1日目
夕焼けが綺麗な学校帰りだった。
何となく遠回りをして帰ろうと思い、家とは逆方向に足を向ける。
しばらく歩いて、見えた橋を渡って東区へ。区を分けている川沿いをどんどん家とは逆に歩いていく。
まだ夏の暑さが残る頃、時刻は午後のぴったり5時。地域の放送が流れ、住宅街に向かう子供達が騒ぎながら通り過ぎていく。
私が住んでいるのは学校の近くの南住宅街。何だか最近両親がピリピリしていて、家にいると息苦しい。テストの期間も重なってて、お母さんは特に怖い。だからあの人達が起きる前に朝食を食べてすぐに家を出る。大体7時には家を出るから、8時半の授業開始のチャイムまではすごく時間がある。だから家からお気に入りの文庫本を持っていって、朝のきれいな空気の中で川沿いに寝転がり、野良猫と戯れながら本を読むのが最近の私の日課。最近は空がだんだん高くなってるからか、朝焼けがとっても涼しげで、いつもの苦しいのからちょっぴり楽になれる。
※
今日の朝は曇っていたが、午後は晴天だった。
「…きれい。」
目の前に広がる夕日を見て何となくつぶやく。現代の子ならここでスマホで1枚だが、あいにく私はスマホを持っていない。ないとすっごい不便な世の中だし、そのせいで友達もあんまりいないけれど、別に特に必要ってわけでもないし(友達もスマホも)、必要になっても両親が持たせてくれないから(これはスマホ)、欲しいって言ったこと、ないなぁ。
ずっと歩いていくと小さな商店街に出た。昔ながらのって感じで、お肉屋さんとか、お魚屋さんとかスーパーに行けばいいのにってようなものがたくさん売っている。…そう考えるようになっちゃったのはなんか寂しいな。
よく分からないような考え事をしながらなだらかな斜面を登る。色んな店が競い合うように連ねるその中に
1軒、どこの店とも雰囲気が違う店があった。
「何屋さんだろう?」
そう思って中を覗くも、暗くてよく見えない。
窓に反射する夕日が眩しくて、思わず顔をしかめる。
ぺたっとおでこをくっつけて、頑張って覗く。
やっぱりなんも見えない。
「んー、ちょっと…もうちょっと…」
しばらく奮闘したが、どう頑張っても中は覗けなかった。
「ちょっと怖いけど、入ってみようかな…」
※
「え、っと…こ、こんにちは〜…」
きいぃ、と古くなった蝶番が悲鳴をあげる。
中は本当に暗くて、怖い。置いてあるものも手伝ってお化け屋敷みたいだ。
部屋の壁は棚になってて、その上にはガラスのケースに入った球体人形や、分厚くて古い本が不気味な雰囲気を醸し出しながら所狭しと置かれてる。
部屋の中心には机と、向かい合うように椅子がふたつ。
「何屋さんなんだろう…」
周りを囲む棚に飾られた人形に無意識に見られているような気がして思わず見回す。古い本特有の紙が焼けたような匂いや、埃の匂いが漂っている。夕日が店のドアから差し込むと、ふわふわ舞っている埃が光の道を作っていた。
部屋の明かりは夕日だけが頼りで、それが少ししか届いていない奥は暗くてよく見えない。
「そろそろ帰ろうかな。」
古い木製の時計を眺めて、地面に置いておいたバックを拾う。
ガチャ、と音がして奥の方に光が漏れている。
奥にはドアがあったのか。それが開いたみたいだ。
それだけの事なのに既に少し涙目の私はそれにすらも大袈裟に驚いてしまった。
「…!?」
飛び退いた私は偶然目の前の人形と目がしっかり合ってしまい、後ろに思いっきり転んでしまう。
その拍子に腰が棚にぶつかってしまい、上に乗ってた人形が落ちそうになるが、
何とかキャッチして、元に戻す。
「いてて…」
なんかついてないなぁ…とぼやく。
すると開いたドアから誰かが出てきた。
顔に何か被っている。あれはお面だろうか…?
「誰かいるのか?」
(う、もしかしてまだ準備中だったのかな…?だから暗かったのかも。入っちゃった…)
いそいそと、椅子と机と棚だけの少ない隠れ場所(机の下)に隠れながら準備を始めようとしてバックを引き寄せたその時。暗いからよく見えないしバレないだろうとばかり思っていた。
が、
パチっという音とともに
オレンジの光のシャンデリアが灯る。
「う、え…!?」
いきなり明るくなった部屋。
自分の目の前にエジプト神話に出てくるアヌビス神のようなお面を被った人が現れた。
その人と目が合う。暑いわけではないのに、汗が背中を流れる。お面だから当たり前だが、無表情なのがちょっと怖い。
「お前、名前は?」
「え?」
「お前の名前を聞いてるんだ。」
「えっと、名前は櫻井朱里です…」
声からして男の人だろう。転んだ体勢のまま立てなくて、座っている私をじっと見てくる。
ちょっと怖いけど何だか目を逸らすのが怖くて、頑張ってアヌビス神のお面を見つめる。
その後10秒ぐらい見つめ合って、アヌビス神のお面の彼の方から目を逸らされた。
「そうか、お前は俺が誰だか分からないのが不安なのか。けど、まだそれについて話すこともこれを取ることもできない。」
お面を指さして言った彼はポカンとしている私にもう興味は無いのか、それとも忙しいのか、立ち上がって奥の部屋に続くドアに手をかける。
「ここに来る奴らは大体何らかの事を心に抱えてる。それを解決するのが、俺の仕事。」
入る直前、振り返りもせずに彼は言った。
最後の言葉がどこか悲しみを帯びていたのが不思議に自分の心に響いた。
「心…解決するのが、彼の仕事…」
部屋に消えた彼には聞こえないだろう、小さな声で彼の言葉を反芻する。
誰もいなくなった部屋。夕日と同じ色の光のシャンデリアは部屋をしっかり照らしていた。
大分日も落ちてるのか、夕日のオレンジが強くなっている。
「早く帰んなくちゃ。」
時刻は5時半を少し過ぎた頃。
来る時と違ったのは少しワクワクした気持ちがあること。
あのお店が何のお店なのか分かるまでは行きたいな。
…こうして私の運命を変える彼と私は出会ったのだった。