解決への糸口
五時限と六時限の間の休み時間。わたしと楓は調理準備室に赴いていた。
楓が戸棚という戸棚、食器棚という食器棚を開けて、調理器具という調理器具、食器という食器を床に並べまくっている。
楓が包丁を置いたところで、わたしはスマートフォンのタイマーをとめた。
「一分三十九秒……。二分もかからなかったわね」
なにをやっているのかもうおわかりだろうが、床に食器と調理器具を並べるのにかかる時間を計っていたのである。
「まあ、食器も調理器具も、この部屋にはそこまで多くないしね」
楓がやや声を落としながら言った。結果に落ち込んでいるのではなく、先ほど自分以外の人間に犯行が不可能ということになってしまったから落ち込んでいるのだろう。
楓が二人、床に並べたものを片づける。なにかを話す気分ではないので、ひたすらに無言である。
事件の状況を整理してみよう。犯人は七時十分から七時二十分の間に、鍵のかかったこの部屋に侵入して、わたしたちがいまやったように食器などを床に並べ、『怪盗鈴木』のカードを残し、鍵をかけてこの部屋を後にした。鍵を借りた生徒は楓のみ。教師の中では明野先生が放送室の鍵を持っていっているが、彼女は事件とはないだろうということだ。どう考えても楓が犯人になってしまうのである。
どういうことなのよ、これ? 犯人はどうやって侵入したんですか? 犯人はどうして食器などなどを並べたんですか? 『怪盗鈴木』ってなに? 目的もなに? 犯人は誰?
並べた食器と調理器具を丁度片づけたところで、職員室にいっていた連太郎がやってきた。
「何秒だった?」
「一分三九秒」
「けっこう速いな……」
「そっちはどうだったの?」
彼は高田先生に、昨夜この部屋を見たときなにか変わったことはなかった、みたいなことを訊きにいったのである。
連太郎は残念そうに首を振り、
「ただ戸と窓を引いただけだから、なにも見てないってさ。他にめぼしい情報はなにも得られなかったよ」
「そう……」
わたしは少し俯いてしまう。どうなるんだろうか、この事件。放課後の間に解決できなかったら、割と冗談抜きで楓が犯人になる可能性が高い。
わたしが余程深刻な表情を浮かべていたからか、楓が儚く微笑みながら手に肩を置いてきた。
「そんなに落ち込まないでいいわよ。私はもう終わりだけど、奈白にはまだ明るい未来が残ってるじゃない。文学少女になるの、応援してるわよ」
これは相当重症だよ。死地に向かう人の台詞だもの。
悟りのような顔になった楓に唖然するわたし。その光景を見かねたのか、連太郎が口を開いた。
「まだ放課後がある。絶対に解決してみせるから、諦めちゃだめだよ」
「そうそう! 放課後は長いわよ!」
楓は表情を一切変えずにわたしたちを見回した。ほんと大丈夫か?
心配になったところで、チャイムが鳴り始めた。六時限目が終わったら放課後だ。果たしてどうなるか……。
◇◆◇
運命の放課後である。わたしと楓、連太郎は教室前の廊下に集まっていた。この長い放課後になにをするのかを考えるためなのだが、正直言ってやり尽くした感がある。もう調べることがないのだ。三人で顔を合わせていると、一人の男子生徒が話しかけてきた。
「おーす」
振り向くと坂祝圭一であった。
「圭一。どうした?」
連太郎が返す。坂祝は肩をすくめた。
「どうしたって、事件のことだよ。多摩川さん大変なんだろ?」
「もうすぐ死ぬことになってるわ」
「まじで大変だな」
楓のマジトーンの回答に、坂祝は顔をしかめたが、すぐに真剣な表情になり、
「『怪盗鈴木』のこと、全部活動と同好会の人に確認取ってみたんだが――」
さりげなく凄いことを言うな。
「やっぱりそんな奴はいないとさ。まあ、隠してるって可能性はあっけど、嘘ついてるようには見えなかったし、たぶんねえだろ」
「そうか……。サンキューな」
「いやいや。それよりも、もう少し役に立ちそうな情報があるぜ」
坂祝はにやりと笑った。わたしは驚いたが、連太郎は慣れているのか先を促した。
「実はさ、この学校の部室とか同好会室、鍵が紛失してるとこがいくつかあるんだよ。盗みに入るんなら、そっちとかの方が簡単だよな?」
「そうだな」
「つーことは、『怪盗鈴木』は単なる愉快犯じゃない可能性が大きいよな。『怪盗鈴木』の名前を広めたいだけだったら、そういうとこで犯行を繰り返せばいいんだしよ。まあ、密室事件を起こして一躍有名になろうとした、っていう可能性もなくはないけど、学校の備品を盗むのはバレたときのリスクがでけえから、たぶんないだろ。それに多くの部活で行動を起こした方が、その分名前も早く効果的に広がるだろうしな」
坂祝の話を聞き終えた連太郎はフィンガースナップを始めた。
「つまり犯人は『調理準備室』で『怪盗鈴木』として、『密室事件』を起こしたかった、ってことか……」
「そうだと思うぜ」
坂祝は頷くと申し訳なさそうに、
「これから、家の用事で帰らなきゃいけねえんだ。悪いな。付き合えなくて」
連太郎はかぶりを振った。
「いや、ありがとう。助かったよ」
「そっか。じゃ、真相わかったら教えてくれ。言いふらしたりはしないから安心しろよ」
連太郎は曖昧に微笑んだ。
「わかった……。まあ、解決できるかは、正直わからないけどな。諦めるつもりはないけど……」
それを聞いた坂祝はくっと笑うと、踵を返した。
「いやいや。お前はなんやかんや言っても、結局解決するだろ?」
そう言い残し、坂祝は階段を下りて言った。
……なにこのやり取り。かっこいいなおい。
◇◆◇
とりあえず、なにを調べればいいのかわからなかったので、双子先輩……天海先輩たちが嘘をついていないかの確認を取ることにした。彼女たちの塾仲間の二人に、彼女たちのアリバイを確認してみた(事件は今日の朝だからアリバイとは違うと思うが)。
結果、二人は本当に七時半まで塾にいたようである。双子トリックを使ったのではないかと疑ったが、二人ともちゃんといたようである。
これでもうすることがなくなった。もともとあの二人は疑ってないから、そもそもあんまり意味がない。部活のメンバーで怪しい人といえば、七時二十分という犯行時刻と近い時間帯に登校したという如月先輩と、最後に鍵を持っていた宮崎先輩のどちらかだ。しかし、如月先輩が犯人だとしたらもう少し遅く登校したと言うだろうし、宮崎先輩は……人のこと言えないのは重々承知だが、頭がそんなによろしくなさそうだ。彼女が犯人とは、ちょっと思えない。
頭を悩ませながら南棟の四階へ向かう階段を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あっ、風原ちゃんじゃん」
振り向くと、近くのスーパーの袋を手にした双子先輩と宮崎先輩が階段を上がってきていた。わたしを呼んだのは宮崎先輩のようだ。
「みなさん……。如月先輩は?」
「咲良ちゃんは委員会で遅くなるんだよね。部員の危機だっていうのに、部長としてどうなのかな?」
「委員会ならしょうがないでしょ」
「部員の危機にスーパーに食材を買いにいってたのだぁれ?」
「それはしょうがないじゃん。食材がないとなんの活動もできないんだし」
そういえば昨日、食材をすべて使い切ってしまったと言っていた。
三人がわたしの隣に並んできた。双子先輩のどちらかが口を開いた。
「事件の捜査はどう?」
「ちょっと、ヤバい感じです……」
「そうなの?」
「はい……」
調理準備室の戸を開けると、ど真ん中で連太郎が脚と腕を組んで椅子に座っていた。目を瞑っている。事件のことを考えているのだろう。
「先輩たち……」
キッチン台に立っていた楓が呟いた。
「大丈夫か、タマちゃん」
「大丈夫じゃないです」
ぞろぞろと部屋に入り、先輩方はレジ袋をキッチン台の上に置いた。食材の一部を空の冷蔵庫に詰めていく。その作業をしながら恵馬先輩(勘)が訊いてきた。
「ヤバい感じって言ってたけど、どういうことなの?」
「実は――」
わたしは明野先生から聞いた話をした。
「明野ちゃんかあ。そういえば、朝放送室で音楽流してるとか言ってたなあ」
宮崎先輩が腕を組んで言った。それはどうでもいいのだが。
双子先輩は真面目な顔になっている。午子先輩 (たぶん)が口を開いた。
「うーん……ほんとにタマちゃんにしか無理だね」
「やってませんよ」
「信じてるって」
部屋に重い空気と沈黙が流れた。みんな動きをとめてしまっている。しかしそんな静謐を連太郎のフィンガースナップと声が破った。
「先輩たち」
「ん?」
「なに?」
「どうしたの?」
一斉に反応した。
「去年起こったかき氷機の盗難事件なんですけど、犯人は明らかになってるんですか? 関係あるかわかりませんけど、一応」
宮崎先輩が答えた。
「新井正孝っていう男子生徒だよ。去年卒業したけど。ん? 去年でいいのかな? 去年度?」
とりあえず卒業したんだね。
「友達に自慢げに見せたら、その友達が教師にちくったんだって」
「馬鹿だよね」
双子先輩たちが補足説明をしてくれた。
連太郎が唸り声を上げ始める。この情報は果たして関係あったのだろうか。なさそうだけど。というかないだろう。
わたしはなんとなく時計を見る。四時十七分。六時までまだ時間はある。そう、時間はある。ただし情報がない。わかっていることといえば、犯行時刻と調理準備室が目当てと思われる、ということだけなのだ。ただ、後者は連太郎と坂祝の推測にすぎないから、はっきりとわかっているのは犯行時刻だけということになる。それだけじゃどうしようもない。
六人全員で黙りこくってしまう。なにか調べることはないだろうか。……浮かんでこない。彩坂先生に頼んで、犯行時刻の際現場にいた教師をリストアップしてもらおうか? しかし、鍵を持っていった人がいないのだから、結局意味ないような気がする。……いや、一応容疑者の数は明らかにはなる。けれど、教師だけ疑うわけにもいかない。生徒も容疑者なのだ。でも登校していた生徒の数なんてわかるわけないし。
……駄目だ。頭がごちゃごちゃしてきた。これは、無理なのではないか? 鍵を持っていった人がいないのだから、犯行時刻に学校にいた全員が皆等しく同等クラスの容疑者だ。しかも人数が不明。こんなの無理じゃん。
「と、ところで二人は何部なの?」
この重苦しい沈黙に耐えられなかったのか、宮崎先輩が明るい声音を作って言った。
考えてても頭が混乱するだけだから、このタイミングの質問は少し嬉しかった。
「手芸部です」
「へえ。裁縫とか得意なんだ」
「い、いえ……むしろまったくできないから入ったんです。憶えようと思いまして……」
「できるようになった?」
恵馬先輩 (たぶん)の問に、わたしは胸を張って答える。
「はい。えっと、クロス……なんだっけ?」
「クロスステッチ」
連太郎が横から教えてくれた。
「そうそう。クロスステッチならできるようになりました」
自信満々に言ったのだが、何故か午子先輩 (たぶん)が苦笑した。
「それ、誰でもできるんじゃ……」
嘘……。わたし、ABCを作るのに一週間かかったんですけど……。
「間颶馬君は?」
宮崎先輩が尋ねた。連太郎は事件のことを考えているようで、目の焦点を床に向けたまま真剣な表情で答えた。
「特研です」
「特研って……特撮研究会?」
「ちょっと意外かも」
双子先輩たちが口々に呟いた。確かに、連太郎の華やかな容姿から、彼がオタクだと見切るのは難しいだろう。いや、オタクの容姿が陰気と言っているわけではないけれど。
宮崎先輩も意外そうな表情を浮かべ、
「へぇー。特撮を見てるなんて、間颶馬君って、けっこう子供っぽいんだ」
おそらくこの言葉に悪気はなく、純粋にそう思ったから言ってしまったのだろう。しかしそれがまずかった。そんなものは連太郎には関係ないのだ。
連太郎はややとはいえ童顔なのだが、それとは不釣り合いなスズメバチのように鋭い目になった。そのまま宮崎先輩を睨む。その表情に先輩は少し後ずさった。
「はあ……。これだから素人は困るんですよ。特撮が子供っぽい? 冗談じゃない。特撮は大人も子供も楽しめる素晴らしいコンテンツだというのにあなたはなにを言ってるんだ?」
わたしと楓以外の三人が驚愕の表情に変わった。気持ちはわかる。わたしも最初はそうなった。
恵馬先輩 (たぶん)が小声で訊いてきた。
「彼、どうしたの?」
「連太郎は、特撮を馬鹿にされると過剰なまでに怒るんです」
連太郎は鋭い目つきのまま立ち上がる。
「オッケーわかりました。あなたがそんなに特撮を馬鹿にするならこちらにも考えというものがあります」
なにがオッケーなのかわからないし、宮崎先輩は子供っぽいという、世間で思われがちなことを言っただけである。
連太郎は宮崎先輩を指さした。
「あなたが最初に思い浮かべる特撮は?」
「え? えーと……『仮面ライダー』、かな?」
『「仮面ライダー』確かに正義のヒーローですけど、もともとはヒーローと同時に復讐者ですよ? あなたはそれを子供っぽいと嘲笑いますかそうですか。それに平成ライダーの初期の作品は対象年齢高めですし、というか子供には難しすぎます。特に『龍騎』と『555』! 十三人のライダーが自分の欲望のために殺し合う話と、怪人になってしまった人間の葛藤が描写される話ですよ? 子供っぽいですかそうですか。なら『剣』を最終回まで見るんですね。あのラストを見ても『仮面ライダー』を子供っぽいと笑うならあなたは最高クラスの馬鹿です」
なに一人で喋り倒してるんだこいつは。連太郎の怒りはまだ冷めないらしい。
「他には!?」
「ほ、他……?」
「他に特撮といったら!?」
「え、えっと、戦隊もの……?」
「『スーパー戦隊シリーズ』ですね。確かに『仮面ライダーシリーズ』と比べれば対象年齢が低い作品が多いですけど、『鳥人戦隊ジェットマン』はシリアスな展開と恋愛を織り交ぜることで大人の視聴者層を獲得して、次作の『恐竜戦隊ジュウレンジャー』と共にシリーズの打ち切りを回避させましたし、『未来戦隊タイムレンジャー』も同様にシリアスだし、『爆竜戦隊アバレンジャー』は最初こそ明るいですけど中盤以降はかなり黒い話になっていきますから! 朝七時半からベッドシーンが出てくるし!」
最後の情報凄いな……。
「はい他!」
「え、えー……じゃあ、『ウルトラマン』……」
宮崎先輩はもう完全に困惑してしまっている。
連太郎は、なにを言っているんだこの人は、とでも言いたげに盛大に呆れ返ってみせた。
「『ウルトラマン』が子供っぽい? 馬鹿を言っちゃいけませんよ」
自分で言わせたんじゃないか。
「人間のせいで一人の宇宙飛行士を怪獣にしてしまった『故郷は地球』。冷戦を風刺した『超兵器R1号』。地球は本当に地球人のものだったのかを問いかける『ノンマルトの使者』。怪獣や宇宙人よりも人間が一番怖いということを教えてくれる『怪獣使いと少年』。この四話を見てもまだそんなことを言うようならもう救いようがありません。というか、『ウルトラセブン』や『ウルトラマンレオ』はシリアスですし、『レオ』にいたっては終盤で主人公ともう一人以外のレギュラー人物が全員死にますからね。これ子供っぽいですか? というかそもそも、子供っぽから大人は楽しめないわけじゃありませんからね!?」
宮崎先輩は子供っぽいと言っただけで、楽しめないとは言っていないのだが……。
もういい加減とめよう。わたしは連太郎の肩に手を置いた。
「連太郎、ちょっと落ち着きなさい。そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
それで連太郎は我に返った。彼は宮崎先輩に頭を下げる。
「す、すいません。熱くなりすぎました」
「あ、ああ、うん。大丈夫。こっちこそ、なんかごめんね」
宮崎先輩は完全に引いていた。
こんな感じで連太郎も変人なのである。いま、彼には事件のことだけ考えていてほしい。
◇◆◇
午子先輩 (たぶん)が調理準備室に掃除機をかけている。連太郎が喋り倒した直後に、彼女が思い出したかのように始めたのである。如月先輩の提案で、週二日掃除機で掃除をするらしい。掃除機は如月先輩が家から持ってきたもののようだ。
双子先輩の片割れと宮崎先輩、楓の三人はキッチン台の前に立っている。別に料理をするわけではなく、やることがないから立っているのだろう。わたしと連太郎は椅子に座っていた。事件のことを考えているのだが、もうなにも出てこない。一応、ピッキングの形跡がないか鍵穴を見てみたけれど、傷などはなかった。わたしの頭ではこれが限界である。連太郎の頭ではどうなっているのだろう。
掃除機の音がとまった。午子先輩 (たぶん)が東側の壁にあるコンセントから掃除機の電源を抜き、ケーブルを掃除機で巻き取っている。その後、開けられていた中庭側の窓を閉めた。
沈黙。無音。連太郎のフィンガースナップの音すら鳴らない。……と、思ったら連太郎が小声でぶつぶつとなにか呟いていた。耳をすませてみる。
「犯人は誰だ……ゴルゴム? 乾巧? ディケイド? 眼魔か?」
わけわからん単語を羅列するな。
「あと一つ、重要なピースが足りない気がする。それさえわかれば、解決できると思うんだけど……」
そうだろうか。わたしにはなにもかも足りない気がするのだが……。
悶々と考えていると、
「それにしても、今日暑いよねぇ」
恵馬先輩 (たぶん)が言った。確かに暑い。
先輩はコップと手に取ると冷蔵庫を開けて麦茶を取り出した。それから更に製氷機も開ける。
「あれ、氷ないや。いつの間になくなったんだろ。じゃあ、アイスかな」
「私にもちょーだい」
冷凍庫を開けようとする恵馬先輩 (たぶん)に宮崎先輩が言った。しかし恵馬先輩 (たぶん)はかぶりを振る。
「一つしかないから無理」
「えー……」
「アイスなんてあるんですね」
わたしが言うと宮崎先輩が頷いた。
「咲良ちゃんには内緒ね。あの子が知ったら、学校の電気を使うくらいなら家で冷やせ、とか言うだろうから」
「言いそうですね」
その光景が容易に想像できる。
わたしは再び事件について考えようと腕を組んだ。そのときだった。
「なにこれ?」
冷凍庫からソーダ味のアイスキャンディを取り出したらしい恵馬先輩 (たぶん)が大きな声を上げた。ついそちらを見てしまう。
「ちょっと、みんな、これ見てよ」
恵馬先輩 (たぶん)が袋に入った状態のアイスキャンディを突き出した。宮崎先輩と午子先輩 (たぶん)、楓とわたしの四人はそれを覗くように見る。
恵馬先輩 (たぶん)がびっくりした理由がわかった。本来は直方体のはずなのだろうが、このアイスキャンディ……というか『ガチガチくん』は丸みを帯びてしまっている。しかも平たく長く伸びているようだ。極めつけは棒だ。通常ならばど真ん中に突き刺さっているはずなのだが、この『ガチガチくん』の棒は上面にやや浮き上がってしまっているようだ。なんだこのアイス。
「おかしいよ、これ。昨日はこんなじゃなかったのに」
困惑する恵馬先輩 (たぶん)に、楓が言った。
「それ、たぶん一回溶けたんだと思いますよ。再冷凍すると、そんな感じになりますもん」
「じゃあ、この冷蔵庫故障してるの?」
わたしは軽く冷蔵庫を叩いた。しかし午子先輩 (たぶん)は首を傾げた。
「いや、この冷蔵庫、今年になって新しく買い換えたばかりだよ? そんな簡単に壊れるなんて思えないけど。それに、壊れて溶けるならわかるけど、ちゃんと冷凍されてるわけだし」
途端、室内にぱちっという快音が響いた。連太郎のフィンガースナップである。
彼は勢いよく立ち上がると、恵馬先輩 (たぶん)が持つ『ガチガチくん』を睨むように見つめる。
「昨日はこうなってなかったというのは、具体的にいつごろですか?」
「私が帰る前、だけど……。咲良ちゃんにバレないように保冷剤の下に隠してて、昨日帰る前にこっそり一本持っていったんだよね。そのときにはまだ普通の状態だったよ」
「間違いありませんね?」
「う、うん」
「私もそれを横から見たわよ」
楓が言った。連太郎は高速でフィンガースナップを行うと、冷蔵庫の裏を覗いた。殆ど壁に面しているため、三センチほどしか隙間がない。暗いから見えないが、裏には電源とコンセントがあるのだろう。
連太郎は今度は冷蔵庫を揺すり始めた。微動だにしない。
「午子先輩」
連太郎が言った。『ガチガチくん』を持っている方が反応した。どうやらわたしは勘違いしていたらしい。というか連太郎はわかるんだ。
「そのアイス、残しておいてください。重要な証拠になるかもしれません」
「え?」
声を出したのはわたしだ。
「それから、みなさんにお訊きします。普段、調理準備室には放課後以外にもきますか?」
「いや、部活でしかこないよ?」
答えたのは恵馬先輩である。
それを聞いた連太郎はなにも言わずに部屋を飛び出した。わたしも後に続く。
連太郎は隣の空き教室を戸を開けた。
「ちゃんと開くね」
満足げに頷くと再び準備室へと戻っていく。質問すらする暇がない。
連太郎は戸棚を開けると、あるものを取り出した。そのまま準備室を出て行こうとしてしまう。
「ちょっと連太郎!」
「わかったんだ。たぶんだけどね」
「わかったって……犯人が!?」
「うん。トリックも。動機も。……後は実証だけだ」
「ほんと……?」
連太郎はにやりと笑って頷いた。どうしていまの話でわかったんだろうか? 事件に関係があるとは思えないけど。
連太郎は準備室から出ていく直前、こう言い残した。
「奈白。この部屋に関係者を集めてくれないか? この謎、さっさと吹き飛ばしちゃおう」