ヒップ・バーン
It unified.
Public opinion,appearance,and man...
東月は、モグラのように薄暗い裏路地を這い回った。しかし、聖夜という名実にあやかり、大抵の道は目まぐるしい光と人で溢れていた。
「何時からこの街にはご利益のある神が堕ちて来たんだ?」
東月は荒立った呼吸とアドレナリンを抑え、身だしなみを整えた。ベッドタウンへ出てしまえば、サイケデリックなアフィリエイト揉まれる心配もなくなった。この辺りには臆病者か、身内のいる連中が集まっていた。ガレージには車が収まり、顔を上げれば締め切った窓が目に入る。加えて、昼間からトイレの窓1つさえ手抜きがないのだから、犯罪を恐れる彼等の町では決まって事件は難航する。
走り続けた足を休ませると、鬱蒼とした寒気に襲われ、不意に恐怖が顔を強張らせる。
店を出た時点で、選択肢は狭まっていた。歩く度に恐怖が頭を過ぎり、足を速めればそれだけ激しく脳裏を振るわせた。
頭を抑え、目前の電柱に手をついた。向かいの歩道には、廃れた自分の姿と赤のサイレンがカーブミラーに移っていた。彼を挟む、四十五度程度のコーナーの裏で、数台の警察車両がせわしなく回転灯が点けていた。自分の家まで目と鼻の先と言える距離にまで既に
東月のことを食逃げ犯と見ていたのは、彼だけであった。電柱の電子掲示板には、彼の写真の詳細な個人情報に"内乱罪"の文字が添えられていた。女の様に冷えやすく走った程度で汗一つかかない彼の体が、蛙に似る程に汗を噴きだしていた。
「国家職業の皆さんは、下の水が旨くなる浄水器でも作ったのか」
他人事で口角が上がるのは、部外者である。震える唇を噛み締め、口角を無理にでも引き上げた。ぎこちない苦笑を漏らすのに、体中の神経が引きつるのが恐ろしいほどに彼自身に伝わった。
自分が何かしらの事件の元凶であると実感するには、余りにも早熟であった。
突如腰の辺りが振るえた。部外者にさえ律儀なバイブ音のおかげで、粗相をしでかしそうになる最中、警察が辺り一帯の警戒を解き始めた。
外干しのできるベランダは愚か、排気ガスと悲鳴の入る窓辺に、カビを走らせる黄ばんだフローリング。
普段通りであれば、帰宅して始めに入る五感情報といえば口下手なオートミルメーカーの挨拶であった。
だが今夜は、見慣れぬ靴が一足あるだけだった。
「職務怠慢か、エリー?」
靴を脱ぎ、リビングに足を踏み込んだ。フローリングの床が軋む音を漏らす間もなく、胸骨に皹が刻まれる。東月の視界は先客の腕に振り回され、4畳半の隅に叩きつけられた。
意識が朦朧とし、疲労が"無意味な考え事"する気力さえ奪っていっった。
逃避に都合のいいムードソングが脳裏に流れる。浮かび上がるのは、10年前にヒットしたヤクイ人の|古風なジャズソング。
汗で揺れる視界を拭い、二人の男を睨みつぶした。1人は土足のままで、転がっている彼女の頭蓋に蹲踞をかます無礼者であったが、どちらもジャケットに国章が入っていた。
「肉体労働で、幾らかの金と体は作っているみたいだな。
はした金で手に入る体じゃ、お前の明日は報われないがな」
「お前等の筋書きなのか?」
「まぁ、俺の出世街道ではあるな。
俺は万引き、ガキの性犯罪を始めとする青少年犯罪科の交番のお巡りさんなんだが――人生の説教が聞きたいか?」
頭の頭痛が治まると代わりに鼻の血管が衝撃で破裂し、血が垂れ流れた。彼は咄嗟に上を向いた。
「お前の頭が虫食いになっていないか心配になってきた」
お陰で横暴な口調が、心にもなく垂れ流れた。
「いい反応だ。公務執行妨害、殺人容疑とチップを積んでくれれば、互いにチャンスを掴める。コイツを握るのもこれで少なくとも二度目だろ?」
男はサルにバナナを渡すように、拳銃のグリップを差し出した。
「実はこれで三回目だ。今日は一回も引き金は引けてないんだがな」
男は、キッチンのラジオを点けた。昼間の女子アナが自分の名前と住所を読み上げるのは何とも新鮮ではあったが、今の彼には朝食の最中に聞き逃す程度と変らない価値観にあった。
男に渡された拳銃のシリンダーには一発目は空砲、続いて1発だけ実弾が仕込まれていた。シリンダーを一発分回転させ、黙って上着の袖に隠す。
『現在、無銭飲食、公務執行妨害、殺人、内乱罪の容疑で全国指名手配中の無職、20代の男、東月滋走は、宇城町大通りで最後に姿を目撃されました。目撃情報によると男の姿は、身長170センチ程度。癖のある長髪の黒髪で顎鬚が生えており、……』
ラジオの音に気をひかれ、キッチンにいるドロイドに目が行った。
首のないドロイドの喉仏からは、オートミールより淡く繊細な"彼女なり"の血が流れていた。
「あれか?悪いが騒ぎ立てるから、壊した。一応立派な公務執行妨害の現行犯だ。最近のドロイドは固定無脚型でもエグイ色のシロップを出しやがる」
携帯の受信履歴を見回せば安否を確認する経緯で、待ち合わせの要求を求めるメールばかりであった。
「懸賞金の発生に、被告の印税を適用してくれませんかね?」
男たちは口を紡いだまま、部屋を物色し続けた。腹に入れられるモノは全て口が開き、辺りに散乱していた。
重たい腰を上げると、あばら骨が歯軋りのような音を起こした。
明朝からポケットの中で汗に揉まれた拳銃を、足元に転がした。
「最後に冷えたワインが飲みたいんだが」
男は拳銃を前に応えた。
「好きにしろ」
血で滲んだ足を引きずり、キッチンへと向かった。冷蔵庫の扉を関節の外れた腕でこじ開けると、ワインと缶ビールが数本残っていた。
拳銃を袖から取り出すと、ワインに留められたコルクへと銃口を押し付けた。
「リボルバーで悪いな。これでも、つい最近支給された新型なのだがな……」
警察官の一人が小道具を睨みつぶし、不意に沈黙が生まれる。
東月は冷蔵庫を男達へ蹴りこみ、男に向けられた扉の隙間から銃口をコルクに押し付ける。
体中の傷口から流れるドス黒い血が鉄分の臭気を漂わせる中、チタン合金のトリガーに指をかけた。東月の瞳から涙が垂れ流れる。瞬く間に白い煙幕と爆炎が広まり、部屋に大穴が開いた。
部屋の至る所にガラス片が飛び交い、男達に突き刺さり暖色のカーペットに血肉が飛び散った。
東月は肘に刺さったフローリングの破片を引き抜くと、膝に手をつき緩やかに立ち上がった。
煙が晴れると、苺のように腫れ上がった横顔が足元から彼を見上げていた。
鮮やかな赤い肌に、顔を背けつつ死体をまさぐった。
ショルダーホルスターを奪い拳銃を納め、腰のベルトに警棒をかませた。
「これで、殺人に窃盗、公務執行妨害か……食逃げと国家反逆罪は頂けないがな」
朦朧とした意識が戻り、耳鳴りが止むと警察車両のサイレンが耳に届いた。
「これから俺が逃げれる距離は、高が知れている……」
最悪に見舞われ、彼の脳内もすっかり悪人の回路を組み始めていた。
「ペイチュンの海上騒動に紛れれば、少なくとも警察の管轄から外れるか」
世界中に生活困窮者の倍増して以降、各地にベビーブームが発生した。
おのずと治安と衛生面が崩壊、悪化し、地下鉄をはじめとする古臭い交通手段は地下街のある都市部でのみ機能していた。
車内での飲食は愚か、貫通路はしばしば取引の修羅場や非人格者の愛の巣になる程度だ。また、昼間の人気の少ない時はシートの上で横になる奴もいる。
東月は駅のホームまで辿り着くと珍しく、2人掛けクラスシートに腰をおろした。普段なら、他人の私生活を詮索する間もなく、距離感詰められる事態を毛嫌いしていた。だが、乗降ドアの真横で壁に靠れているより、一般人に自然と紛れ込める方が自分の為だと思っていた。
次の駅に着くや否や、辛気臭い東月の相席が埋まった。相席の乗客は、東月よりも白くドロイドの持つ繋ぎ目や、縫い跡一つない艶のある肌をしていた。
清潔感と蠱惑さに、東月も鼻筋まで深く被られたキャスケットの下が気になっていた。
東月の視線を感じたのか乗客は、あっさりと帽子を脱いでみせた。
さらりとした白い長髪が、風に靡き、樹海並の深緑色を白目を大きく飲み込んでいた。美しい顔立ちではあったが、東月は既に窓から漏れる腐敗ガスの漂うトンネルの空気に、思考を奪われていた。
「窓を閉めてもいいかな?」
「僕と君の仲だろう?気にしなくて良いんだよ。
そういえば、名前を手に入れたみたいだね」
目の前にいる人物が男だと感づくや否や、
レバーを力強く倒すと、窓ガラスが勢いよく閉まる。
東月は限界まで腰を倒し、背もたれに寄りかかった全身を前へ滑らせる。
アドレナリンの分泌が静まり、男の座席まで足を伸すとデカイため息が漏れた。
「俺を知っているの様な物言いの割りに他人行儀でゃないか?」
「今の君は、食って寝て糞するだけの家畜。
害獣は駆除されるだけ。だが僕は、家畜の前の君を知っている」
「俺はお前を知らないんだが?」
「僕も、施設の以前のことまでは知らない」
「違うな。俺は施設生まれの施設育ちだが、その俺の目には肉銭の勝ち組に見えるが?」
「初対面の男と同じベッドで寝るのはもうウンザリしている次第なんだ」
「俺に出来るなら、俺もあやかりたいくらいなんだがな」
座席に深く座り込むと、前のめりになって前髪をかきあげた。
東月は手すりに肘をつき、こめかみに人差し指を当てつける。
「君を見ると、"青鳥の麓"のことを思い出すよ」
「俺はこれでも、政治家の生まれなんだが」
「無知ということは罪なものだ」
「誘導尋問くらいマニュアル通りにやってくれ」
「忙しい君にも分かるように言うならば、君は少し帰省を重んじるべきということだ」
「俺は3歩歩くと一つ忘れるタチでね」
「君のその自尊心も、今じゃ吐き気しか生まないな」
トンネルの闇が消えると、黒雲で濁った雨空が広がっていた。
悪天候だが、嫌な予感を走らせるには随分とのろまであった。
「大きな語弊がある」
「おれ自身にか?」
「君が生まれたのが24年前のこと。東月家の血筋という偽装も君は知ってのことだね」
「勿論」
余裕をもって返答した彼だが、アテンダントを呼び止めると砂糖とラスクを分捕った。
「だが、君が施設に来てから出て行くまで滞在していたのは約1ヶ月間……」
「何度も言うが、俺の幼少期からの思い出は全て施設のものだ」
「君のソレも養子の時の偽装工作と変わりない。幼少の記憶など有り触れた一例でどうにでもなる」
彼は大人しくコーヒーを飲んでいた。
「その話に確証は?」
「君の煙草嫌いの病魔。アイツは元は出稼ぎのペイチュン人だ」
「裕美沢園長…」
車両に鈍い金属音が響き渡った。
車両の揺れが緩やかになり、車窓に滴る水滴がゆっくりと伝っていった。
停車駅が見えると、中性的な"男"は前屈みになって口を開いた。
「君は世論としては忌々しくも、君の追手にとっては杞憂の存在に違いない」
男の急な話に東月も朝食を済ませつつ耳を傾けた。
「そして、君は政府もツバをつけていないバックローの食べ残しなんだと思う」
「どこからどこまでが、確かなんだ?」
「とにかく断言出来ることは、今の事が今日に始まったことではないということだ」
停車駅が目と鼻の先なると、前後の車両が切り落とされていた。
ホームには、6人の先客が白線の前で横に並んでいた。
ノイズ混じりのアナウンスの代わりにハイレートな弾幕が車両一体を襲った。
東月は男の背中を床に叩きつけたが、弱々しい肩は血で斑になっていた。東月は老人のように体を丸め、男を脇に抱え車両の外へ走り込んだ。
「まさか君が僕に情けをかけるとはね。無知とは恐ろしいよ」
「お前の傷口は開いても構わんが、つまらん話をするなら奴等の口を紡がせろ」
車両の非常口から男をゆっくり降ろし、消火器に真横から蹴りをお見舞いした。
向かいのホームに男を押し上げる東月の右足首と脇腹の肉に風穴が空いた。
お客の足元に転がっている消火器に照準を合わせるべく振りかえる。
衣服を掠める弾幕はエネルギーから汗に捻り上げ、彼のトリガーにかける指は瞳に水を湧き上げた。
「東月、法を選ばないなら消火器はおいといてレールを撃て!」
東月はヤッケになって、レールに打ち込んだ。
瞬く間に凄まじい破裂音がホームに響き渡り、爆炎が天井をしのぎ、火の手が吹き荒れた。
ヒリヒリと痛む赤らんだ脛が、彼の意識を繋ぎ止めていた。
「糞野郎、距離をとってからやるべきだった」
東月は、ホームの下の窪みから四つん這いになって顔を出した。
注意と腰を緩めると、勢い良く後頭部を打ち付けた。
線路の周りにしかれた砂利の間に血が染み込んでいった。
修正前のものを書いていた頃は、定期購読している方が1人でもいると前提して、後書きを書いていました。これからでも良いので、いらっしゃると嬉しいです。