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部員たち



 待ちに待った昼休み。さっきまでの十分休みと違って、今回はわりかし時間が取れる。

 わたしは購買まで超特急で向かうと、パンを買って、これまた超特急で南棟四階にある調理準備室へと走った。楓が事情を説明して、料理研究会の先輩たちを呼んだのである。


 南棟四階は用がなければあまり人がこないような場所である。西から空き教室、調理準備室、調理実習室、第二印刷室、最奥の放送室。本当に用がなければこない。


 わたしが調理準備室の戸を開けると、中には連太郎と楓がいた。椅子に座って弁当を食べている。床は既に片付けられていたようだ。まあ、窓から見えてたからわかってたけど。


 準備室は普段使っているクラスほどの大きさだが、かなり狭苦しく感じられた。実習室に置いてある調理台が奥に二台並らび、電化製品の冷蔵庫やオーブントースター、電子レンジ。物置の食器棚が複数鎮座し、戸棚などもある。中学から思っていたことなのだが、ここ然り科学準備室然り、○○準備室なるものは、果たして必要なのだろうか?


「もうすぐ、先輩たち来るって」


 連太郎がそう言うので、わたしは急いで購買で買ったパンを食らう。


「座りなよ……」


 楓に呆れ混じりに指摘され、恥ずかしさのあまり頬が少し赤くなるのを自覚した。調理台の近くにあった椅子に座る。ふと気づいた。連太郎が学ランを脱いで、ワイシャツになっている。確かに今日は暑い。昼になってから一気に日差しが強くなった感じがする。


 そう思いつつスカートを扇いで風を顔に当てていると(わたしはスパッツを穿いています)、戸が開いて四人の女子生徒たちがぞろぞろと入ってきた。


「大丈夫か、タマちゃん!」


 先頭にいた背の低いポニーテールの女子が開口一番に言った。楓は肩をすくめつつ、


「全然大丈夫じゃなさそうです」

「やばいじゃん!」


 ポニーテールさんは口をあんぐりと開けて驚いてみせた。彼女の後ろで女子生徒二人が声を発した。


「私たち、なにがあったのかよくわかんないんだけど?」

「密室云々で犯人にされる云々ってことしか聞いてないよ?」


 その女子生徒二人は双子のようで、ほとんど同じ顔であった。声も似ており、区別のつけようがなさそうである。

 楓が二人に説明しようとしたとき、一番後ろにいた女子生徒がおもむろに口を開いた。腰あたりまで伸びた髪が特徴的な、凛とした雰囲気のある人だった。


「この部屋で盗難事件が起こって、朝一番に昨日忘れたスマホを取りにきた多摩川さんが疑われている。今日の六時以内に犯人を見つけなければ、自分が犯人にされてしまうかもしれない……これでいい? 多摩川さん」

「あ、はい、いいです。説明ありがとうございます如月さん」


 楓は如月さんというらしい女子生徒に礼を言った。如月さん……というと、昨日最後まで準備室にいた生徒ね。容疑者リストのトップに名前を乗せておこう。……いや、別に怪しいと思う根拠はないんだけどね。

 如月さんの説明を聞いたポニーテールさんが、ええ、と声を上げた。


「そんなやばいことになってたの!?」


 どうやら彼女は事情をよく知らないにも関わらず一番最初に楓を心配したらしい。良い人というか天然というか。

 如月さんはため息を吐きながら肩をすくめた。


「宮崎……私はさっき説明したはずだが?」

「いや、よくわかんなかったんだよね」

「いまとまったく同じ説明だったが?」

「たぶん二回目だったからすんと入ったんだよ」

「話聞いてなかったな……」

「そ、そんなことないよ……」

「お前はいつも――」


 長くなりそうな気配を感じ取ったのか、双子さんたちがとめに入った。


「はいはい。終了終了」

「時間ないみたいだし、早く協力するよ」

「む……。それもそうだな」


 如月さんは私と連太郎に視線を走らせた。


「君たちが事件を解決しようとしている多摩川さんの友人か?」

「あっ、はい。風原奈白です」

「間颶馬連太郎です」


 二人立ち上がって挨拶すると、如月さんに宮崎さん――失礼にも、わたしが怪しさMAXと判断した人――と呼ばれていた女子生徒が連太郎を見て目を輝かせ、


「おお、イケメンだねぇ」


 と言った。しかし連太郎は渋い顔になり、


「はあ、どうも」


 という淡白な返しをした。連太郎は外見を誉められるより、内面を誉められた方が喜ぶのだ。というか外見だけで良し悪しを判断する、されるのを嫌う。どうしてか、と訊いたときこういう答えが返ってきた。


『近年、新しいスーパー戦隊や仮面ライダーはデザインが公開されると賛否が起こるけど、それは早すぎる。変身者込みでヒーローなわけだから、作品を見てから格好良さを判断するべきなんだよ。変身者が格好よければ、自然とデザインも格好よく見えるからね。それと同じことさ』


 うん。よくわからん。

 まあ、そんなわけで、宮崎さんと言ったか? 連太郎へのファーストコンタクトを誤ったな。


 その後、彼女たちが自己紹介をしてきた。料理研究会の部長を務める如月咲良(さくら)先輩。副部長の宮崎祥子(しょうこ)先輩。二人は二年D組のようだ。


 お次は双子さんの自己紹介……なのだが、


「私は郷土料理研究会――正式名称は郷土料理研究同好会――の部長の天海あまみ恵馬えま

「同じく天海午子(まこ)。恵馬の妹。見ればわかるけど双子ね」


 連太郎が首を捻った。四人プラス楓を見回し、


「……二人は料理研究会の部員じゃないんですか?」


 恵馬先輩が頷いた。


「うん。部室は同じだけど、私たちは郷土料理研究会なの」


 そうだそうだ。そういえば、部活一覧表で二つを部活を見たとき、併合しろよ、と思った記憶がある。

 わたしは手を挙げた。


「ええと、併合しないんですか?」


 言ってやった。

 質問を受けた如月先輩が顔をしかめ、肩をすくめ、ため息を吐きつつ双子を見た。


「私は何度もそう言っているのだがな……」


 双子はそんな彼女の視線を意に返さず、


「いや、ちょっと事情があってね。他の部活はどうか知らないんだけど、料理研究会って、部員が三人だろうが五人だろうが部費が同じなんだよね」

「そう。だから私たちだけ分離して、同好会化したってわけ。そっちの方が効率的でしょ?」


 つまり、部費を二つの部活で共有しているというわけか。……いいのか、それは?

 連太郎も同じことを思ったのか苦笑いを浮かべたが、そんなことを突っ込んでいる時間がないためやめたようだ。連太郎は一つ咳払いをした。


「まず――」

「ちょっと待って」


 宮崎先輩がそれをとめた。連太郎はがっくりと芸人のように崩れかける。

 先輩は踵を返し、


「椅子が足りないから持って来る」


 と言って廊下へと出て行く。


「手伝うよー」


 すぐさま恵馬先輩……か? 恵馬先輩だよね? が、後に続いた。

 十数秒後、二人が隣の空き教室から椅子を三脚持ってきた。この学校の空き教室は鍵が開いているところと閉まっているところがあるが、お隣は開いている空き教室のようだ。


 全員が席に着き、双子さんたちが弁当箱を取り出した。しかし、如月先輩と宮崎先輩はなにも出さないことが気になった。訊いてみよう。


「お二人はお弁当食べないんですか?」

「ああ。先ほどまで家庭科の授業で調理実習があったんだ」

「そのとき作ったのを食べたから。私たち、大活躍だったよ」

「お前は野菜切ってただけだろう」

「そんなことないよ。お豆腐だって切ったし」

「それ野菜切るより簡単だろう」

「いやいや――」

「話を始めますね」


 長くなりそうな気配を感じた連太郎が強引に話を始めた。内容は盗まれたものの説明である。その中に校長先生のお茶碗も含まれていることを知った四人が一斉に表情を濁らせた。


「あちゃー、面倒くさい……」


 宮崎先輩が天を仰ぎながら言った。それに続き双子もため息を吐いた。如月先輩は三人と同じような表情になりつつも、別の心配もしていた。


「ミキサーも盗まれたのか」

「はい。ですが古いもののようです」

「新しい方のは無事でした」


 如月先輩は連太郎の言葉に安堵し、楓が近くの戸棚を開け、綺麗な白いミキサーを見せるとほっと息をついた。


「四月に買ったものだからな。無事よかった」

「でも、どうしてそんなの盗んだんだろ」


 午子先輩が疑問を口にした。……いや、恵馬先輩かもしれない。

 続いて宮崎先輩が首を傾げつつ、


「しかも密室だったんでしょ? ……密室ってどういうこと?」


 更に反対に傾げた。連太郎が苦笑する。


「ええと、この部屋の戸と窓すべてに鍵がかかってました。そして昨日、先輩たちが鍵を返してから、今日の朝多摩川さんが鍵を借りるまでの間、誰も鍵を借りていません。そんな事情があって、多摩川さんが疑われてます」


 宮崎先輩はぽかんと口を開けながら楓を見て、


「え? これ、タマちゃん、犯人じゃないの?」

「違うんですってば」


 いい加減このやりとりに嫌気がさしたのか、楓は投げやりな口調だった。


「タマちゃんが犯人じゃないとすると……誰が犯人なの?」

「それを調べてるんですよ」


 わたしが言うと、宮崎先輩は目を見開いた。


「え? 六時までに犯人がわからなかったらタマちゃんが犯人になるの?」

「……その可能性は高いですね」

「やばいじゃん!」


 この人はなにも理解していなかったらしい。如月先輩が呆れたようなため息を吐きながら彼女の頭をひっぱたいた。

 宮崎先輩は若干涙目になりながら、頭をさすりつつ言う。


「鍵を借りた生徒がいないなら、犯人は教員だね。きっと高田先生だよ」


 その名前が出てくると思わなかった。まだ彼女たちには先生が関係していることは話していないのだ。連太郎も驚いたようだ。


「どうして、そう思うんですか? 確かに高田先生は事件に少し関わってますけど……」

「だってあの人、ここの戸締まりチェックしてるんだよ? そのときにやったんだよ絶対。私たちへの嫌がらせよ、きっと」


 どうやら、高田先生が戸締まりをチェックしているのは割と有名な話のようだ。それは別にいいのだが、宮崎先輩がぷんすかしているのが気になった。

 連太郎も同じように思ったのか、少し身を乗り出した。


「高田先生となにか確執があるんですか?」


 わたしは楓の顔を伺ってみる。心当たりがないのか、首を捻っていた。

 宮崎先輩は腕を組んだ。


「あの人とはちょっとした因縁があってね」

「因縁っていうか、しょーこちゃんの逆恨みでしょ」


 膝の上に弁当を広げつつ、午子先輩……だよね? がすかさずつっこんだ。同じように弁当を広げながら恵馬先輩(と思う)が窘めるように、


「あれは完全にこっちが悪いわけだし」

「そうだな。鍵をかけ忘れたのは私たちだ」


 如月先輩も、うんうん、と頷く。そこまで聞いて、もしや、と思い当たるものがあった。小さく手を挙げた。


「あの……それって去年あったっていう、小型のかき氷機が盗まれた話ですか?」


 如月先輩は、おや、という表情になる。


「どうして知っているのだ?」

「さっき、高田先生から聞きました……。先生がなにかしたんですか?」


 わたしがあまりに深刻な表情をしていたからか、双子さんたちが笑いながら勢いよく手をぶんぶん振った。


「ただ単に、私たちを叱ったってだけ」

「しょーこちゃんはそれを逆恨みしてるだけ。自分で鍵かけ忘れたのにね」


 楓は宮崎先輩に視線を向けると、


「先輩……それは流石にどうかと思いますよ?」

「いやいや、私が怒られるのは別にいいんだよ。ただ、連帯責任でみんなまで怒られるのが気にくわなかったの」


 宮崎先輩はリスのように頬をぷっくりと膨らませた。連帯責任……部活ではままあることである。しかし、この人は天然かつ人の話を聞かないようだが、悪い人ではないようである。

 不意に、ぱちっ、という甲高い音が響いた。連太郎のフィンガースナップである。


「……まあ、確かに高田先生が犯人ではない、っていう確証はありませんよ」


 連太郎の呟きに、わたしは苦い顔になる。言われてみればそうだ。生徒に鍵を借りることが不可能なら、犯人は教師ということになる。その中でも、誰よりも安全に犯行ができるのが彼なのだ。


 わたしはパンを一口かじり、連太郎も無言で弁当のお惣菜を口に運んだ。楓は少しだけ顔をしかめながらおにぎりを食べた。


 教師が犯人(いや決まったわけじゃないけど)というのは、何故だか気まずいものがある。中学時代にも、似たようなことがあったのだ。

 わたしたち三人に吹き抜ける不穏感漂う風を感じ取ったのか、如月先輩が取り繕うように口を開いた。


「そういえば、さっきから気になっていたのだが、どうして盗難被害に気づいたのだ? 多摩川さんはスマホを取りにきただけなのだろう? それなら普通は気づかないと思うのだが?」


 細かいところに気がつく人だ。真面目で人に気を使うこともできるようだし、部長を任させるだけのことはあるということか。何様だわたし。

 楓は何故かポケットからスマホを取り出し、


「現場がこうなってたんです」


 ディスプレイを先輩方に見せた。わたしも回り込んで見てみる。

 この部屋の床に大量の皿や茶碗などの食器と、包丁やフライパンなどの調理器具が並べられている光景が撮られた写メだった。たぶんだけど、この部屋の殆どの備品が並んでいるんではないか?


「あんた写メ撮ってたの? 見せなさいよ、そういうものは」

「いや、間颶馬君には見せたから」


 おそらく、わたしと別行動をしていた、二時限と三時限の間に見せたのだろう。

 先輩方は口を開けて写メを見ていた。


「これ誰が片付けたの?」


 宮崎先輩が楓に尋ねた。一番最初に出て来る感想がそれて。まあ、大変そうだけど。


「私です。高田先生とウラガンキンに無理やり」

「難儀だね……」


 (おそらく)恵馬先輩が同情を滲ませつつ呟いた。


「それから、」


 隣の連太郎もポケットをあさり、例のグリーディングカードを取り出した。


「こんなものもあったそうですよ」


 先輩方の視線が楓のスマホからカードに移った。


「怪盗鈴木……? なにそれ」


 (たぶん)午子先輩は小首を傾げながら言った。

 如月先輩も顎に手を添えつつ、考え込むような表情になっている。


「なーんかわけわかんないね。鈴木って名乗るからには、鈴木さんが犯人なんじゃない?」

「そんなわけないだろ」


 宮崎先輩の頭の悪い発言に如月先輩が呆れつつ、つっこみを入れた。


「そもそも、どうして食器とかを床に並べたんだろ」

「意味わかんないよね」


 双子さんたちが顔を見合わせた。気持ちはわかる。この事件には不可解なことがあまりにも多すぎるのである。どうして密室なのか。どうやって密室を作ったのか。何故床に食器などを並べたのか。犯行動機はなにか。ざっと上げるだけでもこんなにある。


 再度、連太郎のフィンガースナップが部屋に響いた。


「みなさんに、色々と質問したいことがあるんですが、いいですか?」

「ああ。構わないよ」


 如月先輩が頷いた。


「じゃあまず、盗まれたものって昨日ちゃんとあったんですか? その前に盗まれていたということはありませんか?」


 部員たちは全員で目を合わせた。


「あったよね?」


 恵馬先輩(?)が如月先輩に確認を取ると、彼女は頷いてみせた。


「ミキサーは確実にあった。フルーツジュースを作るときに、」


 先ほど楓が新しいミキサー取り出して見せた戸棚を指差し、


「あそこに入っていたのを憶えている。使ってはいないがな」

「ああ、確かにあったかも」

「ありましたね」


 如月先輩の記憶に午子先輩(?)と楓が口を揃えて頷いた。

 恵馬先輩も腕を組み、


「うーん……食器もなにか足りなかったって感じはしなかったし……あっ、どんぶりは絶対あったよね」


 隣に座る宮崎先輩に同意を求めた。


「うん。あったと思うよ」


 宮崎先輩は立ち上がって、西側の壁にある冷蔵庫の隣の食器棚に歩み寄った。上部はガラス張りだが、下部は木製の引き戸になっている。彼女は下部を開けた。


「この部屋、どんぶりが六つしかないんだよね。だから二つずつに重ねて三セットにしてるんだ。昨日は確かに三つともあったけど……」


 今は二セットしかない。宮崎先輩はそれを確認すると、座っていた椅子に戻ってきた。

 連太郎はぱちぱち指を鳴らしながら、再び如月先輩に視線を向けた。


「校長先生が作ったお茶碗はどうですか?」

「それも間違いなくあったはずだよ」


 如月先輩は先ほどの食器棚を指差す。


「あの棚の一番上の段に置いてあったからな。割ると面倒だから使ってはいないが、目立つ位置にあるし、記憶に焼き付いている」

「間違いありませんか?」


 他の四人に確認を取ると全員が頷いた。とりあえず、盗まれたのが彼女らが帰ってからというのは間違いないようだ。まあ、いつ盗まれていようが、侵入者がいたのは間違いないのだから、あんまり意味のない証明である。


 連太郎は続けて質問をする。


「……では、皆さんは昨日何時ごろ帰りましたか?」


 この質問、普通の人はびっくりしたり嫌悪感を露わにしたりするが……この四人の場合、宮崎先輩がはっと驚いた表情を浮かべただけで、他の三人は別段変わった様子はなかった。まず双子の一人……おそらく恵馬先輩がもう一人の方を指差した。


「私はこの子と一緒に四時半には学校から帰ったよ」

「塾があったんだよね。校門のとこで吉永よしながって子と、八木沼やぎぬまさんって子と合流して、そのまま直で塾にいったよ。七時半まで塾にいたかな」

「そのお二人は何組ですか?」

「二年A組とC組」

「ありがとうございます」


 連太郎は二人に頭を下げ、如月先輩と宮崎先輩を視界に捉えた。


「お二人は多摩川さんと三人で帰ったんですよね?」

「ああ。この部屋を出たのは五時三十分過ぎだったはずだ」

「鍵返したの四十分だったから、たぶん三十五分」


 如月先輩の記憶を宮崎先輩が補足した。


「では、この部屋を出たときのことを詳しく」

「詳しく、か……。食器を洗って、拭いて、棚に戻して……」


 顎に手を添えながら思い返そうとする如月先輩に、楓が楓が小さく手を挙げ、


「確か、宮崎先輩が準備に手間取って、私と如月先輩が廊下で待ってたんですよ」


 全員の視線が宮崎先輩に移動した。

 怪しさMAX! 宮崎!

 宮崎先輩は両手を勢いよく左右に振った。


「私犯人じゃないよ! ほんとだよ!?」

「まあ、宮崎を待っていたのは数十秒ほどだからな……」

「その間に床にあれだけの食器や調理器具を並べるのは無理ですよね。それに窓から見えてますし」


 む、そうなのか……。あれらを並べるには軽くも見積もって二分は要するだろう。数十秒かつ、見えないようにやるのは不可能だ。そう考えると、犯人がそれらを並べた理由が本当に謎である。


「では、その後どうしました?」


 連太郎が質問に戻した。


「三人で職員室に鍵を返しに行ったな。と言っても、返したのは宮崎で、私と多摩川さんは戸の近くで待っていただけだが……。それからは普通に校門で別れたよ。私の家は二人と反対側だからね」


 如月先輩が宮崎先輩と楓を見やる。後を話せ、という意味を理解するのに数秒を要した宮崎先輩が慌てて口を開く。


「えっと、その後数分で別れたよ……? ね、タマちゃん」


 楓は連太郎を向きながら頷いた。

 連太郎は腕を組んで少し考える間を置き、


「……取り調べみたいな感じになっちゃいますけど、今日は何時ごろ何人で登校されました?」

「私は七時二十分過ぎだ。一人で来たよ」

「遅刻ぎりぎり。いつも通りだよ。……あっ、一人だったよ?」

「私たちは四十分だったかな? もちろん七時ね」


 如月先輩、宮崎先輩、恵馬先輩(?)が口々に答えた。午子先輩も口を開く。


「まあ、登校日時なんて、どうとでも誤魔化せるからあんまり意味ないんじゃない?」

「そうですけど、念のため、というやつです。……もう一つ。これが最後ですけど、昨日、なにか変わったことはありましたか?」


 五人が再び顔を見合わせた。なさそうだな、これは。


「ええと……なにかあったかな?」


 宮崎先輩が記憶を捻り出そうと唸り始める。つい昨日のことにここまで考えるのなら、特になにも起こってないのだろう。


「ブレーカーが落ちた……とか?」

「それはよくあるだろう」


 宮崎先輩が掘り起こした記憶に、如月先輩がつっこんだ。わたしはなんとなくブレーカーに視線を向ける。東側の戸のすぐ左側にある壁に取り付けられている。割と高い位置にあるけれど、椅子を使えばちょうど上げられるだろう。


 この学校は単体で多くの電気を食う教室と、その他とで電気を分けているようなのだ。確か調理実習室にもあった。


 恵馬先輩(だと思う)が箸でブロッコリーを摘まみ、宙を見ながら呟く。


「うーん……しょーこちゃんのきんぴらごぼうがやたら美味しかった、ってことしか思い浮かばないかな」

「あっ、それわたしも思った」


 午子先輩(と思う)が連太郎のが移ったのかフィンガースナップをした。

 誉められた宮崎先輩が胸を張り、


「そりゃまあ、クックパッド見たもん」

「なんだ……」


 双子さんたちが同時に呆れたように言った。そんな脱力感溢れる雰囲気に飲まれることなく真剣に考えていた楓がはっと顔を上げた。


「そういえば、昨日の私たち、超料理作りましたよ」

「ああ、そうだったね」

「うむ。冷蔵庫の食材をすべて使ってしまったな」


 それがなによ。連太郎をちらと見る。思いっきり顔をしかめていた。

 午子先輩 (たぶん)が立ち上がって、冷蔵庫の中を確認した。


「うわあ、ほんとにないね。放課後買いにいかなきゃ」


 呆れつつも驚いている。


「なんか作ってるうちにテンションが上がってしまってな」

「うん。なんか、面白かったよね」

「余ってた食材全部ぶち込んだ焼き飯、けっこう美味しかったですもんね」


 わたしは如月先輩を普通に真面目な人かと思っていたが、どうやら他の生徒同様、『特異な点』があったようだ。まあ、梨慧さんとかに比べたら可愛いものだが。


 そんなことを思っていると、連太郎が急に咳払いをした。みんなの視線が彼に向く。


「ええっとつまり、変わったことはなかったんですね?」


 如月先輩は頷き、


「まあ、そうだな。食材をすべて使うのは珍しいことではあったが……事件に関係があるようなことは、なかったと思う」


 最初からそう言ってください。わたしは連太郎と二人でため息を吐いた。

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