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切れない糸

今回は雫視点のお話です。



ポロロン



ギターの心地よい音色




かすかに聞こえるのは



優しく耳障りのいい彼の歌声




聞いたことの無い旋律




初めて聞く 歌詞




航平のそれは、いつだって歌っていた。




叫び散らしたくなるほどの  愛を










「新曲完成?」



丁度用事があって弟の部屋に向かっていたところだった。



いつもどおり、彼の部屋からは歌声が聞こえてきて、私はそのままドアを開けた。



「うわっ!!なんだよっ!!」



ベッドに背中を預けてギターを抱えていた弟は、弾かれたように反応した。



「ノックくらいしてよ」



「ごめんごめんっ」




歌っていたところに入ってこられたため、恥かしがっているようだった。



たしかにノックしなかったのは悪かったので、苦笑いしながら入っていった。




少し散らかっている部屋  それでも、男の子の部屋にしてはなかなか片付いている。



彼の周りには、まさに今書き終えたばかりの楽譜と、歌詞の書きなぐってある紙



「ちょっと待って」と、見ようとする私を制止させて歌詞のほうを慌ててかき集めてしまった。




「いいじゃーん。けちぃ」



「まだ完成ってわけじゃねーの」




トントン、と床で紙の束を整えて、私には見えないところに置く。


・・・・そこまでしなくなっていいじゃない




私は弟の隣に座る


すこし居心地が悪そうに、彼は持っているギターのチューニングを始める。


作曲の邪魔をされて、すこし機嫌をそこねてしまったようだ。





「・・・で?どしたの?」


ちょっと拗ねたような声


「え?・・・あ・・・今日の夕飯、なにがいい?」



そんなコトで着たの?という顔




本当は、今付き合っている彼と喧嘩してしまって、そのことを相談にきたのだけれど・・・


タダでさえ彼氏の話をするといつも何故か機嫌を悪くする弟に、今の状態ではとても言い出せなくなってしまった。




「はんばーぐ」



「ひき肉ない」



「おむらいす」



「たまご・・・1個しかなくて」



「かれー」



「・・・具がジャガイモと玉ねぎだけでもいい?」




「・・・・・・・・」




「・・・・えへへ」





呆れたような顔の弟に、私は笑うことしか出来ない。




「・・・じゃあ、なんでもいいよ。あるので」



そういって彼はまた、ゆっくりとギターを鳴らし始める。


いつみても驚くくらい器用に・・・その指は弦を弾いてゆく



まるでギターを弾くためにあるみたいなそのキレイで長い指に見惚れ、そこから奏でられる音色に聞き惚れる。





やっぱりこの子には才能がある




「・・・また喧嘩したの?たっくんと」



膝を抱えて、しばらく彼の即興のギターを聞いていたら、急にソレが止んで代わりにため息とそんな問いかけが聞こえてきた。



ビックリして顔を上げれば「やっぱり」という弟の顔


なんでだろう・・・私はいつだってこうして弟に見抜かれる。



「・・・・うん」



ゆっくり頷けば、もう一度ため息をついて 



それからギターから放された手が、私の頭をポンポン優しく撫でる。



弟はいつだってそう 


何も言わないで、こうしてくれる。




なんだか知らないけど、妙に安心して


私はこうされるたびに泣きそうになってしまうのだ。



これじゃどっちが年上だかわからない。




「・・・だいじょーぶ。」


「・・・うん」


「・・・オレは、何があってもシィの味方だから」


「・・・うん」



昔から 変わらないその台詞



親と喧嘩した時も


部活でうまくいかなかった時も


大学受験のときも



いつも



大丈夫だよ、と何があっても味方だと

彼はそういって私の頭を撫でるのだ。



いつからだったろう・・・



頼る側と頼られる側が、このように逆転してしまったのは・・・



ぼんやりと・・・そんなコトを考えていた。


すると再び聞こえてきたギターの音


ゆっくりと・・・でも心地の良いそのメロディ



スーッと・・・まるで呟くかのように始まったコーヘイの唄


さっきドア越しに聞こえた歌だ



柔らかくて・・・心地よくて・・・まるで頭をまだ撫でてもらっているような暖かさのあるコーヘイの歌声・・・



何物にも変えがたいくらいに好き




そんな優しい声で・・・歌うのは、いつだって悲しいラブソング。


まるでストーリーのように具体的でもあり・・・それでいて抽象的でもある。


それでも・・一貫しているのは、その切なさ



コーヘイはいつだって、叶う事のない愛を謳っている。


まるで、切れない糸を引っ張るかのような・・・そんな恋




なんて不毛なんだろう



でも・・・それなのに何故か・・・聞いているうちに心が安らぐのだ。


抱えた膝の上に、右の頬を乗せて・・・


右隣で歌うコーヘイに気付かれないように・・・聴いた。


目には涙が溜まっていた




なんで泣きそうなのかはわからない  


たっくんとの喧嘩のことだって、いまは頭の片隅にまで追いやられているのに





「・・・シィ?」


演奏が終わっていることに気付いたのは、静かに名前を呼ばれたときだった。



返事をしない私に、しびれをきらしたのか、膝に伸びてくる手


ギターを手放す音



ゆっくりを顔を上げて彼を見れば、コーヘイもまた・・・悲しそうな笑顔だった。



「シィは・・・作りたての曲を聞くたんびに、泣くのな?」


誰のせいだと思ってんのよ



言葉には出来ないので、笑って見せた(笑えてないんだろうケド)



「ごめんな」



思っていたことが伝わってしまったのかもしれない


コーヘイは1言そういって、私の頬を伝う涙を指でぬぐった。




「・・・コーヘイが歌詞でしか泣かないから・・・代わりに泣いてんの」



もっと楽しい唄を歌ってほしいのに・・・


コーヘイはイツだって、叶わない愛を謳うから・・・


それが私に痛いほど響く



私の言葉を聞いて、彼は一瞬ビックリしたような顔をした。 


だけど、すぐに・・「そーだね」と悲しく笑う

「・・・分かってるよ・・・だからごめんな」



「・・・・うん」



なんでコーヘイはこんな生き方しか出来ないんだろう


言葉に出来ない 悲痛な叫びをその胸にこんなに抱えてもがいてる。


そうまるで・・・




まるで・・・

切れない糸を引っ張るかのように・・・


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