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密室事件



 教室に荷物を置いた後、わたし連太郎は再び合流して、本棟二階にある生徒指導室に向かった。先生に呼ばれたわけじゃないにせよ、生徒指導室に呼ばれるというのはいい気分にはならない。どうしても緊張してしまう。引き戸の前で深呼吸をするわたしを待って、連太郎がノックをした。


「すみません。一年A組の間颶馬と一年C組の風原です。多摩川楓さんに呼ばれて来たんですが入ってもいいですか?」


 連太郎は特に緊張している様子はなく、よどみなく言った。中から野太い声が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼します」


 連太郎が引き戸を開ける。中は通常の教室の半分ほどの面積だった。真ん中の大きな机に楓が座っていた。その表情はどこかほっとしたような感じである。その楓と向かい合うように座っている大柄の男性は、生徒指導の竜崎りゅうざき先生である。ゴツい身体で顎が少し大きいため、生徒たちからは密かにウラガンキンと呼ばれている。


「奈白、間颶馬君……。来てくれるって信じてたわよ」


 楓が感嘆の声を上げてこちらを見てくる。それにわたしたちは困惑してしまう。


「二人とも、こちらへ来い」


 とりあえずわたしたちは言われたとおりに中に入ると、楓を挟むようにして椅子に座った。わたしは口を開く。


「ええと、楓がなにかしたんですか? なんかわけもわからず呼ばれたので、ちょっと理解が及ばないというか……」


 緊張しているからか、声と言葉遣いが堅くなってしまった。ウラガンキン――もとい竜崎先生は、うむ、と頷いた。どうやら怒られるわけではないようだ。


「まあ、簡単に言うとだな、そこの多摩川に盗みの容疑がかかってる」

「えっ?」


 思わず楓を見る。彼女は唇を尖らし、


「だからやってませんってば……」

「だがこの通り、こいつは容疑を否認している」


 いや、否認している、じゃなくて、


「楓、なに盗んだんですか?」

「だから盗んでないって」


 横から否定された。


「なに盗んだことになってるんですか?」


 竜崎先生は、はあ、と肩をすくめた。


「食器六点とミキサー」


 ……え? なにそれ? 楓を挟んで連太郎と顔を見合わせる。わたしたちの態度を見て取ったのか、先生は付け加えるように言う。


「正確に言うと、お茶碗四杯とどんぶり二杯だ。ミキサーは十年前のものだな」


 そんな補足をされても困る。……あっ、そういえば。


「楓って、料理研究会だよね?」


 楓は頷いた。料理研究会の部室は調理準備室である。あそこには確か、食器や料理器具が置かれていたはずだ。


「調理準備室の備品を盗んだってことですか?」

「だから盗んでないって」

「その通りだ」


 無視された楓はうんざりしたかのようにため息を吐く。すると黙っていた連太郎が口を開いた。


「その盗まれたものはどこにありますか?」


 そういえばそうだ。こういう場合って、盗んだものを机の上に並べるんじゃないの? 知らないないけど。

 わたしはきょろきょろと辺りを見回すが、そんなものは見あたらなかった。先生は楓を睨み、


「それをいま訊いてるんだ。盗んだものをどこに隠したかをな」


 楓は負けじと睨み返し、少し拗ねたような声音で言う。


「だから知りませんって。盗んだのは私じゃなくて、『怪盗鈴木かいとうすずき』とかいうわけわかんない人です」

「なにそれ?」


 連太郎が口を挟んだ。わたしも同じ気持ちである。なにもかもが唐突過ぎて、概要がさっぱりわからない。


「調理準備室にこれが残されてたんだよ」


 先生がポケットをあさり、一枚のグリーティングカードを机の上に置いた。わたしと連太郎はそれを覗くように見る。色は白。真ん中あたりに黒字で、


『食器とミキサーは頂いた』


 と書かれていた。隅っこの方に『怪盗鈴木』の文字もある。なにこれ? もうさっぱりだよ。


「なんですか、これ?」


 意味のない質問とわかっているいるが、訊かずにはいられなかった。案の定先生は首を振り、楓を見た。


「彼女に訊け」

「だから私じゃないですって」


 もう言うのに疲れたのか、楓は机に突っ伏してしまった。わたしはもう首を捻るしかない。ここまで聞いてみても詳しい事情がわからない。なんとなく、期待を込めた眼差しで連太郎を見る。が、彼も首を傾げている。


「あの、そもそも、どうして多摩川さんが疑われてるんですか? 盗んでるところを目撃された、とかじゃないですよね? ……盗んだものを所持していないんですから」


 連太郎の問いに先生は、それなあ、と頭を掻いた。それから少し言いずらそうに顔をしかめ、


「密室だったんだよ。調理準備室が」

「密室?」


 わたしと連太郎の声が重なった。途端に楓ががばっと勢いよく頭を上げた。


「私が詳しく話すわ」


 楓の話はこんな感じだった。

 彼女は七時二十分ごろ、南棟四階にある調理準備室に昨日置き忘れてしまったスマートフォンを取りに行ったのだが、窓から室内の様子が目に入った。床に大量の食器や調理器具が並べられていたのだ。なんだなんだ、と思って楓は中に入り、例のカードを発見した。わけがわからず呆然としていると、偶然廊下を通りがかった高田たかだという先生に見つかってしまった。違うと弁解するも、窓全てに鍵がかかっており、戸にも鍵がかかっていた。そして一本だけの鍵は楓が持っていた。朝早いため、彼女以外に準備室の鍵を借りた人間はいない。……疑われるのが自然、というわけである。


 話を聞いた連太郎は真剣な表情になり、右手でぱちり、ぱちりとフィンガースナップ……俗に言う指ぱっちんをし始めた。彼が何かを考えるときに行う癖である。


「床に食器や調理器具が並んでいた……。どうしてそんなことしたんだろ……」


 連太郎がそう呟くと、先生は楓をじろりと見やった。


「本当だよ。なんでそんなことしたんだ? 片づけるの面倒だったろ」

「だから、私じゃありませんってば!」

「その食器とかって、準備室のものなんですか?」


 連太郎が口を挟むと先生は頷いた。連太郎は右手で指ぱっちんをしながなら、左手を顎に添えるという奇妙はポーズをした。どうやら彼は楓を疑っていないようだ。……というか、おそらくこの先生も本気で疑っているわけではないのだろう。状況的にが楓が犯人だから、とりあえず生徒指導室に連れてきた、といった感じだと思う。


 こうなったら、わたしも楓の無罪を証明するために首を突っ込むことにしよう。もう既に腰辺りまで沈んでいた気もしないでもないが。

 わたしは小さく手を上げた。


「戸と窓に鍵がかかってたのは間違いないんですか?」

「間違いないわよ。私、鍵使って開けたし。窓もクレセント錠が上がってたし」

「間違いないぞ。さっき話に出た高田先生は、よく学校に最後に残って、戸締まりを確認する人なんだ。彼が昨夜、調理準備室の戸も窓も施錠されていたことを確認している」


 楓で先生、両名に同時に言われて、わたしは首を傾げる。じゃあ、どうやって入ったのよ……。もしかして、


「中庭側の窓から入ったんじゃないですか? 四階ですけど、梯子とか使えば――」

「無理だ。そっち側の窓も鍵かかってたからな」

「そうですか……」


 そういえば、楓の話では窓全てに鍵がかかってたんだっけ。じゃあ、どうするのよ……。わたしは情けなく連太郎に視線を送る。

 彼はわたしに頷くと、先生を真っ直ぐ見た。


「先生。先生もわかってるとは思いますが、多摩川さんは犯人ではないと思います」

「まあ、そうだろうな……。この学校、変な生徒が多いから色々と問題事が起こるんだ。そいつらを叱ってきた俺的には――」


 先生は楓に視線を送り、


「多摩川は変人だが、問題を起こすようなタイプの変人ではない。そう思うんだよな」


 いわゆる教師の勘というやつか。


「なんですか変人って……」


 楓は犯人ではないと言われたのだが、どこか心外といった感じの表情を浮かべた。


「変人かどうかはさて置き、もっと倫理的に違うと言えます」


 連太郎はそこで一旦言葉を切り、ここにいる全員に視線を配りながら言う。


「多摩川さんが犯人だとすると、二回も現場に来た説明がつきませんから」

「どういうこと?」


 わたしは訊いた。


「多摩川さんは盗まれた食器、調理器具を所持していない。つまり、どこかに隠したってことになるだろ? もし多摩川さんが犯人で、本当に盗んだものを校内のどこかにかくしたなら、現場に戻る必要がないんだ」


 わたし含め全員が、わけがわかりません、という表情を浮かべている。連太郎は頭を掻きながら、やや早口になる。


「ええと、多摩川さんが犯人だと仮定しておく。……多摩川さんが捕まったとき、食器や調理器具は盗まれていたにも関わらず、多摩川さんはそれらを所持していなかった。つまり、既にどこかに隠し終えていたということになる」

「あっ、そっか……。盗んだときと捕まったときとで二回現場に侵入したことになるのか」


 わたしは呟くと連太郎は頷いた。


「放火犯とかは現場に戻るっていうけど、今回はまったく騒ぎになっていない盗難事件だからそれには当てはまらない。現場になにかを落としてしまって、それを回収しにきた……っていうのはあるだろうけど、多摩川さんは日常的に準備室を部室として使っているんだし、いくらでも言いわけできるから可能性は低い」


 連太郎の説明をひとしきり聞いた先生は納得したかのような唸り声を上げた。


「なるほど……。納得できる説明だ。けど、客観的に見ればどう考えても多摩川が犯人なんだよな」


 そう言われればそうだ。楓が犯人じゃないとしても、現場は密室で、楓でしか入れそうにないのである。


「こういう場合、生徒指導的にどうすればいいと思う? 流石に密室での盗難なんて初めてだからどうすればいいのやら」


 わたしたちに訊かれても困るが……と思ったときである。


「僕に任せてくれませんか?」


 連太郎が真剣な表情で先生を見据えた。先生は困惑したかのような表情になる。


「任せる、ってどういうことだ?」

「僕が犯人を捕まえてみせます」

「……マジで?」


 わたしも横から口を挟むことにする。


「彼、こういう状況にけっこう慣れて……というか、何度か似たようなものを解いてきたので、頼りになると思いますよ」


 隣で楓が首を高速で縦に振った。しかし先生は顔を渋らせる。


「確かに、間颶馬……だっけか? お前は頭よさそうな感じがするが、こういう案件を生徒に一任するっていうのもなあ……。それに盗難事件があって、状況証拠ではあるにせよ犯人が殆ど明らかって状況なわけだから、上にも早く報告しないといけないんだ」

「そんな……」


 わたしは呆然とした声を漏らしてしまった。こうして冤罪は生まれていくのか……。刑事のお父さんにちゃんと伝えないといけないわね。

 と、大げさなことを考えていると、突然引き戸が開いた。全員の視線がそちらに集まる。


「話はすっぽり聞かせてもらったぜ」


 入ってきたのはダークスーツがあまりに似合っていない男性教師だった。髪の毛がボサついており、殆ど死んだような目つき。見覚えがある教師であった。


彩坂あやさか先生」


 わたしが尊敬する先輩に同じ図書委員の彩坂桔梗(ききょう)という人物がいる。文学少女を通り越して大和撫子然とした美しい女子生徒である。彩坂先生は彼女の父親だ。


「彩坂さん、どうかしましたか? というかなんでここに?」


 竜崎先生が驚きつつ尋ねる。


「いや、間颶馬と風原がここに入ってくのを見たもんで。こいつらなにかしたのか、と思って盗み聞いたわけです」


 彩坂先生は連太郎の後ろに歩み寄ると、彼の肩に手を置いた。


「こいつは中々やりますよ」


 確かに彩坂先生は一度連太郎の謎解き現場に立ち会っている。しかし、今回は解ける解けないの問題ではないのだが。

 わたしの心の声が届いたのか、彩坂先生は続けた。


「ですから、今日一日だけ間颶馬に預けてみてはいいがでしょう? 今日の完全下校時刻の夕方六時までに間颶馬が犯人を指摘できなかったら、上に報告と、これでいいでしょう」


 つまり、今日中に犯人がわからなかったら、楓が犯人になってしまう可能性が大と。ちらりと彼女の横顔を伺うと、真っ青になっていた。でも、このままほっといたら結局彼女が犯人になってしまう。


 竜崎先生は、それならいいかな、と小声で呟き、


「そうしましょう」


 そうなってしまったらしい。楓の顔から表情が抜け落ちて、仏頂面になってしまった。


「それにまあ、多摩川が犯人ってことになったら、盗まれたものが返ってこないってことになるからな」


 竜崎先生の言葉を聞いた連太郎が眉をひそめた。


「なにか大事なものが含まれてるんですか?」

「ん? まあ、な……。校長先生が製作したお茶碗が一つな」

「ああ、そりゃめんどくさい」


 後ろの彩坂先生が同意した。わたしたち三人は首を傾げることしかできない。


「そのお茶碗って、準備室にあったものなんですよね?」

「ああ」

「じゃあ、思い入れがあるというわけではありませんよね? あったら手元に残しておくでしょうし……。それなら別に構わないんじゃ……」


 連太郎がそう尋ねると竜崎先生はため息を吐いた。


「そうでもないんだ。校長先生曰わく『どんなものでも、活きるべき場所にあった方がいい』から、趣味で作った陶器とかを有効利用しているだけで、愛着自体はものすごいんだ。だから、自分が作った花瓶とかが割れると、割った原因を作った人の前で盛大にため息ついたり、後々ねちねち言ってきたりするんだよ。教師としてはいい人なんだけどな」


 面倒くさいというか、若干傍迷惑というか……。

 連太郎が立ち上がって宣言した。


「わかりました。僕が真犯人を突き止めて、そのお茶碗を取り返して見せましょう」


 こうして、わたしたちはこの密室事件に関わることになった。楓の表情を伺うと、懇願するような視線を連太郎に送っていた。

 楓には助かってほしい。……けれど、連太郎に惚れてしまわないだろうかと少しだけ心配になった。

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