三章
幾日か経ち、粉雪が舞う夜。
篝火の揺れる丸石城中庭に、ひとつ、陰が落ちた。
見張りに気づかれる事を前提に、陰は中庭から縁側に入り込む。
「何奴」
部屋から放たれた声は、城主円石左門だ。
「お静かに願います。青葉の宝水にございます」
声に障子を開き、円石は一瞬怪訝な顔で宝水と名乗った男を見た。確かに、青葉党の忍び装束に身を包んでいるが、覆面をつけたままの態度に、円石の警戒は解けない。
しかし、宝水はそれを気にも止めずに、密書を懐から取り出した。
円石は密書を受け取り、中を読むと宝水を見つめた。
「雁殿が白夜とか」
「早めに潰すべきだったと、御幸様も申しています」
宝水は、籠もった声で言い返す。
「薬屋か、大麻を運ぶあれの事か」
「薬屋を捕まえるつもりが、馬借の娘を捕まえてしまいましたよ」
「なに、情報屋の娘をそれはまた、不可解な」
「結果的に、円石殿の力添えを仰ぐ次第でございます」
「ほう。それは、ここに書いてあることの実行かな」
「はい、できれば、白夜の始末も」
「あい解った。御幸殿には、呉々も宜しくと伝えてくれ」
「御意に」
用事を済ませた宝水は、蜻蛉返りする様に姿を消した。
円石は密書を火鉢にくべて焼き捨てると、部下を呼びつけて指示を与える。 指示を与えられた部下は、夜に消えた。円石はそれを見送り袖を丸めて瞳を綴じる。
夢想の果てに白夜壊滅計画を立て、伊納という部下に手紙を書いた。
筆を置き、頷く円石の眼差しは冷たく透き通っていた。
冬の沈黙に華が咲く。人はなにを思い夜を越すのだろう。白い紙の端に、短歌を書き記し、伝播の女に手紙を渡す。
女は伊納が住む土地へと馬を走らせ、円石からの手紙を渡すと、伊納は瞳を伏せたまま声を上げて笑う。
「あいわかった。円石様には宜しく伝えてくれ」
これから起きることを目の当たりにし、伊納はさっさと伝播の前を後にしようと馬に跨った。
その折り、太い槍が一対女の身体を貫いたのだ。
女は悲鳴も無く、喘ぐように冷たい土に崩れ落ち、そのまま帰らぬ人になった。
その数日を置いた後、伊納率いる数十名の青葉忍びが、ある隠れ家に集合した。話し合いは朝まで及び、あの、
「子供狩り計画」
の役割は決まったのである。
「流石に、忍路様の手口は素晴らしい」
伊納は、不思議な女忍びに酒を注いで、頭を下げた。
女は不敵に笑いかけ、肩まで伸ばした髪を紙縒で纏める。
「それで、佐久間様は」
「あの人は名前を貸してくれる大切な人、関係者が騒ぐ姿が酒の摘み」
言い放ち、杯を受け取ると一息で飲み干した。
赤間谷に火の粉が舞い、白清山の和尚が惨殺され、荒野が犬に襲われ、今昔森が壊滅に追い込まれたのは、この集会より数日後の事だった。