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エデンの肉声  作者: Gashoo
4/5

水母の踊り焼き

What is making you?

It is not make something, just wield power......

 ロゴットスの年末は何処の会社も静かになる。忙しくなるのは「閉店御礼」のネオンサインのみである。日頃から寒中水泳を(たしな)むほどの物好きでもない限り、外を出歩こうとはしない。この時期は、嵐が地上を(また)ぐ。そうなると決まって、地上とロゴットスを繋ぐ通気孔が凍てつく口笛を吹くようになった。

 役所では、暇を持て余す二人組の男が、嫌な番を迎えたと愚痴を溢していた。


 「上がりたい」


 声の主は息を切らしてそう口にすると、手を膝についた。顔の半分がフードで隠れ、はみ出した長髪は酷く(もつ)れ、雪を被って固まりつつあった。監視カメラのモニターには、汗でほとんど凍っている男の背中が写っていた。とてもじゃないがロゴットスを出るのに充分な金を持っているようには見えない。男達は厄介な晩に当たったと意気消沈した。


「君、名前は?」


 白髪混じりの壮年の男が、冷めた顔で問いた。胸のネームプレートには岩沼と書いてあった。


「東月 滋走」


「歳は?」


「明日で、25になる」


「明日で?それは珍しい。君は毎年、"歳"をプレゼントされるわけだ。で、上にいく目的は?」


 若い男が拍子抜けな横槍を入れたが、東月の治まりのつかない息切れとささくれ立った風貌が、少なくとも岩沼の肝を握りしめていた。

 岩沼は、会話をしてから初めて、東月の顔を覗こうとした。いつまでも得体のしれない相手と会話をするのは気味が悪かった。東月の視線は何処にも向いていなかった。東月は受付のデスクの遥か先を見つめ、顔を強ばらせていた。


「理由は?どうしたのかね?」


 岩沼は不安に駆られたが、揺するように問いた。東月を見る2人の眉がひそめられた。それを見た東月は、鼻から息を吸い込み深く息をはいた。


「それを考えに行くのは、行けないか?」


 東月の口が開くと共に、彼の両手がデスクに叩き下ろされていた。決して大きな声ではなかった。しかし、東月の意地でも上がるという強い意志が二人にふつふつと伝わった。


「では、戸籍を確認できる書類をあずからせて頂きます。持参してない場合はこの書類に明記されている項目に回答して頂いた後、明記されている額を――」


 若手の男が額の汗を拭いつつ、作り笑顔でマニュアルを朗読し始めた。東月は氷かけの右手を口元で広げると、息を1度吹きかけジャケットの裏地に突っ込んだ。


「これでいいか?」


 若手の握っているマニュアルに、拳銃のスライドが力任せに突き抜けていた。


「これは、警察が常備する拳銃だ。用が分かったら通せ」


岩沼はは唾を呑んだ。東月にも男の喉仏が上下するのが分かった。


「手配書は出ている、お前の正体もコチラにも伝えられている」


「それでは、お尋ね者として言う。上に船を用意しろ、金が欲しけりゃ口座から好きなだけ落とせ」


 男達が銃口と睨み合いをしていると、無線の声が沈黙を破った。東月は、青紫色に変色した左手を男達に差し出した。


「俺が持ってやるから、出るといい」


二人が黙っていると、東月は断りなしに無線のスイッチを入れた。


「地鎖島地区、25番検官応答しろ」


無線の相手は、既に異変を案ずるような声色をしていた。


「はい。コチラ25番検査官、岩沼と馬野坂です」


「何故直ぐに通信できなかった?」


「はい。役所前の道路が凍結したので、事故防止のため雪かきを――」


 通信先は少しの間無言になった。岩沼の男は中腰になり、東月の握る無線に恐る恐る耳を近づけた。しばらくして、一度苦笑するような声が聞こえると再び椅子に腰を下ろす男二人を見て、東月は切断ボタンに置いていた指をはずした。

 役所のスリガラスから、薄い朝の光が漏れていた。馬野坂が眉を落としてため息をつくと、東月は飽きれ顔で無線を自分の耳元に近づけた。


「船だ」


「何、船だって?」


 東月は無線の通信を保留状態にすると男達の方に放り投げた。馬野坂が慌てて無線を手に取ると、苛立った岩沼が黙って奪い取った。


「申請者が、移籍先への船の手配を頼んでいると伝えろ」


 岩沼が動揺の顔を浮かべると、東月は拳銃のグリップを握り締め、眉間に突きつけた。


「私もお前も役所の人間だ。手続きの後は業者に回せ」


「しかし、今日辺りは煙草屋1つ開きません」


「何処行きの船だ」


「ブレネ海出港のペイチュン行きです」


一際長い沈黙が続き、話の雲行きが怪しくなった。


「一隻手配しておく。後の手数は港の者に任せろ」


 岩沼は、無線の相手に詫びを入れると、門の開閉スイッチを入れた。黙って門を通る東月を見て、馬野坂はロッカーに飛びついた。非常時用の拳銃を両手で握り締め、シリンダーの中を確認した。一発目の空弾を抜き、実弾を六発詰め込んだ。

 東月は一度も振り替える様子もなく歩いていたが、胸に収めた拳銃に手を伸ばしていた。岩沼も追い風に吹かれた頃には、東月は雪風に消えていた。

 東月の膀胱は緩みつつあったが、口元もそうであった。ロゴットスで夢をみて生きる人間は少ない。不遇にみまわれど、自由の利く充実感を味わうのは初めてであった。動揺と高ぶりを無視することはできなかった。東月の目は、苦渋を強いられた人間のソレとは異なる光を放っていた。

 港には一隻の船が出され、他は陸にあげられていた。疑問を抱くことはなかった。ペイチュンの御偉方がブレネ海でいざこざを起こしているのは疎か、ソコに余所者を招き入れないことは予想していた。優越感に浸っていた東月は、船が見えてくると突如として脚を急がした。東月はまさに、獲物を狩る獣の目をしていた。

 鉄板のデッキに飛び乗り管制室の扉に蹴りこみ、烈火の如く部屋に飛び込む。蛇輪の手前で、尻餅をつく警服が視界を過った。腰を上げきる前に、扉の両隣にいる男が東月の後頭部に銃口を向けた。


「両手と両膝を下につけ」


 東月はゆっくりと腰を上げ、蛇輪にを手を添えた。


「指示に従わなければ、射殺するぞ」


転げていた警官が汗を拭い、にやけ顔で椅子に腰を下ろし拳銃を取り出した。


「管轄外で、銃撃許可はおりているのか?大方、お巡りさんが知りたいのは、海底トンネルのことだろう?他国からの盗水設備か何かなんだろ?俺が情報を撒いていたら、ここで消すのは最善策なのか?」


「だが、今逃げてもお前には何の得もないだろう。黙って従うんだ」


「それを試す――」


東月は蛇輪を出来る限り回すと、船輪の裏に回り込みフロントガラスに風穴を開けた。

 船が急旋回し、部屋のあらゆる物が壁に叩きつけられた。

 フロントガラスはガラクタに突き破られ、管制室を飛び交う流れ弾に雨風や海藻が混じった。東月は背中に手を回し、舵をひたすら傾け続けた。


「何処に行くつもりだ。岸壁に衝突するぞ」


「花が咲く。大人しくしていろ」


 東月は蛇輪の横から顔を出し、立っている警官の股下に撃ちこんだ。

 岸壁に船が弾かれ、一瞬宙に全てが放り出された。瞬く間に東月は扉の方へ体を叩きつけられ、外に投げ出された。扉の向こうは、カプチーノコーストで泡まみれの光景が広がっていた。東月は泡を被ったデッキを駆け回り、予備ボートに飛び乗った。

 船外機のメーターガラスの泡を払うと、『空』を指す針が顔を出した。足元でのさばっていたクーラーボックスを裏返し、アルコールの類いを片っ端からかき集めた。東月は、冷えた酒を片っ端から船外機のタンクに叩きつけ、ハンドルを胸まで引き延ばした。痰絡みのエンジンがかかり、フットコントローラーを軽く踏みこんだ。東月は岩壁に沿ってボートを走らせ、泡を引き連れるように船外機のプロペラで掻き回した。港の岸壁でカーブを切ると、沖合いで戯れる二隻の船が目に入った。


「あれが、先客か」


 暴風と豪雨の(つぶて)に揉まれ、東月の独り言は自分の体に振動してやっと聞き取れた。東月は自暴自棄に陥っていたが、彼の逆行は執念と渇望で満ち溢れていた。彼の希望を繋ぎ止めるものは過信の他なかった。船外機のタンクが満帆になると、酒瓶を口元に運んだ。


「そこのボート止まれ。海上保安官だ、出港権限を提示しろ」


 東月の喉はガソリンタンクに勝るほど、年中秘薬に横溢(おういつ)されていた。仕事の後の一杯がお約束だが、今日は早めに"酒の首"を唇に運ぶことにした。


「すいません。カーナビが壊れていて、道が分からないんです」


 東月が戯言を言い切り振りかえる頃には、ヤクイの保安船は握り拳よりも小さくなり、カプチーノに隠れてしまった。酒を喰らう東月の体は反り続け、最後の一滴が喉を潤すとボトルのボトム越しにぼやけた巡査船が映っていた。


「エキストラの皆さんにも汗を流してもらおうか」


 東月は、足元のライターを拾うまいと屈んだ。フットコントローラーに噛まれているライターに手を焼いていると、正面から銃撃を振舞われ東月は仰向けになって船の底へと体を隠した。ライターを引き抜くとフットコントローラーを全開まで踏み込み、ゆっくりと体を伸ばした。

 集中砲火の中、ぼろ布の様なウィンドウシールドから巡査船に目を凝らしつつ、足元の酒瓶を全てガソリンタンクに押し込んだ。ライターのキャップを親指で弾き、フリントホイールを撫で下ろした。ギアの音と共に火花が散り、火が灯る。揺らめくを覗いていると東月の中で、指の感覚が昼間の小道具のハンマーと一致した。どこからか微笑みと涙が無性に漏れ始める。


「ライターは、罪な奴だ」


 巡査船の船首を横切った瞬間、ブレーキの上にクーラーボックスを押し込んだ。途端に、カプチーノの壁が背後から押し寄せた。東月はライターをガソリンタンクに放り込み、巡査船のデッキ目掛けて身を投げた。

 東月は、風化でザラついた浮き輪にしがみついて早々視界を人影に覆われた。考える隙も作らず、コート越しに引き金を引いた。

 腰を丸めて落ちてきた男を払いのけ、デッキに上がると既に3つの銃口が東月を待っていた。銃口に指図されるまま、東月は足元に拳銃を置いた。一人の男が銃口を下ろして駆け寄り、拳銃を蹴り払おうとした。東月は、男の足を(かかと)で踏み砕いた。男の太ましい指から拳銃を分捕り、体を伏せつつ男の腹に一発打ち込み、のけぞる男の股から二人の足に一本ずつ弾を撃ち込んだ。

 足元の拳銃を拾い上げ、東月は船後方へと脱出策を探し回った。ハンドルのついた部屋をこじ開けると、真っ赤な円柱型ポッドが視線を奪った。中に潜り込むと、モニターの一つに小銃で弾をばら撒く男達が映っていた。異国の言葉が飛び交う最中、装甲が欠ける金属音がポッド内に反響し、意味も分からずスクリーンの"脱"の字をひたすら連打した。船後部の壁が口を開き、乗組員もろとも海へ投げ出された。ポッドの窓ガラスを除くと、巡査船から漏れる空気の泡に揉まれる男達が見えた。乗組員は難なく泳いで上がったが、他に幾らか見覚えのある顔ぶれがあった。ポッドの窓を見下ろすと、ペイチュンへと果てなく続くトンネルに大穴が開いていた。

 男達の肌には青白い(まだら)が走り、痩せこけた体。水の中で言葉を話そうとする彼らは、今自分が置かれている状況も理解出来なかった。東月が大人しく両手を繋がれれば、見たこともない海に溺れて苦しむことも、ましてや2国の国交を乱すこともなかっただろう。

 ポッドのエンジン基部は銃弾と衝撃で故障し、カプチーノコーストに流されるまま東月は海の藻屑となった。

第四話を読んでいただき有り難う御座います。

話のエンジンもこれから上がっていくので、楽しんで頂けるよう

努力したいと思います。

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