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エデンの肉声  作者: Gashoo
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ダスク・メイク・ミー

Want to be...

I want to made me.

 いくら目覚めの良い人間であろうと、起床直後に自殺を決意するような人間はいない。

 東月は波打ち際に打ち上げられ、ガラクタや残飯と共に眠りについていた。

耳障りな羽音が悪感に触れ、彼は眼を覚ました。

 空には既に日が昇り鳥が(さえず)っていたが、辺りは薄暗い上に鼻を引き裂くほどの刺激臭が漂っていた。うつ伏せになった体を起こすと、金網の振れる金属音が鳴った。

頭を上げると背中に乗し掛かった金網が有刺鉄線を伸ばしていた。腰から下は油の浮いた海に浸かり、微動だにしない。東月は両手の肘を地面に立て、拳で金網を押し上げつつ後方へと下がり始めた。

 砂浜を歩く音が聞こえ、彼は急いで金網の下から抜け出した。耳を澄ますと、複数人の声が聞こえてきた。聞き覚えのある音調と発音であった。


「ペイチュンまで来れたか。コイツはいい土産話になりそうだ」


 二人組の男が東月へと近づき、東月は後方に広がっている海に半身を浸した。男たちはゴミを蹴散らし、荒々しく辺りを物色し始めた。男たちは目星の物を背負ったバッグに詰め込み、邪魔な物は投げて()けた。度々、彼等の投げた物が東月の付近に届き、彼の緊張を高めた。

 彼らが砂浜をあさり始めて、しばらくして物音一つ経たなくなった。東月には理解できない会話が、数回交わされると足音が近づいて来た。一人の男が片足を東月の背中に乗せ、機嫌がよさそうにピッチを上げて口を動かした。

 もう一人の男も一言呟くと、腰を曲げ東月の手首に指を当てた。東月は息を殺し、目をつぶった。男が彼の腕を放すと、もう一人は一言吐き捨て東月の頭を踏みつけ海に沈めた。後頭部を踏みにじり水面を虎視する男に対して、もう一人は腰を上げ男の肩を二度叩いた。

 男の足が彼の頭から勢い良く離れると東月の頭が上下に揺れ、鼻に水が入り開いた口から泡が立った。

 足を上げた男は大口を開けて叫び、東月の服を掴んだ。東月は自宅で拝借した警棒をベルトから引き抜き、男の(くるぶし)を仰向けになって打ち払い、ガラクタに叩き込んだ。続けてもう一人が駆け寄ると、両手を地面に立てつけ、下半身を弧を描くように振り回した。

 男は蹴り倒され後直ぐ様起き上がり、拳銃を抜いた。東月は、男の顔面に向かって警棒を投げつけ、拳銃を握りしめた。男の撃った弾道が東月から僅かに反れ耳をかすめた。亜音速の通りすぎる音が東月の体を強ばらせた。東月は拳銃の銃身を握り、男の頭をグリップで叩きつけた。男は倒れつつ拳銃を東月に向け、東月は倒れこむ男の首元に警棒を縦に握り締め、男の首を突いた。


「随分と手厚く迎え入れてくれる」


 東月は、男のリュックのサイドポケットから水筒を抜き取った。蓋を回し飲み口を外すと暖かい湯気がのぼり、東月は中を一度覗いた後一杯口にした。

 しかし、肝心なリュックの中身はガラクタや木片、血だらけの魚介類でごった返し、とてもソコから物をまさぐる気にはなれなかった。

 東月は一度その悪臭にむせかえると、リュックのチャックを端に寄せて硬く閉じ持ち主の側に放り投げた。

 漂着した木製のタンスに(もた)れかかり、丁度良い高さの岩の上に凍りついた脚を伸せた。脚と手にお茶をかけ凍りついた体を温めた。しばらくして、ぎこちなく立ち上がり、ペイチュン人の足元に近よった。


「自動拳銃か。コイツはありがたい」


 東月は震える指先に力を入れ、拳銃の弾倉を引き抜いた。弾を確認すると安全装置をかけ、腰のベルトの猟端に警棒と拳銃を押し込んだ。

 

「さて、孤児院の職員を探すのか」


 砂浜は踏みしめる度に水が染みだし、ぬかるみを踏みしだいた。沼のような浜の先には、斑の激しい道コンクリートの道が続いていた。肝心なフェンスのバリケードは扉部分がキレイさっぱりなくなっていた。

 舗装された道に脚を踏み入れると煙たい商店街が視界に広がり、料理屋の飯と油の香りが鼻を抜けた。

 何処までも続く一本道から小路地への迷路が度々見受けられたが、土地勘のない彼に選択肢はないに等しかった。


「上は天国と聞いていたが、世界共通ではないようだな」


 東月はフードを被り、ポケットに両手を突っ込んで脚を運んだ。

他所国の土を踏むのは彼にとって初めての経験であり、その上外国語には昔から弱く、疎ましく感じていた。

 無知が彼を極端に警戒させ、私服警官に取り押さえられる様子、ましてやナイフで一突きにされ血と共に全てを奪われる様が容易に想像できた。

 しかし、東月の警戒心とは裏腹に、人々は寒さと面倒事を嫌うように脚を動かしていた。また、偶々座り込んだ浮浪者の前の皿を蹴ろうが、気にも止めない様子であった。

 フードの下で忙しなく目を動かしているとトラックがこの一本道に抜けて来た。スピードを全く落とす気配のないトラックを怖れ東月は道の端に捌けた。

 直ぐにトラックの顔面が10m手前を過ぎると共に、凄まじい口臭が鼻を突き塵芥収集車であると推測できた。トラックは丁度東月の手前でブレーキが掛かり、東月のすぐ後ろで停止した。

 東月は、あれ程乱暴な運転をする人間がどんな顔をしているか幾らかの関心と苛立ちを覚えた。

 スライドするドアを虎視していると、白いマスクと青い作業服が目に入った。二人の作業員は近くのゴミ箱を持ち上げ、車の荷箱内に投げ込み始めた。

 片方の男が一際大きいゴミ箱に手をかけていると、もう一人が急いで駆け寄った。息を合わせて腰を上げたが、トラックのナンバープレートを目前にして片方の男が脚を滑らせた。たちまち中の物が蓋をこじ開けて溢れだした。

 この時、東月には異様な光景が目に入った。ゴミに流されるように奥から人間の裸体が姿を表した。男達はぶつぶつと喋りながらそれを生ゴミと同じように荷箱に放り始めた。

 残飯やガラクタと共に、ドロイドが粉砕されていく様は東月には悪感の限りを尽くした。

 ドロイドに性別の概念は存在しないが、地上の人間のニーズに答える以上女体型が殆どであった。最も東月は耳にしたことはあったが、肉眼で見たのは初めてであった。

 しかし、一度目にしただけでソレが人間ではないと理解するには難があった。東月が脳をねじっている間に、男が最後の女に手をつけた。男の手に(すく)われると、横たわっていた背中が男の胸に(もた)れた。汚れにまみれて尚、透き通るように白くしなやかな脚が男の腕からぶら下がった。東月は忘れる気にもなれず、見るに耐え兼ねた。


「ソイツは、人形とは思えないぞ」


 東月はいかにも難癖をつけるような手振りで男達に近づいた。

女を抱き抱えた男はいかにも面倒だといった顔つきで、もう一人に女を受け渡した。


「何が言いたいかくらいは通じるだろう、その女を降ろせ」


 東月が忙しなく女を受け取った男に話しかけると、もう一人が東月の肩を突こうとした。東月は男の手首を握ると脚を払い、男の背骨に腕をねじ上げ女を持つ男に銃口を向けた。


「頼む。言うことを聞いて欲しい」


 東月は温かく柔らかい声色で話しかけると、二度銃口を下に下ろして見せ、女を置くよう指図した。地面に女が下ろされると共に東月の拳銃が収められ、男達は後退りするようにトラックへと駆けて行った。

 東月は、女の前で腰を下ろした。淡い桃色の唇に、首の閉め跡。胴回りはパンダのように青あざが広がり、へその上には一際大きい縫い跡が。女の体は悲惨そのものであったが、過度に痩せているわけでもなく、臭いもせず、寝床と食には困っていないように見えた。

 女の首に当てた指からは確かに脈が脈がある。人とドロイドの違いはメーカーの趣向うでまちまちであり、目をつぶって寝ているものは簡単に断言できない。だが、瞳の刻印を見れば一目瞭然であり、目が開かなければ故障ということでドロイドであると判断できる。東月は、女の(まぶた)に指をかけた。

 トラックのエンジン音が鳴ると生暖かい排気ガスが吹き出し、辺りの砂ぼこりが吹き上がった。女の黒髪が風に(なび)き、彼女の瞳が"目と鼻のの間"の男を凝視していた。

 女は口も開かず東月の胸に頭突きを打ち込んだ。。女は尻餅をついた東月から水筒を奪い、底を上に向けて水を飲み始めた。水筒を飲み干すと、女は屍のように壁に倒れかかった。水筒を握っていた女の腕の力が抜け、地面に叩きつけられ、水筒と手首の骨が音を鳴らした。

 東月は女の両腕を肩にかけ、しなやかな女の背中を肩に背負いコートを羽織った。

 東月は来た道を引き返した。行きに付けた砂浜の足跡を辿ると、足が前より深く沈んでいくのがあからさまに見て取れた。

砂浜を踏み締める度にジャラジャラと聞き覚えのない音が鳴った。女の体はその体格からは理解できない程に肩にのし掛かり、背の高い家具の倍はあるように思えた。

 女を岩山の影に腰を下ろさせ、背中にリュックを挟ませた。


「危なかったな。ところで、知り合いに日本語が話せるペイチュン人はいないか?」


 女は無言のまま、足元の砂浜に浮き上がった泡を眺めていた。

東月は女にコートを被い被せた。


「お前から利益を求めるのは、烏滸(おこ)がましいかもしれんな」


女はうつむいた首を上がると、少し咳き込み口を開いた。


「終わりよ」


「話せるなら、人探しを手伝え。それ位の貸しは作った」


「何をしても無駄よ。この街は八轟(バァーホォウ)会そのものよ」


東月は女の正面で腰を下ろし、女の湿気た瞳を見つめた。


「ソイツはカタギみたいなものか?ペイチュンの景気はどうなってるんだ?」


「あれは、都市部の"マタギ"よ。昔から廃れることなく、森を操り、木を切り落とし、獣を狩り、部外者を忌み嫌ってきた」


「つまり、足跡を消せと?」


「貴方に出来るならね」


「やれるところまでだな」


 東月は、無言で女の跡をついていった。二人の気を引くのは飯屋の厨房から立ち込める香ばしい薫りと、肉を焼き付ける油の音くらいであった。

 この町の人間は皆うつむき、陰気な目付きで二人を見流すだけだった。二人に声をかける人間といえば精々飯屋の客引きくらいで気味が悪くとも、隠れる必要はなかった。

 繁華街の大通りを抜けると一層寂れた居住区に出た。店の数も減り、東月は人影を確認しため息をついた。巨大な瓦屋根の建物が道の左手に現れると、女の足が止まった。


「どうした?」


 女は無言で玄関らしき門に近づき、立て掛けてあったバールを手に取った。女はバールを振り上げると上半身ごと降り倒し、錠前を叩き割った。同時に金属の衝突音が辺りに木霊し、東月は女を引っ捕らえ門から離れた小路地の壁に叩きつけた。女は、しらけた面で東月の顔を呆然と眺めている。


「正気かお前。その首が俺のお陰で繋がっていることを忘れるなよ」


 女は額に垂れかかった髪をかき分け、乱れた髪を指でとかしつつ腰を上げた。女は唇の切り痕の血を舐めると、唇を噛み締め東月に唾を吐き捨てた。

女は、口回りを手の甲から指先に擦り付け、薄汚れたコンクリートの壁に血の滴った指を弾いた。

 東月はポケットから力任せにハンカチを引き抜き、静かに顔を拭うと女の手を引いて門を蹴り破った。

 門の中には風化した石床が、敷地一杯に敷き詰められていた。


「今日は随分と騒がしいな」


 辺りを見回す東月の真横には、長髪の白髪を後ろで束ねた精悍(せいかん)な老人が佇んでいた。東月は老人の顔を見るや否や、拳銃を引き抜いた。


「扉の裏で盗み聞きとは感心しないですねご老体?」


「飛び込んで来たかと思えば、挙動不審な迷子に道案内をしてやろうと思ったが驚かせてしまったかな?」


「爺がどこから湧いて来るかなんて興味ない。この娘に心当たりが有るかどうかが知りたい」


「心当たりも何も私が、世話を焼いてやった奴だ」


「じゃあコイツの腹の適当な縫い痕も、腹ん中の音の正体も既知しているわけか?」


「それは知らん。近頃はソイツに構う程の余裕はなかった」


「随分と知っているような口振りだな。ところで見張りや囲いは置かないのか」


「人を雇える金はない」


 東月は女の顔色を伺ったが、女は老人の顔を睨み潰す限りでピクリとも動かなかった。


「その娘は舌でも落としたのか?少しは娘の脳ミソも使ったらどうだ。

こっちは男とばかり話していても何の面白味もない」


「おい、少しは口をきいてやったらどうだ?人違いなんてセンスのないジョークは止せよ?」


 東月が女の背中に手を添え、老人の方へ歩み寄せた。女は体の力を抜き、体重を東月に任せて足を前へと運んだ。女は猫背になって歩き始めると、うつむきながらブツブツと独り言を囁き始めた。女の足が丁度老人の影に重なると、女は強く地面を踏みしめた。


「どうした?」


 女は自分に振り返った東月の腰から警棒を抜き、老人に向かって振り回した。老人は足を交差してバックステップを踏むと、軽やかに女の鼻先まで脚を蹴り上げた。

 東月は咄嗟に女の前に立ち塞がり、老人の俊敏な脛を腕に受けた。老人の脚は当身すると共に竹のようにしなり、東月の腕の骨に軽い衝撃が走った。


「この老骨!」


 東月は老人の蹴り技に一瞬目を疑ったが、蹴り出した脚を引いている老人に飛びかかり、顔に拳を突き込んだ。東月の拳は簡単に握られ、老人は慣れた手つきで手首を(ひね)った。

 東月は自分の体に構うこともなく、利き手とは逆の腕を続けて打ち込む。老人の頬に届く前に又も拳を握られ、東月は体を前に押し込み肘を老人の首筋に突き込んだ。

 老人は空いている腕で肘を受け止め、東月の横っ腹を蹴り飛ばした。

 東月は体勢を崩し、立ち上がりつつ拳銃を老人の眉間に合わせ、引き金を引いた。飛び込んで来た老人の頬を初弾が擦り切ったが、二発目の時点で手首を蹴り払われた。

 怯んだ隙に東月の体は地面に投げつけられ、両腕を背中に回されそのままうつ伏せになった。老人は東月の首筋を踏み、もう片方の脚で背筋に膝を突き立てた。


「泣いているのか糞ガキ?」


「俺は朝食のオートミールに含まれる食物繊維にさえ、罪悪感を抱く心優しい男だからな」


 東月は一度老人の拘束に逆らうように上半身を持ち上げた。胸の裏地に収めていた回転式拳銃の撃鉄が地面に当たり、そのまま前に体をずらしてコッキングした。


「朝食のキャッシュバックはしてやれんが、飯は何時でも戻してやれるぞ」


「それじゃあ、第賃は先に払っておこう」


 東月は脚を立て体を横に僅かに傾け、老人の掛ける重心をずらし服に浮き出たトリガーガードを石床に打ちつけた。

風化したタイルの亀裂が広がり見事に欠けると、東月は無数の小石が引き金に当たる手応えを感じた。

 瞬く間に胸骨に反動が響き渡りると共に、胸元から吹き出たマズルフラッシュに東月は目を細めた。東月自身、発砲出来た確信もなく困惑していたが、閉じた(まぶた)から溢れる涙が確証を突いていた。

 自分を押さえていた老人は視界から消え、東月は発砲した拳銃を慌てて取り出し、シリンダーをスゥイングアウトした。


「お前の力量は、私の脚の小指一本だったな」


 東月は背後に振り替える暇もなく、地面に叩きつけられた。



読んで下さって有り難うございます。


折角増えた読者様を私の更新の遅さに見切られてしまった今日この頃。


一話で書くはずの内容が収まりきらず、焦っているしだいです。

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