5話「魔法実験とまずいおかゆ」
「どれがいい?」
アイデアノート、という名の魔道書のページを開き、ルルイェが尋ねる。
「どれどれ……」
『絶対死ぬ魔法』
『人間とネコとナメクジが合体する魔法』
『人間を百匹のカブトムシにする魔法』
『人間が爆発する魔法』
『強くなる魔法』
『燃えて灰になった後、水をかけたら元に戻る魔法』
『お腹イタを治す魔法』
『人と上手にしゃべれるようになる魔法』
などなど。
他にもノートにびっしり書かれてある。
死ぬとかナメクジとか爆発とか燃えるとか、ろくでもないものが大半だ。
「『人と上手にしゃべれるようになる魔法』でお願いします」
「わかった」
ルルイェが呪文を唱えながら人差し指をちょいちょいっとやる。
「……どう?」
「なんか、体がぽかぽかする。心なしか肩こりがほぐれたような」
「上手にしゃべれる?」
「……」
俺は目の前の魔女を見た。
「まず、おまえがこの魔法にかかれ。話はそれからだ」
「はううっ!?」
冗談のつもりで言ったんだが、ルルイェは激しいダメージを受けた様子で、胸を押さえながら机に突っ伏して動かなくなった。
微かに、ピクピクと痙攣している。
「お、おい、大丈夫か……?」
返事がない。ただの屍のようだ。
「お腹イタを治す魔法、かけてみたらどうだ?」
こくん。
頷くと、ルルイェは自分に魔法を試してみる。
「どうだ、よくなったか?」
「……たぶん」
腹痛というより胃痛がよくなった様子で、ルルイェはむくりと起き上がった。
さっきから、効能のよく分からない魔法ばかりだ。これじゃ、実験にならない。
「……他のを試す」
「待て、俺に選ばせろ」
しかし、ルルイェは俺を無視して魔法を選んでしまった。
突然、俺の体が発火する。
「わーーっ!? やりやがったなおまえ!!!」
「ほ、本が燃えちゃうっ、あわわっ」
「覚えてろよ、末代まで呪ってやるぅぅぅぅ」
「…………ハッ。俺は何を」
「さぁ」
「体が燃えたように思ったのは、気のせいだったか。……ん? 手が濡れてる。体中びしょ濡れだ」
俺の周りにある本が、焦げてプスプスと音をたてている。
どうやら俺は一度燃えて灰になり、その後、水をかけて元に戻ったらしい。
何の意味があるんだ、その人体発火魔法に。
そのタネのない手品、命がけでやる必要あったか。
そんな疑問を無視して、ルルイェは次の魔法をもう選んでいる。
「……次は何の魔法ですかマイマスター?」
ルルイェは自分で書いたメモを読み、憮然とする。
「秘薬が足りない……」
よく分からないが、魔法を使うのに必要な薬が手元にないらしい。
「じゃあ実験できないな! また今度って事で!」
「……」
俺のキメラ化は延期されたようだ。
めでたしめでたし。
「……安心したら腹が減ってきた。そういやここ、台所ないみたいだけど。飯はどうしてるんだ?」
「魔法で出す」
「そんな便利な魔法もあるのか!」
俺が驚いていると、ルルイェはちょっと得意げな顔をしながら、近くの本の上に載っかっていた皿を取って机に置いた。
皿に手をかざして、なにやらごにょごにょと呪文を唱える。すると、キラキラとした光が現れ、やがて皿の上に集まっていった。
次の瞬間、そこに、米粒みたいな物が出現。
さらにお湯を出し、上からかけると、お皿の上に本で蓋をした。
待つ事、およそ三分。
蓋をどけると、おかゆのような物ができあがっていた。
フフンと得意げな顔をすると、ルルイェはスプーンですくって食べ始める。
「一口もらっていいか?」
「……」
ルルイェは、ちょっと迷ってから、皿とスプーンを差し出した。
食ってみる。
「うぇ、まず……てか、味がない」
俺の感想に、ルルイェはムッとする。
「これだけか?」
「……?」
「いや、だから、他の料理は? おかずとか。そのまずいおかゆだけじゃ足りないだろう」
「……」
ルルイェの表情が、急に弱気になった。
「……農家へいく」
「分けてもらうのか」
こくん。肯定。
「畑から盗る」
「バカヤロウ」
「はうっ」
「それ泥棒じゃないか。分けてもらうっていうのは、先方の許可を得てからもらう事を言うんだ」
「だ、だって……」
「おまえなぁ、農家の人が、どれほど苦労して野菜を育ててると思ってるんだ。種を蒔いてから食べられるようになるまで、何ヶ月もかかるんだぞ。知らんけど」
しゅん。落ち込んでしまった。
落ち込みながらまずいおかゆを啜る姿は、ひどく哀愁が漂っている。
もしかして、貧乏なんだろうか。
でも、奴隷を買うくらいの余裕はあるし、住まいも立派だ。
「農家の人と……っていうか、知らない人と話をするのが苦手だから、とか?」
…………。
「魔法の実験台がいないのも、頼む友達がいないから、とか?」
……………………。
「コミュ症か」
「はううっ!?」
また胸を押さえて机に突っ伏してしまった。
危うく俺が皿をどけなかったら、まずいおかゆに顔から突っ込むところだった。
さっきよりピクピクが激しい。殺虫剤を喰らった虫みたいになってる。
気にしてるんだな、悪い事をした。
「よし、買い出しに行こう」
「?」
体をくの字に曲げたまま、ルルイェは首だけ捻ってこっちを見る。
「食料がないんじゃ、生きていけない」
主に俺が。
「どこで買うの?」
「奴隷市場があった街まで、どれくらいかかるんだ?」
俺が気絶している間に運んできたんだし、そう遠くはないだろう。
ルルイェがまた机の周囲に散らかっているがらくたをどけて、地図を出してきた。
「……ここが、家」
と、森の中に塔が建っている場所を示す。
「ここが、奴隷を売ってたところ」
「遠いなっ!」
森どころか、山を越えた先にあった。どうやって俺をここまで連れて来たんだ。
「こっちの街は?」
森のすぐ外にも、街があった。
「イルファーレン。大きな街」
「いいじゃん、都会。ここに行ってみよう。どのくらいかかる?」
ルルイェが、嫌そうな顔をする。
「人がたくさんいる……」
ガクブル。震え出す。
重度のコミュ症だから、人間が大勢いる場所へ行きたくないのだろう。
ここで逆らうと寿命が縮むので、上手く説得しなければ。
「買い物とかの交渉は俺がするから、案内と、あと金だけ出してくれ」
こっちの世界の事を何も知らない俺が、なんで交渉役なんだという疑問があるが、今の提案を聞いたルルイェが、明らかにほっとした顔を見せた。
「そうと決まれば、出発だ!」
実は腹が減って死にそうだった俺は、ルルイェを急かした。
どうにかキメラにならずにすんだタケル氏。
この先、この変な二人はどうなっていくのか?
次回、6話「イルファーレンの街へ行こう」をお楽しみに!