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第二話 二番目の馴れ初め

またジョニーの番です……ごめんなさい。

 星の月十日、今の天気はよく分からない。


「冗談じゃないぞ。僕はこんなどうでもいい時間を過ごすために生まれてきたんじゃない」


 誰かの耳に届くことがないのは分かっていたが、最高潮に達した苛立ちを持て余していた僕は、そう呟かずにはいられなかった。

 あのジークとかいう銀髪の騎士に捕まった後、ほどなくして僕はこの薄暗い地下室に連れてこられていた。

 正確に説明すると、たった今まで僕は、この整然と並んだ鉄格子の向こう側に入れられていたのだが、何故かつい先ほど、鉛の手枷と重たい鉄球を括りつけられたまま、外に出されてしまったのだ。

 スクイドさえ居れば、こんなチンケな拘束具なんて一発で外してしまえるのに。

 あいつはどこへ行ったんだろう――愛する親分のピンチだというのに、本当に使えない奴だ。

 大方、あの魔法使いの契約している上級精霊とやらに恐れをなして、逃げ出したに違いない。

 役立たず。

 役立たず。

 役立たず。

 黒々とした違和感が全身を駆け巡っていた。

 この後娑婆(しゃば)に舞い戻ることが出来たら、絶対に仕返ししてやる。

 あいつの苦手なものが何なのかってことはちゃんと把握してるんだ。まずはアレを死ぬほどたくさん用意して、その後で――

 暗闇の中で、僕は一心不乱に妄想を爆発させていた。

 というか、そうしないと理性を保っていられないような気がしていたのだ。


「狭い……狭い…………狭いの怖い…………怖いよおおおおおお」


 何故なら僕は、重度の閉所恐怖症だからだ。

 この部屋に出口はあるのか――

 もし無かったとしたら、僕はどうなるんだ。

 真っ黒な無限の闇に飲み込まれて、そのまま――


「スクイド、どこだ! 早く出て来い! ていうかもう、一刻も早く助けにきてください――何でもしますからああああ!」

「ちょっと……静かにしてください! 誰もいないのに、さっきから一人で何を騒いでるんですか!」


 他にも人が居たーーーーーー!!!!

 無駄に怖がらせやがって――居るなら居るで存在感ってものを出せ、存在感ってものを!

 著しく安堵を覚えた僕は、足に括りつけられた鉄球を引き摺って、声のする方へ全力で駆け出していった。


「な、なんですか――暴れるつもりなら、また牢の中へ戻ってもらいますよ」

「い、いや。そういうつもりじゃないんですけど」


 地下室の奥で、淡くゆらめく燭台の前に佇んでいたのは、僕よりも一回りほど立っ端(たっぱ)のある男だった。

 腰元に剣を帯び、仕立てのよさそうな詰襟を着ているところからすると、どうやら騎士のひとりのようである。ぱっと見た感じは僕よりも少し年上に見えるが、声質で判断する限りは、随分若い騎士のようにも思えた。

 何だろう、コイツ。

 目付きといい、挙動といい、とにかく全てが半端なく小犬っぽい。

 一見鋭利な気配を醸す目元も、その瞳の奥に宿った空色の光は、優しげというよりどこか弱々しい感触さえする。

 その時、僕の天才的な第六感がきらりと閃くのが分かった――こいつは“下っ端”だ。

 心の中でにやりとほくそ笑んだ僕は、男の顔色をちらちらと確かめながら、隙をつく機会を窺っていた。


「貴方が鉄格子の外へ出られたのは、フォルトゥナート様の恩情あってのものです。あの方のお気持ちを無駄にしないためにも、どうかおとなしくしていてください。悪いようにはしませんから」


 何だと――そうだったのか!

 ああ、フォルトゥナート嬢――なんと心優しい姫君なのだろうか。

 同意の上であるとはいえ、自分を攫おうとした僕をここまで気遣ってくれるなんて……

 いつか必ず、貴女を迎えに行くと約束します。それまで待っていてください、麗しの君!

 闇色の天井に愛しい面影を重ねていた僕は、しばらくたってからようやく、目の前の騎士が僕の方に怯えるような眼差しを向けてきていることに気付いた。

 いけない、いけない。

 人前で妄想を爆発させると、白い目で見られるのが普通なんだよな……普段あまり人と話さないから、時々暴走してしまうんだ。

 気まずくなった空気を入れ替える意味もあり、僕はコホンと小さく咳払いを零していた。


「あのう……ひとつだけお尋ねしたいんですが」

「何ですか」

「僕はどうしていきなり外に出されたんでしょうか……何も聞かされていないので、よく分からないんですが」

「じ、実は俺も詳しくは聞かされていないので、よく分かりません。ただ俺は、貴方が逃げないよう見張っていろと言われただけで――」


 言われて僕は、心の中に舌打ちの音を響かせていた。

 やっぱり下っ端は下っ端だったか。

 何とかのひとつ覚えみたいに、深い考えもないまま、上から言われたことだけを忠実に実行しようとしやがって。これだから騎士ってやつは――

 歯軋りのする思いをどうにか飲み下した僕は、気を取り直して尚も挑みかかった。


「あの……実は僕、狭いところが苦手なんです。狭いところに長時間居ると、怖くて、汗が止まらなくなって……家にいるときも、どこか窓を開けていないと落ち着かないくらいなんです」

「はあ」


 気の抜けた声で返事をした若い騎士は、細長い瞳を目いっぱいぱちくりとさせて、僕の全身をくまなく観察している。僕の言葉を疑っているということはなさそうだが、思いきり戸惑っているのがバレバレの表情だ。

 こいつ、相当気の弱そうな奴だな……よくもまあ騎士になろうなんて発想に辿り着いたもんだと思う。

 いかにも育ちが良くて世間知らずっぽいし、ものすごく従順そうだし――これはもしかすると、うまく立ち回れば何とか言いくるめられるかもしれないぞ。


「ほんの少しでいいので、外の空気を吸わせてもらえないでしょうか……さっきからもう、気分が悪くて吐きそうなんです」

「だ、大丈夫ですか? ええと……外に出すのはちょっと難しいと思いますけど、水をお持ちすることくらいなら出来ると思います。す、すみません……俺、そういうことを決められる立場に居なくて」


 そんなもん、クドクド説明しなくても見りゃ分かるっての。

 しかしどうやら、僕の読みは完璧だったらしい。

 こいつはたぶん、困ってる人間を見ると放っておけないタイプだ――きっともう少し体調不良ネタでゴリ押しすれば、露骨に隙を作るに違いない。

 またも胸の中で(わら)いを噛み潰した僕は、一気に畳み掛けることにしていた。


「実は僕、小さい頃両親からひどい虐待を受けていて――昔は折檻の挙句に狭い部屋に閉じ込められるのが日常茶飯事でした。狭いところが苦手なのはそのせいなんです。狭いところにいると、小さい頃のことが思い出されて、怖くなって――」

「そ、そうなんですか。それはお気の毒に……」


 僕の虚言をすっかり信じ込んだらしい若い騎士は、きりりと吊り上がりっぱなしになっていた眉を大きく下げ、瞳を潤ませて聞き入ってくれている。

 本当は、どういう理由で閉所恐怖症になったのかって?

 それは、小さい頃に孤児院の連中とかくれんぼをしていたら、棺の中に隠れた僕のことを誰も見つけてくれなかったからに他ならない。

 危うくそのまま火葬に出されるところだったじゃないか――かくれんぼをしていて、メンバーの全員が全員、僕のことだけを忘れるってどういうことだよ!

 あの頃の屈辱と閉塞感を思うと、今も震えが止まらなくなる。まだ聖職者の見習いをしていた頃のホープ司祭が僕を見つけてくれなかったら、どうなっていたことか。


「何とかしてあげたいのはやまやまなんですが……ああでも、どうしたら…………」


 迷え、悩め。そして僕をさっさと解放しろ!

 さっきも呟いていたが、僕にはこんなところで油を売っている時間なんてないんだ。

 牢屋の中で一緒だったあの“変な女”みたいに、こんな湿気た場所で堂々と居眠りを決め込んでいられるほど、図太い神経の持ち主でもないんだ。

 というか本気で早く帰らないと、仕事に遅刻してしまうだろうが!

 無闇やたらと図体ばかりがでかい店長に、手加減なしのゲンコツを落とされる様を思い描くと、気が気でなくなってくる。

 僕は民間人だぞ。

 民間人を守る立場に居るはずの騎士が、どうして何の罪も無い民間人をこんな劣悪な環境に閉じ込めたりするんだ!

 ひたすらまごまごとする目の前の騎士の態度も手伝って、僕はまた倍掛けで苛立ちを募らせていた。




 その時。

 それまで僕らの話し声の他は物音一つしていなかった地下室に、コツコツとブーツのかかとを踏み鳴らす音が響いていることに気が付く。

 僕と若い騎士の二人が同時に音のした方を振り返ると、そこにはもう一人の、騎士らしき男が立っていた。


「やあ、お疲れ様。アレイ、そろそろ交代の時間だよ」

「こ、交代ですか? そんな話は聞いていませんが」


 話し振りを聞く限り、後からやってきた騎士の方が、アレイと呼ばれた若い騎士よりも先輩であることは確かなようである。

 しかし、二人を包む空気がどことなく不穏に感じられるのは気のせいだろうか。

 実は僕も、後からやってきた騎士を一目見たとき、違和感を感じていたんだ。

 だってコイツ、こんなに薄暗い部屋にやってくるのに、頭からすっぽりマントのフードを被っているんだからな。

 よほどの寒がりなのか、顔そのものがコンプレックスなのか。

 マントの隙間から見える出で立ちが、アレイとそっくりな詰襟だと分かるおかげで、何となく騎士らしい雰囲気はあるものの、これでは何だか――

 逡巡する僕を尻目に、後からやってきた騎士は流暢(りゅうちょう)な口振りで話を続けようとする。


「そうかい? でも、きっと早く行った方がいいと思うよ。君の姉上が待ち兼ねていらっしゃるようだったからね」

「姉上が!? す、すぐ行きます! では、ここをお願いします!」


 おそらく生来のものではないかと思われるそのしかめっ面を、ことさら大きく歪めたアレイは、おそらく最初は僕と同じように、マントの騎士を不審がっていたのではないかと思う。

 けれど、騎士が“姉上”とやらの話を持ちかけた途端、何故か瞬く間に顔色を入れ替え、手にしていた鍵束を乱暴に騎士の手に掴ませると、脇目も振らず地下牢の階段を駆け上がっていってしまった。


「くっそ……もう少しだったのに」


 もう少しであのアレイとかいう騎士を出し抜いてやれると思っていたのに。

 また振り出しに戻ってしまったじゃないか。ちくしょう。

 歯痒さに唇を噛んだ僕は、思わず本音を漏らしてしまっていた。


「そんなに悔しそうな顔で見ないでくれないか。大丈夫だよ。私の頼みごとを聞いてくれたら、街に返すと約束するからね」


 対するマントの男は、飄々としたものである。

 見るからにコントロールしやすそうだったさっきの若い騎士とは違い、コイツはどうも一筋縄ではいかない気配だ。

 もはや、面倒臭さを押し隠す気にはなれそうもない。

 腕を組もうとして、手枷のせいでそれもかなわないことが分かると、またもや沸々と苛立ちが募ってくる。

 気が付くと僕は、明け透けに男を睨み付けていた。


「お前、誰だ? 騎士の格好をしてるけど、騎士じゃないな」

「おや、よくわかったね。完璧に変装できていると思ったんだけどなあ」


 やっぱりそうか……ふざけやがって。

 スクイドの奴が変装して助けに来た可能性も考えたが、どうもそういうわけではないらしい。

 アイツにそんな気の利いた芸当が出来るとは到底思えないし、そもそもスクイドとは、内から醸し出す空気感そのものが大きく違っている気がするのだ。


「そんなに警戒しないでくれ。私は城の関係者だよ。怪しい者じゃない」


 男にしては妙に艶っぽい唇の端を持ち上げ、クスクスと小さく笑いを零した男は、何を思ったのか、顔のほとんどを覆い隠していたマントのフードをあっさりと外した。


「ふう……顔を隠すのはどうも苦手だなあ。何だか息苦しくて」


 フードに覆われていた真っ黒い髪がしなやかに流れ、ちらりと垣間見えた切れ長の瞳にふんわりと影が落ちる。

 ゆっくりと左右に首を振り、目元にかかった髪を払い除けた男の顔立ちは、同性の僕から見ても、驚くほど整った造作をしていた。

 さっきこの僕を地下牢にぶち込んだジークとかいう男も、僕ほどではないにしろなかなかの顔立ちをしていると思っていたが、コイツの場合、ジークのそれとはちょっと違っている。

 女顔というわけではないのだが、何と言ったらいいのか――街の人間とは比べ物にならないほどの、浮世離れした品性が漂っているように感じられたのだ。

 たとえどんなにうす汚れた(なり)をしていたとしても、コイツが高貴な家柄の出身者であるということは、一目見れば誰もが信じて疑わないだろう――この男の雰囲気を例えるとするなら、まさにそんな感じだ。

 それにしてもコイツ、どこかで見た覚えがあるように感じられるのは、気のせいだろうか?

 知り合いの少ない僕が記憶している人間なんて、そうは居ないと思うんだが――


「城の関係者――役人か?」

「まあ、そんなところだよ」

「名前は?」

「名前? ええと、私はノ……ノーナだよ」


 ノーナ? 何か女みたいな名前だな。一瞬自分の名前を言い淀んだ節があったのは、そのせいなのか。

 だけど、本当の貴族っていうのは、こういう奴のことを言うんだろうな。

 一度でいいから、貴族の暮らしってものをこの目で見てみたい。

 僕が怪盗に身をやつしてこの城へ盗みに入るようになったのは、昔から彼ら“貴族”に対してそういう憧れがあったからなのだが、コイツにそれを悟られてしまうのは、何だかとても(しゃく)なような気がした。


「それで? 僕に頼みごとってなんだ。面倒なことは御免だぞ」


 極力取り乱さないようにと自らに言い聞かせ、仏頂面を見せ付けてやった僕は、わざと大きく口許を尖らせて、再びノーナと名乗った男を睨み付けた。


「そんなに面倒なことでもないと思うんだけど。ちょっとこちらへ来てくれないかな」


 僕の鋭利な視線をのらくらとかわしたノーナは、白いマントをふわふわとなびかせて、地下室の奥へと歩き出した。


「あそこに何が見える?」


 ノーナが立ち止まったのは、先ほど僕が入れられていた独房の前だ。

 鉄格子の向こう側では、相も変わらず、僕よりも先に牢屋の中へ入れられていた女が、すやすやと呑気に寝息を立てていた。

 ついさっきまでずっと、僕とノーナは地下室の階段の側にいた。

 今の今まで、唯一の出入口であるそこを誰も通らなかったのだから、地下牢の奥の様子が著しく変わっていることなんてあるはずもない。

 コイツ一体、何がしたいんだ……?

 不可解さに表情をゆがめた僕は、無理くりノーナへの回答を捻り出していた。


「何って……とくに変わったものは見えない。強いて言うなら、さっきからずっと居た囚人らしき女が、まだ寝てる」


 依然としてコイツの意図はよくわからないままだったが、ノーナは妙に納得のいったような表情で深く頷くと、にっこりと笑っていた。


「やっぱり君は、フォルトゥナートの言った通りの人だね」

「お前、あの姫君の知り合いなのか!?」

「姫君?」


 男の口から出た意外な名前に、僕は耳を疑っていた。

 コイツ、もしかしてあの魔法使いの親戚か何かか!?

 血縁者だとすれば、この浮世離れした容姿にも納得がいくというものだ――髪の色も目の色も、顔立ちのどこをとっても、全く似てないけどな!

 興奮状態に陥った僕は、気が付く頃にはもう、昂ぶった心を御する術をなくしていた。


「僕は今まで、あんなに綺麗な女性を見た事がない――あの美しさといい、高貴な雰囲気といい、きっとティル・ナ・ノーグ公爵家に縁のある人物じゃないかと思うんだが」

「ああ、それで“姫君”なのか。確かにそうかもしれないね。言われてみればあの子は、言葉通りの“囚われの姫”なのかもしれない」

「何だと!? まさか、政略結婚か何かでここに? ティル・ナ・ノーグ公って奴は何てうらやま――いや、卑劣で姑息な真似を!」

「いや、ティル・ナ・ノーグ公に政略結婚を真に受ける心積もりがあるとは思えないけどなあ。たぶん、縁談の話はうんざりするほど来ていると思うけどね」


 あの子……だと!?

 今コイツ、フォルトゥナート嬢のことを“あの子”って言ったな!?

 姫君をあの子呼ばわりできるということは、やはりコイツを公爵家の縁者と見なしてもいいということなのか。

 ということは、ここでコイツの頼みとやらを快く引き受けた上でうまく貸しを作っておけば公爵家にコネが出来るということに繋がってそうしたらそのうちフォルトゥナート嬢とも誘拐とかそういう犯罪染みた匂いのするお付き合いとかそういうのじゃなくて自然な流れで逢瀬を重ねることができたりしてそのうちあんなことやそんなことやあまつさえ×××(情操教育に相応しくない言語が使用されたため、一部の表現が削除されました)とか××××とか××とかゆくゆくは結婚とか(長いので割愛されました)


「そうだ、私の頼みを聞いてくれたら、フォルトと話す機会を作ってあげてもいいよ。何なら城のテラスでお茶でもしたらどうかな」

「な、なん……だと…………!? お前、そんな権限まで持ってるのか!」

「まあ一応ね。但し、すぐにとはいかないけれど」


 まさか……こいつは恵みの妖精の使いか!?

 いろんなことがうまく進みすぎて気絶してしまいそうだ。

 試しにすぐ側の鉄格子に頭をぶつけてみたが、死ぬほど痛い! 血も出ている! 夢じゃない!


「お前、役人のくせに話の分かる奴だな……お前の頼みなら何でも聞いてやる! さあ、早く言え!」

「君、頭から結構な量の血が出ているようだけど、大丈夫かい?」

「これは特殊メイクだ、気にするな! そんなことはどうでもいいから、早くその頼みとやらを言ってみろ!」

「何だ、そうなのか。それでは遠慮なく……ええと」

「僕の名前はジョニーだ」

「では、ジョニー。こちらへ来て、この女性を起こしてあげてくれないかな。私の頼みたいことはそれだけだよ」


 何だって? 頼みって本当にそれだけなのか?

 貴族の考えることはよく分からない。そんなもん、別にわざわざ僕に頼まなくたって、自分でやればいいだけの話じゃないのか――

 だがしかし、そんな簡単なことでコイツに恩を売ることが出来るなら、これ以上楽なことなんてどこにもないじゃないか。

 よし、やってやる――やってやるぞ!


「お安い御用だ、ノーナ! おい、女! 起きろ! 今すぐ起きろ! さもなくば×××した挙句に××るぞ!」

「あはは、随分過激なことを言うんだね。ジョニーは面白いなあ」


 脳天気にコロコロと肩を揺らすノーナを尻目に、僕は前のめりになって女を揺り起こそうとしていた。


『んん……』


 さっきここに居たときは、薄暗さのせいでよく分からなかったが、近くで見るとコイツ――かなり可愛い部類に入る女なのかもしれないと思った。

 燭台から柔らかく降り注ぐオレンジの光を映した、白金(プラチナ)のようにきらきらと輝く髪。目元を彩る同じ色の長い睫毛は、くっきりと上向きのアーチを描いている。

 柔らかそうな頬と唇に差し込んだローズピンクが、白い肌に華やかな彩りを添えていた。

 何だかコイツの顔を見ていると、さっき口走った暴言とも取れる言葉を取り消したくなるような――

 いやいや、何を考えてるんだ僕は。

 僕にはあの白雪の君プリンセス・オブ・ブランネージュという愛しい人がいるじゃないか!

 せっかくこの人の好い脳天気男が、彼女と逢う機会を作ってくれると言ってるんだから、今はそのことだけに集中しないと――落ち着け僕!

 迷いを払拭するようにぶるぶると首を振った僕は、気を取り直してもう一度大声を――あげようとしたのだが。


『ああ……お探ししておりました、私の旦那様!』

「へっ?」


 僕が荒ぶる心を落ち着かせようと四苦八苦していた矢先、銀髪女が突如として目を覚ましたのである。

 コイツ、さっきまではどんなに耳元で大声を出しても起きなかったのに……聴こえてるなら、さっさと起きろよ、馬鹿女!

 目を覚ますなり、突然僕に飛びついてきた銀髪女は、“逢いたかった”だの“これは運命だ”だの、訳の分からない台詞をまくしたてながら、やたらと興奮している。


「おい、こいつ何を言ってるんだ?」

「さあ……私にはちょっと分からないなあ」


 気付いてみれば、はしゃぎ倒す銀髪女と僕との距離は、他人では有り得ないくらい近くなっていた。

 冗談じゃない。僕はこんな女のことなんか知らないぞ。コイツ、寝惚けて僕を恋人か何かと間違えてるんじゃないのか。


 こ、恋人――!?


 自分で考えておいて、動揺が隠せなくなってしまっている。

 すがる思いでノーナに救難信号を出してみたものの、奴は相も変わらず首を傾げてニコニコと笑顔を振り撒いているだけで、少しも動こうとはしない。

 どいつもこいつも使えない奴ばかりだ――この僕が、こんなにも、こんなにも困っているのに!

 心でものを考えることすら困難になりかけていた、その矢先。


「うわ……ちょっ……! おまっ…………!」


 銀髪女の両腕に信じられないくらいの力がこもるのを感じ、気が付くと僕は、仰向けにひっくり返ってしまっていた。

 ぽかんと口を開けたノーナの顔と、壁に取り付けられたオレンジ色の燭台の光が次々と視界の端から端を駆け抜けていくのが見え、やがて。

 ゴンという鈍い音とともに、僕はとうとう、冷たく硬い地下牢の石床へ後頭部をぶつけてしまっていた。

 急激に意識が混濁する。

 そういえば僕、さっき鉄格子に頭をぶつけたせいで、異常に出血してたんじゃなかったっけ?

 後頭部からも血が出てたとしたら、もしかして血が足りなくなるんじゃ……


『たった今から、私の心と体は全て貴方のものです。だから――』


 白んでゆく視界一面に、あの銀髪女の顔が広がっているような気がする。

 ほんの少し前、不慮の事故によってあのフォルトゥナート嬢を押し倒してしまったときと似ているような、そうでないような……

 あの時とは、体勢が真逆になっているような気がしなくも無いけど、もうそんなことはどうでもよくなってきたかもしれない。

 何だかものすごく眠い――

 視界の全てが濃霧のような白に塗り込められた後、僅かに残された意識の中に、あの女の声が響いていた。


『私を貴方の妻にしてくださいませ』

ここまでお読みくださってありがとうございます!

アレイくんをお借りしました♪

ジョニーのくせにアレイを弄り倒してしまい、ホントすみません……


というかジョニー、スクイドがいないとクズ発言に誰も突っ込んでくれる人がいないっていう←

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