高田先生への質問
二時限目が終了して再び十分の休み時間が到来した。貴重な時間を無駄にしないために、わたしは職員室へと急いで向かった。
今回は連太郎とは完全に別行動で、わたしは職員室に第一発見者の一人にあたる高田先生から、連太郎と楓は坂祝に話を訊くことになった。ちなみに、何故楓は先ほどいなかったのかというと、英語の課題をやり忘れて、わたしのノートを写していたからである。普段は立場が逆なんだけどね。
職員室の前まできたわたしはポケットからスマートフォンを取り出して、連太郎が送ってきた高田先生に訊くべきことを確認する。それらを頭の中に叩き込んで、失礼します、と言って職員室に突入した。
室内では職員たちが慌ただしく動いていた。その様子を見ている限りでは、誰もわたしに構ってくれそうにない。というかそもそも、わたしは高田先生の容姿を知らない。
戸を開けたまま突っ立っていると、なにかの資料に目を通していた彩坂先生が気づいてくれた。こちらに近づいてくる。
「おお、風原。どうよ首尾は?」
「そんなに進んでません……」
「そりゃそうか。間颶馬はどうした?」
「現在別行動です。時間がありませんから、分担することにしたんです。……あの、高田先生にお話を伺えますか?」
「ああ、問題ないぜ。話は通しておいたからな」
「ありがとうございます」
わたしがお辞儀して顔を上げると、彩坂先生は眼鏡をかけた長身の男性を手招きした。おそらくあれが高田先生なのだろう。
高田先生はわたしを見下ろすと、すぐに彩坂先生に視線を戻した。
「彼女が風原さんですか?」
「そうですぜ」
「やはりそうでしたか……」
何故か高田先生は腕を組んで、わたしをじろりと見てくる。やはり……とはどういうことか。なんとなくたじろぎながらも訊いてみる。
「わたしこと、ご存知なんですか?」
「ええ。君、二年前の市民マラソン大会で、大人に混じって五位入賞を果たしてましたよね?」
「え、マジか? すげえな風原」
彩坂先生にも視線を向けられ、わたしは苦笑いを浮かべてしまう。
「はい。まあ一応……」
「陸上部の顧問としては、この学校きてくれることを期待していましたが……入学していたんですね。どうです? 陸上部に入りませんか?」
わたしは慌ててかぶりを振った。
「いえ、わたしはもう手芸部に入っているので」
しかし高田先生は引かない。
「兼部でも歓迎ですよ?」
「いえ、図書委員でもあるので、ちょっと……」
「そうですか……」
何故か生徒であるわたしにも敬語の高田先生は残念そうに肩をすくめた。あのマラソン大会の記録は、清楚で可憐でおしとやかな文学少女を目指すわたしとしては、忘れたい記憶なのだ。友達に無理やりエントリーさせられただけなのだから。……まあ、走ってるうちに楽しくなっちゃったのは事実だけど。
「まあ、そんな話は置いておきましょう。お話を伺いたいんですが……」
「いいですよ。ここじゃなんなので、廊下で話しましょう」
そんなわけで高田先生と二人、人通りの少ないところに移動する。
「今朝のことですよね? 多摩川さん……でしたか? 彼女の無罪を証明するとか」
「いえ、無罪の証明ではなくて、真犯人を見つけるんです」
細かいところだが、訂正しておく。
わたしは頭に叩き込んだ『訊くべきこと』を思い出す。
「戸と窓に鍵がかかっていた……というのは本当なんですか?」
「本当ですよ。ちゃんと確かめましたから。引いても開きませんでしたね」
「何時くらいでした?」
「十九時です。ちなみに、学校を出たのはその後すぐです。それ以降は誰も学校へ入れません。センサーが作動して、警備会社の方がきてしまいますからね」
訊きたかったことを先に話してくれた。念のため、これも訊いておこう。
「昨日は警備会社の方は――」
「きてませんよ、当然」
そんな事実があったら楓は疑われてないしね。
「じゃあ、どうして調理準備室の戸締まりを確認したんですか? すべての部屋を確認している……ってわけじゃないですよね?」
「はい。盗まれるとまずい備品がある部屋だけですね。調理準備室では去年、料理研究会の部員が戸締まりを忘れて、小型のかき氷機が盗まれたことがありましてね。それ以来、戸締まりはしっかりと確認しています」
「そうですか……。最後の質問です。戸締まりを確認したとき、窓の中から室内は見えましたか?」
よどみなく答えていた高田先生だったが、この質問には腕を組み、考える間を置いた。
この質問を見たわたしは、なるほど、と思った。なにも犯行が行われたのが今日の朝とは限らない。
「ううむ……暗かったし、戸締まりを確認しただけだから、中は見てませんね……」
これは、犯行が既に昨日の夜前に行われていた可能性が浮上してきた。犯人は何故だかわからないが、床に食器を並べているのだ。普通に考えれば盗んだ人と同一犯だろう。先生が食器が並べられていないことを確認していれば、その可能性は消えるのだがそうではない。……収穫ありと言うべきか、検討すべき可能性が増えて面倒になったと言うべきか……。
チャイムが鳴り、わたしは高田先生に礼を言って去ろうする。が、もう一つ訊くべきことがあったのを思い出し、慌てて口を開いた。
「そういえば訊き忘れていました。先生はどうして南棟の四階にいたんですか?」
南棟の四階は基本的に用がある人以外はいかないような部屋しかない。果たしてこの人はいったいなにをしにいったのだろうか?
「第二印刷室に資料をコピーしにいってたんですよ」
そういえばあそこにそんな部屋があったような気がする。確か新聞部の部室になっていたはずだ。他の部活や同好会も会誌を作るために出入りしていると聞いたことがある。しかし、
「どうして職員室の隣の第一印刷室を使わないんですか? 第二の方は古い機器しかないんですよね?」
第二印刷室は古くなった機器を空き教室に移した結果誕生した、突然変異型教室なのである。
高田先生は困ったような表情を浮かべた。
「実は第一の機器の調子が悪くなってしまいまして……。それで仕方なく第二に。古い機器の方が正常に動くというのも、変な話ですよね」
そこまで言って高田先生は腕時計を見た。
「話は終わりですかね。早く教室に戻った方がいいですよ」
「そうですね。ありがとうございました」
わたしは今度こそ礼を言って、高田先生のもとから去った。
小走りしながら頭を悩ませる。ううむ。なにか役に立つ情報は手に入ったのだろうか? わたしには判断がつかない。そしてやっぱり時間が足りない。やらなければいけないことが多いというのに。鍵の貸し出し名簿のチェックに、現場の確認。それから料理研究会の人たちにも話を訊いた方がいいかも。
わたしはため息をつきながら、階段を三段飛ばしで上った。