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SOS受信



 ゴールデンウィークが明けた五月の空は大変清々しかった。雲一つない快晴……とまではいかないが、空は青々としており、まばらに見える白い雲が爽快さを押し上げているように感じられる。


 校門前で他の生徒たち喧騒を聞き流しながら空に見とれていたわたしは、後ろから来た男子生徒に肩をぶつけられたことで我に帰った。生徒の登校がピークになる時間帯のため、ここで突っ立っていたら邪魔になってしまう。わたしはそそくさと音白ねじろ市立音白高校の校門を抜け、昇降口へと向かう。


 わたしの名前は風原かざはら奈白なしろ。清楚で可憐でおしとやかな文学少女を志すごくごく普通の高校一年生……と言いたいところだけど、諸事情により『普通』という言葉はないものと扱おうと思う。個人的に不本意極まりないのだが、わたしはよく事件に巻き込まれるのである。事件の内容はまちまちで、本当にちょっとした出来事や割としゃれにならない出来事などなど……。つい最近も、そのしゃれにならない出来事に巻き込まれたばかりなので、ここで普通と名乗るのはやめておく。わたしが普通だと、世の中事件だらけになってしまう。


 だらだらと歩く生徒たちをラグビー選手のように避け、昇降口にたどり着いた。割とスピードが出ていたのか、追い抜いた人たちにぎょっとした目を向けられてしまったが気にしない。わたしは靴を履き替えて、教室に行こうと右足を出した……その時である。ポケットの中に入っていたスマートフォンが震えたのだ。バイブレーションはすぐにとまったので、メールだということはわかる。が、こんな朝早くに誰なんだろう……。


 なんとなく眉をひそめながらスマートフォンを取り出し、メールの送り主を確認する。表示されていた名前は『多摩川楓』。友人である。非常にサバサバした雰囲気を持っているのだが、非常にメルヘンチックな思考を有しており、サバサバした雰囲気はそのままに白馬の王子様云々、妖精さん云々と口走る痛い子ちゃんである。


 わたしはメールの内容を確認する。



 from:多摩川楓

 件名:助けて!


 王子様を連れて生徒指導室まで来て!

 このままじゃ呪いをかけられてしまう!



 ほら痛い。

 なにやら救援を求められているらしいが、生徒指導室に来てほしいということしかわからない。王子様って誰? 呪いってなに? そう思っていると、再びメールを受信した。



 from:多摩川楓

 件名:助けて!


 間颶馬君を連れて生徒指導室まで来て!

 このままじゃ最悪停学になっちゃう!



 どうやら王子様は間颶馬あいぐま。呪いは停学のことだったらしい。最初からそう送れ。


 わたしは腕を組んで首を捻った。間颶馬、というのはわたしの小学生からの友人……にして、片思い真っ最中の相手である間颶馬連太郎(れんたろう)のことだろう。彼以外に間颶馬なんていう苗字の人間がいるなら見てみたい。っていうか、人の片思い相手を王子様と呼ばないでほしい。あの子わたしの気持ち知ってるわよね? 応援してくれてたわよね? 確かに連太郎は王子様っぽい外見だけど、一皮剥けばただの特撮オタクよ? それを愛する自信はあるの? 時々鏡に向かって生徒手帳かざしてポーズ決めて「変身!」って叫んで鏡に飛び込もうとする男を許容できるの? わたしはできます。……いや、そんなことはどうでもいい。


 わたしはその下の不穏な単語を注視した。停学? わたしの知る限り、楓は停学になるようなことをするような子ではない。むしろ、そういうことはわたしの方がよくしていると思う。高校に入ってからはまだ機会がないからしてないけど、不良に絡まれてる女の子を助けるときは基本的に不良は拳で追い払ってるから、バレたらまずいだろう。


 けど楓はそういうことはしない。というか、不良に絡まれたら白馬に跨がった王子様が颯爽と助けてくれるのを待つ、という色々とおかしい人間だ。もしかしたら、そのメルヘンな思考回路が原因でなにか問題でも起こしたのだろうか? いや、でもそんなこといままでなかったし……。それに彼女は常日頃年がら年中メルヘンな脳みそでいるわけではない。基本的にサバサバな脳みそで活動して、たまにメルヘンが繰り出されるのである。だからその可能性は低いだろう。


 スマートフォンのディスプレイを見ながら首を傾げていると、背後から誰かが近づく気配を感じた。ばっ、と振り向いてみると、小柄な男子生徒が呆気にとられた表情を浮かべていた。線が細く少し童顔だが、やたらと整った顔立ち……噂をすればの(誰もしてないが)連太郎だ。


「おはよう」


 わたしが先に挨拶すると、連太郎も一拍遅れて返事を返してきた。そして、どこか呆れるかのように肩をすくめ、


「この喧騒の中で、よく後ろから近づいてきてるのに気づいたね。驚かそうと思って割とゆっくり近づいたんだけど……」

「あっ、そうだったの? なんか気配感じたから」

「どうしてそんな野性的な能力を保有してるの? そんなスキルは文学少女には不用じゃない?」

「うるさいわね……」


 軽く睨みつけてしまう。先にも述べたが、わたしは清楚で可憐でおしとやかな文学少女を目指している。その動機は女の子らしくなりたいがためなのだが、結果は不良に絡まれてる女の子を助けたというエピソードからお察していただきたい。


「下駄箱の前で立ち止まってなにしてたの? 邪魔になるよ?」

「ああ、それなんだけど……」


 連太郎を引っ張って、他の生徒の邪魔にならない階段の脇に移動する。きょとんとした表情を浮かべる彼に、メールを見せた。


「……多摩川さん、なにかしたの?」


 ディスプレイから視線を上げた連太郎が訊いてきた。首を横に振る。


「わかんないから考えてたのよ……。事情はよくわかんないんだけど、来てくれる?」

「別にいいけど……。なんだろうね?」


 わたしは視線を逸らして、さぁ? と言っておいた。けれど、たぶん連太郎も気づいているだろう。わたしはよく事件に巻き込まれると先ほど述べたが、その事件の処理をするのはもっぱら連太郎なのである。つまり、楓が連太郎を連れてこいと言っているのはそういう理由だろう。……連休明け、早速厄介事に巻き込まれてしまったようだ。

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