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悪役令嬢のスローライフ計画! 〜実家がまさかのブラック領地だったので、物理(魔法)とM&Aで国ごとホワイト企業に作り替えました〜  作者: 仁科異邦


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令嬢の膨大な魔力は、土木作業のためにある


轟音を立ててうねるルミナス川の濁流が、第三区画の土台を無慈悲に削り取っていく。


男たちが必死に土嚢を投げ込むが、水流の勢いには勝てず、次々と泥水に飲み込まれていった。


「駄目だ! 流されるぞ! 一旦下がれ!」

「お嬢様、危険です! ここはもう持ち堪えられません!」

現場監督の悲痛な叫びと、ヴィンスの制止を振り切り、クリスティアは泥濘ぬかるみに足を取られながらも川岸の最前線へと歩み出た。


容赦なく吹き付ける強風が彼女の金糸の髪を乱し、高級なドレスは泥と水飛沫で見る影もない。


「下がってどうしますの! ここが決壊すれば、第一区画も第二区画もドミノ倒しで崩壊しますわ!」

クリスティアは荒れ狂う水面を睨みつけた。

前世の知識が、彼女の脳内でフル回転する。


ただ土嚢を積むだけでは、この異常な水圧には耐えきれない。

水の勢いを殺し、土台を強固に固定するための「くさび」が必要だ。

(……やるしかないわね。この領地の、私のかわいい税収を守るために!)


クリスティアは扇子をヴィンスに押し付けると、両手を濁流に向けて真っ直ぐに突き出した。

「お、お嬢様!? 一体何を……」

「ヴィンス。私がなぜ、一介の伯爵令嬢の身でありながら、あのポンコツ王子の婚約者に選ばれたかご存知?」


クリスティアは不敵に笑った。

「私、無駄に魔力だけは高いのですわ!」

次の瞬間、クリスティアの両手から、目を開けていられないほどの眩い光が放たれた。


王太子妃教育の激務の中で、彼女が魔力を使う機会など「冷めた紅茶を温め直す」か「徹夜で冷え切った執務室を暖める」ことくらいにしかなかった。


だが本来、彼女の魔力は王宮の筆頭魔導師にも匹敵するほどの途方もない代物だったのだ。

「『大地の怒りよ、我が命に従い、堅牢なる砦となれ(アース・クリエイト)』!!」


クリスティアの詠唱(※前世の社畜時代に読んだファンタジー小説のうろ覚え)と共に、ルミナス川の川底が激しく震動した。


ズゴゴゴゴォォォッ!!

濁流を突き破り、川底の岩盤が凄まじい勢いで隆起したのだ。

それは単なる岩の壁ではない。


前世の護岸工事で見かけた「テトラポッド(消波ブロック)」の形状を模した、幾何学的な巨大岩石群だった。

複雑に組み合わさった岩の群れが、押し寄せる濁流の勢いを分散させ、見事に水圧を殺していく。


「なっ……!?」

「す、すげえ……! 岩が川の流れを変えちまった!」

呆然と立ち尽くす男たちに向かって、クリスティアは叫んだ。


「ボーッとしていないで手を動かしなさい! 私の魔法で作った基礎と土台の隙間に、土嚢と木材を限界まで詰め込むのです! 岩をワイヤーで固定しなさい!」

「お、おうッ! やるぞ野郎ども! お嬢様の魔法に遅れをとるな!!」


令嬢の規格外の魔法を目の当たりにし、男たちの士気は最高潮に達した。


「ウォォォォッ!!」と雄叫びを上げながら、彼らは自らの限界を超えた速度で土嚢を積み上げ、岩石群の隙間を埋めていく。


「ハッ、お嬢も無茶苦茶やりやがる!」

ルシアンもまた、楽しげに笑いながら大木を丸ごと担ぎ上げ、岩と土嚢の間に杭として深く打ち込んでいく。


ヴィンスも泥まみれになりながら、防水シートの展開位置を的確に指示していた。

全員が泥に塗れ、汗を流し、一つの巨大な危機に立ち向かう。


そこには身分も立場もなく、ただ「スローライフ(と領民の命)を守る」というクリスティアの執念のもとに統率された、完璧な現場チームの姿があった。


やがて、空が鉛色に染まり、夕刻の鐘が遠く領都から響いてきた頃。

「……終わった」

誰かが呟いたその一言が、合図だった。


ルミナス川の岸辺には、魔力で隆起させた岩盤を土台とし、大量の土嚢と木材、防水シートで何重にも補強された、巨大で強固な防壁が完成していた。


荒れ狂っていた水流はテトラポッド状の岩に阻まれ、大人しく本流へと押し戻されている。

これなら、明日の大型台風が直撃したとしても、簡単には決壊しないはずだ。


「……やりましたわね」

泥だらけの陣幕の前で、クリスティアは小さく息を吐いた。

魔力を大量に消費したせいで、立っているのもやっとの状態だったが、その顔には確かな達成感が浮かんでいた。


「お嬢様……! 見事です、完璧な防壁です! これで領地は救われます!」

ヴィンスが感極まった様子で駆け寄ってくる。その顔もまた泥だらけで、分厚い眼鏡はヒビ割れていた。


「ええ。皆、よくやってくれましたわ。ルシアンも、ご苦労様」

「へっ。たまにはこういう泥臭い力仕事も悪くねえな。いい運動になったぜ」

ルシアンが肩を鳴らしながら笑う。


周囲を見渡せば、疲労困憊で地面に座り込む労働者たちの顔にも、やり遂げたという安堵の笑みが浮かんでいた。


クリスティアは、最後の力を振り絞って再び木箱の上に立った。

「皆の者! 聞きなさい!」

その声に、全員が一斉に顔を上げる。


「見事な働きでしたわ! この防壁は、貴方たちの努力の結晶です! 本日の作業はこれにて終了! 報酬と特別ボーナスは、領都の広場でヴィンスから受け取りなさい!」


「うおおおおおっ!!」

「お嬢様、万歳!! ローズウッド領、万歳!!」

割れんばかりの歓声が響き渡る。

「嵐が来る前に、全員速やかに家に帰り、戸締りをして安全を確保すること!……それから」

クリスティアは、ニヤリと悪役令嬢の笑みを浮かべた。


「今日はもう定時ですわ! さっさと帰って、泥を落として寝なさい! 解散!!」


前世で最も言いたかった、そして最も聞きたかったその言葉を放ち、クリスティアは扇子を広げた。


こうして、物理的な「炎上プロジェクト」は、見事定時退社という完全勝利で幕を閉じたのだった。


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