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50話「竜の巣」

 どこからどう見ても、マンガ喫茶だった。


「……ていうか、ほんとにマンガじゃないかこれ!?」


 並んでる本が、全てではないが、俺もよく知ってるマンガだった。

 どういうわけだ?

 変な夢でも見てる?

 それとも、実はマン喫で寝ちゃって、異世界へ行く夢を見てて今起きた?

 いや、幻惑の魔法かもしれない。ドラゴニアの巣は強力な魔法で守られているとベルゼルムが言っていた。


 警戒しながら奥へ進むと、見覚えのある背表紙が目に留まった。


「……あ、これ続き出てたんだ!」


 俺がこっちの世界へ来る前には、まだ発売していなかったマンガの新刊があった。


「続き読みたかったんだよ! お、こっちはネットで評判になってたやつだ。あー、これ中学の時にハマってたアレじゃないか。懐かしいなぁ。えっと、ドリンクはと……」


 樽に入っていたドリンクを木のコップに注いで、ついでに食べ物も確保し席を探す。

 洞窟の奥に、絨毯の敷かれた場所があった。

 その上にこたつがあり、クッションも完備されている。


「お、いい席発見。ここにしよう」


 こたつに入ろうとして、先客がいた事に気付いた。


「あ、すいません。誰もいないと思ってました」

「え……あ、はい。私もです……」


 相手は年上の女性だった。

 あずき色のジャージ姿で、牛乳瓶の底みたいなぐりぐり眼鏡をかけている。

 こたつに入ってうつ伏せになって、クッションにあごをのせて少女マンガを読んでいた。

 なんか親近感の湧く女性だなぁ。


「ここ、いい品揃えですね」

「そうでしょう。ここまで揃えるのは大変だったんだから」


 もしかして、ここの店長さんだろうか?


「へぇ。どうやって仕入れてるんです?」

「ここにある書物のほとんどは漂流物よ。別の世界から時々流れてくるの。それらを千年かけて蒐集(しゅうしゅう)したのよ」


 自慢げだ。そうだろうとも。

 この蔵書量、そしてラインナップ。自慢されても全然嫌味に感じない素晴らしいマンガ喫茶だ。


「……マンガ喫茶……あれ?」


 何か大切な事を忘れているような。

 料金はいくらだ? 俺金持ってないぞ?

 いや、そんな事はいい。それより、なんで洞窟の中にマンガ喫茶があるんだ?

 ていうか俺、何しにここへ来たんだっけ?


「この芋ジャージのお姉さん、どこかで会った気が……」


 お姉さんが、ぐりぐり眼鏡を外した。

 すると、下から超美人な素顔が!


「眼鏡外したら美人とか、マンガだけかと思ってた!」

「言いたい事はそれだけかしら?」

「……いえ、あの。なんでそんなカッコウしてるんですか、ドラゴニアさん?」


 そう、この人は竜姫ドラゴニア。

 あの、ライリスを踏もうが、ガイオーガを組み伏せようが上品さを損なわなかった伝説のエンシェント・ドラゴン。


「どうやって入ってきたのかは知らないけれど……。この姿を見られたからには生かして帰すわけにはいかないわね」


 ぐりぐり眼鏡は外したものの、まだ芋ジャージ姿で長い銀髪は適当にひっつめている。さすがに上品さは多少損なわれている。

 ドレス姿は外面って事?

 猫被ってたのか、ドラゴンのくせに!


「死ぬ前に、これだけ言わせてください。こっちの方が好みです!」

「はぁ?」

「優雅なドレス姿もいいですが、ちょっと近寄りがたいっていうか、別世界すぎて憧れる事はできても身近に感じられなくて……俺、芋ジャージの方が萌えます!」

「そ、そう。ありがとう」


 ドラゴニアは反応に困りつつ、俺に死の宣告をする。


「じゃあ殺すわね」

「待って待って! もう一つだけお願いが……」

「言ってごらんなさい」

「……このマンガ読んでからでもいいですか?」


 俺は、さっき本棚から持ってきたマンガを見せた。


「これ、俺があっちの世界にいた頃にはまだ発売してなくて! ずっと楽しみに待ってたやつなんです!」


 最終巻で、先の読めない展開に考察サイトなどでも盛り上がっていたマンガだった。

 コミック派の俺は情報絶ちをして、ずっと心待ちにしていたのだが、発売前に転生詐欺にひっかかってこっちに来てしまった。


「……そのマンガ、好きなの?」

「はい! ていうか、よく持ってますね。どうやって手に入れたんですか?」

「漂流物は時空の歪みで偶然流れてくるものもあるけれど、それは買ったのよ。インプたちから」

「インプ?」

「デーモン族の手先よ。時空の扉を開いて、あっちこっち行き来しているわ。向こうの世界の物品を仕入れてきたり、時には奴隷として人間を連れてきたり。まあ、あんな詐欺に引っかかるおバカはそうそういないでしょうけど」

「あ、そのおバカが俺です」

「……マジで?」

「マジです」


 冷酷無比で邪悪なドラゴンの目元に、哀れみが浮かぶ。

 平たく言うと、どうしようもないバカを見る目をされた。


「ドラゴニアさんも、このマンガが気に入ってるんですか? わざわざ買い付けたんですよね」

「え、ええ、そうよ。早く結末が知りたかったから。ラストシーンは鳥肌が立ったわ。主人公の藤堂とヒロインのミハルが……」

「ストーーーップ!!!」


 俺は両手をクロスさせて遮った。


「ネタバレ禁止!」

「あっ、ごめんなさい」


 ドラゴニアは口に手を当てて謝る。


「じゃあ、ちょっと席借りますね。よいしょっと」


 俺はこたつに足を潜り込ませ、飲み物片手にマンガのページを開いた。




 一時間後。


「すげー……なんだこれ、ラストの展開全然予想できなかった。見てほら、鳥肌やべーっす!」

「そうでしょうとも、ふふふ」


 なぜかドラゴニアが自慢げにする。


「でもラスト手前のシーンは不満だわ。どうしてあの殺し屋を生かして帰したのかしら」

「それは藤堂が悪に徹する事ができない甘い男だからですよ。でもそこに人間味があって感情移入できるっていうか」

「あいつはいずれ復讐に来るわ、必ずね。そういう男よ」

「その時は、また戦って勝てばいいんです」

「勝てる保証なんてないじゃない。ミハルの安全を考えるなら……」

「いいえ、勝ちます。だって彼は主人公だから!」

「ご都合主義ね」

「ご都合主義上等。楽しくなくちゃエンタメの意味がない」

「……なるほど、そういう考えもあるのね。ちょっと貸しなさい、もう一度読み直してみるから」




 三十分後。


「たしかに……。ここで殺してしまったら、後味が悪いかもしれないわ。藤堂のキャラもぶれる。それに、復讐にくるかもしれないという含みを持たせる事で、ラストシーンの後のストーリーも想像できるわ」

「でしょう? そういうのがいいマンガですよ」

「……偉そうに言うわね。あなたにマンガの何が分かるって言うの?」

「分かりますとも。言っときますけどね、俺、ドラゴニアさんの百分の一も生きてないけど、あなたより読んでるマンガの数多いですから」


 納得いかないドラゴニアは、本棚から次々と適当なマンガを引っ張り出してくる。


「これは読んだの?」

「ええ、読みました。実はヒロインが見てる夢でした、ってオチのやつですよね」

「じゃあ、これは?」

「サイボーグ同士でボクシングやるやつですね。ライバルが実はアンドロイドだったっていう。外伝もあって、そっちも読んでます」

「え、そうなの? ……インプに仕入れさせないと。じゃあ、これは?」

「あー、少女マンガは守備範囲外なんで、アニメ化したのしか押さえてないんですよね」

「ほーら、見なさい! 読んでないマンガもあるじゃないの」


 俺に一矢報いた事で機嫌をよくしたドラゴニアは、こたつに入ってごろんと寝そべる。

 そして、自分で持ってきたマンガを読み始めた。


「ふふふ、少女マンガはベタベタで甘いヤツがいいわね……。はぁ~キュンキュンしちゃう」


 心から幸せそうなその横顔を見つめながら、俺は思った。


(俺のこと殺すんじゃなかったのかな……?)


 マンガに熱中して、忘れてるようだった。

エンシェントドラゴンの真の姿がここに!


部屋を散らかし放題のルルたんと違って、

ドラゴニアは几帳面である事が窺えるエピソードでした。



次回、


51話「ドラゴンの宝」


古竜が護る宝とは……。

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