所で脱ぎ捨てる。

 浴室に入ると、全身を映し出す姿見が出迎えてくる。その鏡面には、かつて鳴北中のコロポックルと称された、童顔チビ貧……んん! な姿があった。


(成長期が遅いだけだし、遅いだけだし……)


 私はシャワーを全開にすると、苛立ち紛れにその矛先を姿見に向けた。




「ああ、さっぱりした」


 風呂から出ると、体をふきドライヤーをかけて寝巻を着こむ。どうも喉が渇いたので、台所の冷蔵庫から麦茶を取り出した。

 麦茶の入ったコップ片手にリビングに行くと、父が点けっぱなしにしたテレビから深夜前のニュースが流れている。


 ちびちびとコップの中身を飲みながら、なんとなくニュースを見やる。

 ニュースの内容は、副総理が『カワイイはジャスティス』系の四ツ星なんたらというアニメを視聴しているらしいというもの。

 ……こんなどうでもいいニュースがテレビで流れている内は、日本はきっと安泰なのだろう。


 私はふるふると首を振ると、空になったコップを流しにおいて自分の部屋に戻る。そうしてベッドに潜り込む前にと、最後にもう一度だけ『絵師になろう』のホーム画面を開いた。


「…………な、に、これ……?」


 アクセス数を表すPVのグラフがおかしなことになっている。

 最新のイラストを投稿したのが夜の八時過ぎ。

 八時から九時の間のアクセス数は308。九時から十時が356。十時から十一時262。十一時から十二時――5080。


「えっと……何かのバグ?」


 霞んで消えそうな水色の声を震わせる。

 ホーム画面の左上に赤字が点滅していることに気が付いた。クリックする。――未読の感想が、ぱっと見ただけではいくつあるか分からないほど溜まっていた。


「は?」


 次いでブックマーク数を確認する。……今までのブックマーク数と文字通り一桁違うブックマーク数が表示されていた。


「えっ、えっ、えっ…………?」


 何が何だか分からない。頭がこんがらがる。マウスをクリックしてホーム画面を再表示する。

 その都度新たな数字が更新される。大袈裟かもしれないが、体感的にブックマークが秒間で1ずつ増えている。数分単位で新しい感想が付く。

 赤字の点滅を消しても、すぐにまた点滅するのだ。更には見慣れぬ赤字が点滅している。


「あっ? ……『新着メッセージが一件あります』?」


 メッセージ機能、いわゆるメッセで誰かが私に連絡を取って来たらしい。


 作品ごとに付き、誰にでも閲覧可能な感想欄と違い、メッセはユーザー個人とユーザー個人の連絡のやり取り。言わばメールのようなもの。

 だから、作品そのものとは関係ない私信や、第三者に見られたくないようなやり取りで用いられる……らしい。

 らしい、というのは、これが初めてのメッセだからである。


 おっかなびっくりメッセの通知をクリックする。


「あっ、『玉屋』さんからか。どうしたんだろう、メッセなんて?」


 メッセを開く。


『おめでとうございます! 人気花丸急上昇ですね! ヤッターヽ(゜∀゜ )ノ 』


 そんな内容であった。私はキーボードを叩き返信する。


『はい。でも、あの……何が何だか……』

『ああ、『スコッパー.Net!』で取り上げられて紹介されたんですよ。まだ気付かれてませんでした?』

『ええと、『スコッパー. Net!』というのは何ですか?』

『知りませんか? 絵師になろう系の大手情報サイトですよ。そこの主がスコッパーでも有名な方で、埋もれた良作をよくスコップして紹介してるんです! URLを貼りますね。https://xxxxxx//xxxxx//xxxここです』

『親切に教えて下さってありがとうございます』

『どういたしまして! 改めておめでとうございます!』


 私は『玉屋』さんとのメッセを終えると、早速教えてもらったサイトにアクセスする。確かに、絵師になろうに投稿する絵師たちを紹介するサイトのようだ。

 そのサイトの今日の日付の記事に、私の名前が上がっている。


『この夏現れた新星! 彩さん! 他では見ないオリジナリティの高い塗りが印象的! 投稿頻度高い! 不可思議な、しかし息を飲むくらい美しい色彩! まだ見てない人は是非見るべき!! 評価は久しぶりのSランクです!!』


(これか……。これが理由で一気にアクセスが増えたのか……)


 私は突然起きた事態の原因をやっとのことで理解した。


 再び『絵師になろう』のホーム画面を開く。

 相変わらず、スカウターがぶっ壊れたようにアクセスが伸び続けている。


 注目を浴びることは嬉しい。好意的なものなら尚更だ。でも……。

 喜びを通り越して空恐ろしさすら覚えた。ぶるりと体が震える。背中が粟立っているのが分かった。


 今回は少し短いです。次話でやっと花火が登場予定。きっと。

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