世界制服
「世界制服したい。」
「は?」
突然、そんなことを言い出した輩がいた。
我が文芸部所属の部長、 春日野麗奈である。
「だから、世界制服よ。世界制服。よくアニメや映画である…」
「あーーー、興味無い。」
そう言って耳を塞ぐ。こいつのことだ、どうせろくでもないことを言いだすにきまっている。"征服"とかいう単語が聞こえたし。
どうせ、どっかのアニメに影響でも受けて、コイツの中では悪の力で支配された地球…みたいなダークな物語が流行ってるんだろう。
高校生にもなって、こういう発言はどうかと思うぜ。まぁ、こいつのこういうところ、別に嫌いじゃないんだけど。
「だーって、制服って素晴らしいと思わない?なんていうか、エロスよね。」
「え、エロス?」
「そう、そういうプレイもあるじゃない。」
プレイ?プレイってなんだよ。
「いや、俺はよく知らんが。そんな征服スタイルがあるのか?」
「スタイル?あぁ、学校による違いってこと?そりゃあ制服目当てで入ってくる女子とかいるし……色々あるんじゃない?」
「そりゃどんなドMだ」
最近の女子はマゾヒスト化が進んでいるんですかね。どちらかというと肉食系が多いイメージなんだけど。
いや、だからこそか?
っていうか、学校によって違いがあるのか。奥が深いな征服。
「いやー人によって好みは違うと思うけどさ。」
「征服なんて、力づくで自分の思いどおりにするというか、強制的にさせるもんじゃないのか。」
「えっ!あんたそんなことしてるの?」
「いや、俺はしてねーよ。大体征服したいとかそんなこと思わねーよ。」
一体コイツの言う征服とはなんなのか。そういう性的趣向なのか?フェティシズムなのか?
とすると相手を征服したいとかそういうことか?やっぱりSMプレイ…。
う~ん、これはきついぞ。
「とにかく俺は、征服はどうかと思うぞ…」
「なんでよ!ロマンがあっていいじゃない!」
「いや、そういうプレイにしてももっとソフトにだな…優しい感じがいいだろ?」
「なに、優しい制服って。肌に優しいとかそういうこと?」
「まぁそうだな、傷つかないってことかな。」
「そりゃあ耐久度抜群ね。」
微妙に会話がかみ合ってないのは重々承知だ。そもそもこいつとはマトモに話していられないんだ。
それにしても段々わからなくなってきた。人間に対して耐久度抜群ね。とか言うか?フツー。
流石にそこまでの鬼畜ではないと信じたい。じゃないとちょっとショックだ。
「あたしも制服姿なわけだけどさ、もっと可愛い制服が……」
ん?制服姿…。
……今更だがこいつはもしかして、学校の"制服"のことを話しているのか?
そう考えると今までのすれ違いも納得のいくものだ。っていうかもっと早く気付けよ、俺。
こんな勘違いするとか、思春期で頭の中常にピンク色の中学生しかしねーよ。
バカだ。バカすぎる。恥ずかしい。
このことがコイツにばれたら多分相当バカにされる。誤魔化した方がいい。
今からでも遅くない、話を合わせるぞ!
と、主人公が気付き始めている一方で――
(あれ?もしかして"征服"の方と勘違いしてるんじゃないかしら?)
――と、こちらも勘付き始めた様子。
(そう考えると、相手の微妙にズレた発言も辻褄が合う。
これは……思いっきりからかってやるしかないわね!)
どうやら、彼女の悪戯心が疼きだしたようで。
「……えーっとまぁ、とにかく私は世界制服がしたいわけよ~。」
「お…おう!いいんじゃないかな!制服ぐらいさ!」
ハズい。バカみたい俺。
要するにこいつは、世界中の皆に制服を着せたいとかで、世界制服と読んでいたのだろう。
征服という言葉に制服をかけただけ。…どっかの誰かが思い付いてそうなネタだ。
なんだ、そう思うと重々くだらない。本当に恥ずかしくなってきた。
「法律に追加出来ないかしら、女子は年齢に限られず強制的に制服を着用する義務。」
「そりゃあ素晴らしいな。男の俺としては願ってもない事だ。」
「……そうね、制服着てるとみんな可愛く見えるし。」
その瞬間、少し切なそうな目をしたように見えたのは、気のせいだろうか。
「でもね、私そういう意味で言ったんじゃないのよ。」
「え?」
麗奈の方を見ると、真っ直ぐこちらを見つめていた。
「征服したい相手がいるの。私の思い通りにしたい。」
「お、おう……そうか。」
「誰だと思う?」
「さぁ……」
冷静にかわしつつ内心ドキドキしていた。正直俺としては満更でもない状況だった。
(あ、やっぱり"征服"と勘違いしてるんだ。)
あれ?っていうか制服の話じゃなかったのか?コイツ誰かを征服したいって言ったよな?
(どうしようっかなぁ。面白くなってきちゃった。…よし、今日にしちゃうか。)
何も言えず、少しの時間が過ぎた。
窓から差し込むオレンジ色の夕陽が、何故かとても切なく見えて、頼んでもないのにこの部屋に青春の香りを漂わせていた。
距離にしたら、ほんの数1m先ぐらい。そんなところにコイツはいるんだ。
俺には近すぎて、触れられない。……ずっと、そう思っていた。
「多分私には、あなたみたいな人がお似合いなんだと思う。」
「え?」
セリフの意味が理解できないまま、次の瞬間、俺は彼女に抱きつかれていた。
「あなたとこうやってふざけた会話をしているのは、とてもありふれたことだけど、本当はそうじゃないのよね。全て貴重な二人の時間だわ。」
何がなんだかわからなかった。ひとまず彼女は、石鹸のいい香りがした。
「でも、果たしてあなたの世界に私はいるのかしら?ちゃんと……ちゃんと、私のことを見てくれているのかしら?」
照れることもなく話す麗奈と、とまどいまくりの俺。なんて情けない。
「最初の予定とは全然違うものになっちゃったけど、いい機会だからいいわよね。」
まぁ、それでも。
「ちょ、ちょっま、まって、どういう、」
やっぱり、嬉しくないわけはなくて。
「私に、あなたの世界を征服させなさい。拒否権はないわ。」
こんなプロポーズも、こいつらしいと思った。
「え、えっと、ああ、よろしく、おねがいします……」
俺の勘違いも、案外アテにできたもんで。
恋の始まりとは、存外急なものだと知った。
文字にすればすぐわかるけど、言葉だと違いが分からない。
そしてお互い勘違い…みたいなネタは、一度やってみたかったのです。
この作品がうまくまとまったかどうかは別として(笑)