運命のイト
「ワタシとケッコンしてください。」
今日、生きてきて初めて告白された。
「数日前から、アナタの小指にイトが繋がっていたのはゴゾンジでしょうか?」
今まで人を好きになったことなんか何度もあった。その度苦い経験をした。
その恋が報われたことなど、一度もなかった。
「ニンゲンの間では、赤いイトというものがあるらしいじゃないですか。いやはやステキですね。運命のヒトと繋がっているなんて!」
そして今日、こんなさえない俺でも告白されたのだ。ついに、ついに誰かに好かれたのだ。
これまで、親以外からの愛情を感じたことなんか無かった。思えば恋愛に関しては、本当につまらない人生だったと言えよう。
「マァ、つまるところワタシたちは運命の赤いイトで結ばれていたのですよ!そしてイマ巡り会えた!なんとステキ!スバラシ!ワンダフォー!」
………でも、どうしてだろう。どうしてこいつなんだ。
どうして俺は、蜘蛛に告白されているんだ。
「……どうしました?ナニかお気にめさないことでも?」
「いや、そもそもお前人じゃないだろ。蜘蛛だろ。」
「そうですともそうですとも、ワタクシはクモでございます。」
「そしたら、運命のヒトとは言わないだろ。運命の蜘蛛だろ。」
「そういうことになりますね。」
「そんな話があるか!!」
ここのところ仕事しかしていなかった。職場でも仕事の話しかしていないし、疲れているので家に帰ってきたらすぐに寝ていた。
そういった生活が続いて、人の温もりに触れなさすぎたせいか、俺はとんでもない幻覚を見ているようだった。
「チョ、チョット待ってくださいな!どこに行かれるのですか!」
俺は洗面所で顔を洗うことにした。多分寝起きで頭がボーッとしているから余計悪いんだ。
流石に精神病にかかったとは思いたくない。
「まぁ、小指にイトがつながっているのでワタシも簡単についていけるのですけれどね。ピト❤っとな」
そう言うなり、俺の小指にくっついた。俺はクモを洗面所の水で流すことにした。
「ウワッブ、チョ、チョ、ヒドイ、ウワ、ヒィ、」
もがきながら排水溝に流されてい………かなかった。必死にしがみついていた。どんだけ力強いのお前。結構勢いよく水出てるんですけど。
「どういうことですか!こんなヒドいことするなんて!ハッ、もしかしてシレンというやつ?二人が結ばれる為には、カコクなシレンが必要だといいます!そういうことですか!私を試しているのですk」
俺はもう一度勢いよくクモに水を浴びせた。
「チョ、チョ、ハナシ聞いて、ネ、分かり、ました。ヒトマズ、話し、あいま、しょ、う!!」
お前と話しあえる時点で、超異常事態なんだっつーの。
「なに、じゃあ俺へのお礼がしたくて、こんなことをしたわけか?」
「ハイ…」
どうやらこの蜘蛛は、俺が数日前に気まぐれで助けたクモだった。
確か家の中を歩いているところを発見して、なんとなく潰すのは可哀そうだから、そのまま外に逃がしたんだったよな。
「クモを助けたカンダタでも、もっとマシな恩返し受けたぞ」
「カンダタ……とは誰ですか?」
流石に太宰治は知らないか。まぁそれは置いといて。
「それで、逃がされたものの俺のことが忘れられず、ずっと俺の家の周辺にいたわけだ」
「ハイ…優しさにホれたといいますか、胸キュンだったのでございます。」
なんなんだろうこの感じ。全くもって嬉しくない。
「それで、毎日仕事から疲れて帰ってくる俺を見て、心配になったわけだ。」
「エェ…ですからチョット魔法をかけたと言いますか、フタリでお話しできる場を設けまして」
どうやったのかはこの際どうでもいい。なんかもう割と色々どうでもよかった。
俺はこんなリアルな妄想に囚われてしまうほど疲れてしまっていたのかと思うと、やるせなくなっていた。
「マ、マァアナタさまの力になりたかったのでございます!!」
「その気持ちは嬉しいけどなぁ…」
というか告白されたものの、こいつはメスなのか?見た目はやっぱりどこからどう見てもクモだし、魅力なんてもちろん感じない。いや、別にクモが嫌いなわけじゃないが、告白されたとなると見る目が別だ。そもそもメスだったからと言って、付き合うワケはないのだけれど。
「それで、どうしたいわけ。付き合いたいの?」
「ツ、ツ、ツ、ツキアウ……ソレは………フ、フジュンですよッ!」
そっぽ向いてしまった。照れてるつもりなのだろうか。ごっついお尻が丸見えである。
そしてそのお尻から小指に繋がる糸……いくらもがいても、外れる気配などなかった。
「じゃあ付き合いたくはないの?」
「エェ~…デモォ~……ソーイウノハ早いってイウカァ」
「どっちだよ!」
なんだかんだ起きてから一時間が経過していた。その間ずっと喋っていたことになる。我ながら頭おかしいと思うこの状況。
っていうか、あれ、会社行かなきゃやばくね!?
とんでもない状況に呑まれて、完全に忘れていた。こりゃ本当に精神病かもしれない。
「ちょっとやばい!会社!!遅刻!!間に合わない!!」
「あ、その件なんですけど、その状態で会社に行っても…」
「準備!!準備する、急いで!!」
まず着替えを始め、これを4分で終わらせた。朝食は冷蔵庫にあったパンでいい。かじりながら行こう。
洗面台で全身をチェックし、バックを手に取りすぐさま家を飛び出た。
「い、いってきまーす!!」
いつの間にか、糸は切れていた。さっきはあんなにかたくなにひっついていたのに。
「アーア、行っちゃいましたか…」
俺の部屋のテーブルに取り残された、妄想の産物(?)に少し申し訳なさを感じながら、俺は会社へと車を走らせた。
会社に着くと、普段と雰囲気が全く違っていた。
いや、多分会社は普段のままだった。上司や部下の顔ぶれ、大量の書類が積まれたデスク、なにも変わったことはなかった。
「koajfihioawkopdkkd!!kopakopkdowo?」
「pkoapohpfmok?koapjfnowoif.」
「koakodhuowpoi1100kma.」
ただ一つ、変わったことがあるとすればそれは――
――俺が、人間のコトバが分からなくなっていた、ということ。
理由はすぐにわかった。あいつのせいだ!
クモのコトバとやらが分かる代わりに、恐らく俺は人間のコトバが分からなくなった。
ありえない。冷静に考えればわかることだ。そんなことはありえないんだ。
でもあり得てしまった。俺はこの奇妙な異変の当事者になってしまったのだ。
そう思うといてもたってもいられなくなって、俺は家に帰ることにした。
部長が何か言っていたが、何を言っているか分からないのでなにも言いようがない。
恐らく今の俺が喋る言葉も、人間には分からないものだろうし。
家に帰ると、アイツは朝と同じ場所で、何やらゴソゴソやっていた。
「あ、おかえりなさいまし!イヤ~、マフラーというものを作ってみたかったのですが、ナカナカに大変ですネ。ワタシの糸は粘着力がツヨすぎて、全部ベトベトのグチャグチャに…」
「そんなことはどうでもいい。戻せ。俺を前の俺に。今すぐ戻せ!」
クモの表情なんて分からないが、恐らくアイツはぽかーんとしていたと思う。
「どうしたんですかキュウに。そんなにオソロしい顔をして。」
「お前のコトバが分かるようになった代わりに、俺は人間のコトバを失ったんだろ?すぐにわかったよ。お前のせいだ。お前がどんな力を使ったのかなんて知らないけど、多分そういうことなんだろう。」
「……確かに、アナタさまは人間のコトバを忘れた状態です。」
「やっぱりな。早く戻してくれ、こんな体じゃ生きていけない。」
「でも、ワタシはまだ恩返しが…」
「うるさい!何が恩返しだ!!お前のやり方は間違っている!大体お前を助けたのだって気まぐれなんだ、見返りを求めたわけじゃない。それなのに余計な事しやがって、これじゃあ恩返しどころか、恩をアダでで返されたも同然だ!!」
「ソ、ソんな…」
「俺は普通に生活が出来ればいいんだよ!どうするんだ!今日のことで完全に俺は変わり者扱いだ!部長を無視して帰って来てしまった。評判も落ちるだろう!どうしてくれるんだ!…………本当に、なんでこんなことになってしまったんだ……」
俺は泣きだしていた。もう不気味で仕方なかった。
会社に行って、家に戻ってきたら、コイツがいなくなっているかもしれないと思った。
本当にあれは俺の妄想で、喋れるクモなんかいなかったんだと。
だが、現実は違っていた。確かにこいつはそこにいた。
「……そこまでメイワクをかけていたなら、仕方ありませんね。」
少しの間をおいて、クモはまた話しだした。
「ただワタシは本当に不思議だったのです。あんなにツラそうな顔をして、ナゼ毎朝シゴトに行くのか。ワタシなんて、ワナをハっていればエサは手に入るし、毎日のんびり過ごしていればいいだけなのに、どうしてアナタはそんなに苦しむのか。いっそ、シゴトなんてやめてしまえばいいのではないかと。」
俺はクモから同情されていた訳か。やれやれだ。
「じゃあ、俺に仕事をやめさせるためだけに、こんな状況にしたのか。」
「それはチガいます。ただワタシは、本当に、本当に、恩返しがしたかった。イヤしてさしあげたかった。クモであるワタシと、ヒトであるアナタでは、食べ物もチガうし生活もチガいます。体の大きさや、形だって、まったくチガいます。でも、それでも、ワタシがあの時感じたのは、コイゴコロなのでございます。もちろん、叶うコイとは思っていませんでした。諦めるしか無いものだと。それでも、せめて、ナニかできないか、ナニかできないかと、探し続けたケッカだったのです。」
「………あぁ、そうか、もういい、もういいよ」
俺はなんだか、悲しくなってきてしまった。
この蜘蛛は、純粋に俺に恩返しがしたかった。その言葉を信じるようになっていたからだ。
確かに、やり方はとんでもなく不器用で、奇妙なものだったかもしれない。それでもコイツは、俺の為だけに、わざわざ小指に糸を結んで、人間のマネゴトをしてみたりして。人間の俺に合わせ、何か出来ることはないかと、思考錯誤していたのだ。
少し、怒りすぎてしまったのかもしれない。
「ソレでは、イマから元通りにしてさしあげます。布団に入って、オヤスミなさってください。目が覚めたら、いつもの日常です。普通のヒトとして、生きていけます。」
「……すまんな。やはり俺は、普通に生きていたい。どれだけ仕事が辛くて、毎日希望がなくたって、人間を止めることは出来ないんだ。人は、人と関わらなくちゃ生きていけない。」
恐らく、人のコトバも分かって、クモのコトバも分かるようになる…なんて、うまいことは出来ないんだろう。
だから元に戻ったらコイツとはもう出逢えない。お別れなわけだ。目が覚めてそこにいたとしたって、コトバは交わせない。俺は気付かず、踏み潰してしまうかもしれない。発見したとしたって、今度は気まぐれに助けることなんてせずに、叩き潰してしまうかもしれない。
それを理解して、コイツは言っている。
辛いだろうな。クモにもクモなりの、女心ってヤツがあるだろうに。
「それでは、サヨウナラということで……お役に立てずに、ゴメンナサイ。」
「……いいよ、俺も、悪かった。」
「アヤマらないでください、悪いのはワタシですから。」
「……」
何も言えなかった。さっきまでとはうってかわって、切ない気持が胸を締めつけた。
「あのさ」
「……ナンでしょう?」
「ありがとな、お前に好かれてたってことで、俺、ちょっと元気出たかも。お世辞とかじゃなくて、俺、人に好意もたれたのなんて、ここのところずっとなかったから。」
「……ソウですか、そのコトバを聞けただけで、ワタシはとてもシアワセです。」
こいつの表情が俺にも分かったなら、本当に幸せそうな顔をしているんだろうなと思った。
それほど優しい声で、返事をしてくれた。
「ソレでは、ほんとにサヨウナラです。またどこかで会えたら……その時は、ツブしてください。叶わないコイを抱えているぐらいなら、その方がマシです。これは、女として、せめてものワガママです。」
「…!!おい、やっぱりちょっとまって…」
その瞬間、急激な眠気に襲われ、俺は倒れるように寝てしまった。
どのぐらい経っただろうか。目が覚めた時は、俺はベッドにいた。
慌てて部屋を見渡してみたが、変わった様子は何もない。
あいつがいたテーブルの上には、飲みかけのペットボトルと、ティッシュの箱しか置かれていない。
いつもの風景だ。
俺は、元に戻ったのか……?
時計を見てみると、朝の5時だった。随分早起きしたもんだ。
「…そうか、本当に元に戻ったのか。そうか……」
俺は、言いようのない虚しさのようなものに襲われていた。これでいいんだ…これでいいんだと、自分に言い聞かせるように心の中で唱えた。
ふと、部屋の隅に動く小さな影を見つけた。あれは……蜘蛛だ。
でも、あいつとはまた別の種類のようだ。大きさも色も微妙に違っていた。
「…何を期待してんだ、俺は。」
そうだ、もう俺は蜘蛛と喋ることは出来ない。あの経験はきっと、本当に夢だったのだ。
そう思うことにして、部屋にいた蜘蛛は、潰そうか迷ったが、逃がしてやることにした。
「恩返しする時は、変な事するんじゃないぞ。その辺の10円玉拾ってくるとか、その程度でいいから」
冗談っぽく、そんなことを呟いた。きっとあいつには聞こえなかっただろう。今の俺は人間の言葉を喋っているはずだ。
「…さて、ちょっと散歩でもして、朝の空気を感じますかな。」
昨日のことは全力で謝ろう。そんで、どうにか許してもらおう。多分こっぴどく叱られる。でも、仕方ないさ。俺は昨日仕事よりもっと大切なものを貰った気がしたから。
外はとてもいい天気だった。俺の気分も、いつの間にか晴れ晴れとしていた。
まぁ、たまにはあんな非日常も、悪くなかったってことで。
「戻って来たくなったら、いつでも来て良いぜ。どうせどっかで見てるんだろう?ただ、今度は時間がある時だ。俺の休みの日なら、話相手になってやるからさ!いってきまーす!」
誰もいない部屋の中、どこかにいるであろうアイツに聞こえるよう、そう叫んだあと、俺は散歩に出かけた。
次の日、目を覚さますと……
「イヤイヤ、聞こえましたよォ。大胆なプロポーズですね!もう、ワタシドキドキしちゃって……。」
はぁ、やれやれ。正直なヤツだ。
……まぁ、こんなへんてこな非日常も、悪くないよな。
「おはよう」
「エ、ア、………オハヨウございます❤」
今日は日曜日。仕事も休みだ。
さぁーて、どんな風にこいつをからかってやろうかな。
動物や植物、昆虫と話せたら楽しいなと思います。
そんな妄想から生まれたお話。