一斉解雇のち、定時退社
「お嬢様……これ、本当に今日中に終わるのでしょうか……」
「手が止まっていますわよ、ヴィンス。口を動かす暇があったらペンを動かしなさい」
代官バルトが物理的に排除されてから数時間後。
領主邸の執務室は、さながら戦場のような熱気を帯びていた。
ヴィンスは泣きそうな顔で、次々と解雇通知書を書き上げていた。
だが、彼の作業スピードは彼自身が驚くほどに跳ね上がっていた。
理由は単純である。
クリスティアが、前世の『事務作業最適化スキル』をフル稼働させ、業務フローを完全に再構築したからだ。
「ヴィンスは定型文の代筆と法的根拠の条文番号だけを埋めなさい。横領額の算出と宛名書きは私がやります。ルシアンは書き上がった書類に公爵家の印璽を流れ作業で押していくこと。印肉が掠れないように注意して」
「へいへい、お嬢。俺ぁ裏社会で血判状を作ったことはあるが、こんな事務作業は初めてだぜ」
「オーホッホ! 経験は財産ですわ!」
クリスティアのペンは、まさに神速だった。
裏帳簿の数字を一瞥しただけで、電卓(脳内)を弾き出し、一瞬で被害総額を算出して書類に書き込んでいく。
その無駄のない動きと圧倒的な処理能力に、ヴィンスは畏敬の念すら抱き始めていた。
(このお方は……ただの高慢な令嬢ではない。領地を腐敗させていたガン細胞を完璧なメスで切除しようとしているんだ!)
ヴィンスのペンにも自然と熱が入る。
そして、時刻が夕方に差し掛かろうとした頃。
バンッ!と、執務室の重厚な扉が乱暴に蹴り開けられた。
「クリスティア様! これは一体どういうことですか!」
血相を変えて雪崩れ込んできたのは、バルトの腰巾着だった中堅役人たち十数名だった。
彼らの顔には、焦りと怒り、そして「若い娘など脅せばどうとでもなる」という侮りが露骨に浮かんでいた。
「バルト代官を不当に捕らえられたと聞きましたぞ! 領主閣下のご病気をいいことに、王都から逃げ帰ってきた世間知らずの小娘が勝手な真似を──」
「世間知らず、とは誰のことかしら?」
パチン、と扇子を閉じる乾いた音が、彼らの怒号を遮った。
クリスティアは椅子から立ち上がりもしない。ただ、冷ややかな氷の瞳で男たちを見据えた。
「ちょうどいいところに来ましたわね。一軒ずつ配達する手間が省けましたわ」
「は……? 何を言って──」
「財務管理部門、ゴードン」
クリスティアが静かに名指しすると、先頭にいた男がビクッと肩を揺らした。
「貴方、二年前の街道整備事業で身内の土建屋に相場の三倍で発注していますわね。さらに水増しした差額で、領都に愛人を囲うための別荘を建てている。……違いますか?」
「なっ……!? な、なぜそれを……!」
「徴税部門、マルク。今年の春、凶作を理由に税の減免を求めた三つの村に対し、貴方は逆に特別税を課して私腹を肥やしていますわね。ついでに村長の娘を無理やり──」
「ひぃっ!?」
「資材調達部門、ロイド。貴方の横領の手口は──」
クリスティアの口から、次々と具体的な不正の事実と、一桁単位まで正確な横領金額が告げられていく。
男たちの顔面から急速に血の気が引き、青ざめ、やがて恐怖でガチガチと歯の根を鳴らし始めた。
自分たちが密かに、絶対にバレないように行ってきたはずの悪事が、なぜ王都から昨日帰ってきたばかりの令嬢に筒抜けになっているのか、彼らには理解できなかった。
「ふふん」
(前世の国税局特捜部のドキュメンタリー番組と、クソ上司の接待費の横領手口に比べたら、貴方たちの裏工作なんて子供の小遣い帳レベルですわよ!)
内心で鼻で笑いながら、クリスティアは机の上に積み上げられた書類の束を、彼らの前にドサリと放り投げた。
「貴方たち全員分の、懲戒解雇通知書および横領金の返還請求書ですわ。明日までに荷物をまとめて領地から出ていきなさい。返還に応じない場合は、直ちに国境警備の最前線(強制労働)へ送り込みます」
「ふ、ふざけるな! 我々が一斉に抜けたら、領地の運営が回らなくなるぞ! お前のような小娘と、その無能な文官一人に何ができる!」
ゴードンが半狂乱になって吠えた。
確かに彼らの言う通りだった。
実務を回していた彼らが一斉にいなくなれば、一時的に組織は麻痺する。
それがブラック企業における「人質」の常套句だった。
だが、クリスティアは優雅に微笑んだ。
「回らなくなる? オーホッホッホ! 勘違いしないでちょうだい。貴方たちのような『余計な仕事(裏工作)』ばかり増やす無能が消えれば、業務フローは格段にスムーズになりますわ」
「き、貴様ぁ!」
逆上したゴードンがクリスティアに掴みかかろうとした。
しかし、その手が彼女に届くことはなかった。
「おっと。これ以上お嬢に近づくなら、その腕、肩から切り落とすぜ」
いつの間にかゴードンの背後に立っていたルシアンが、抜身の長剣を彼の首筋にピタリと当てていた。
冷酷な暗殺者の気配に当てられ、男たちはついに腰を抜かし、床にへたり込んだ。
「ルシアン。このゴミどもをつまみ出しなさい。敷地内を汚されたくありませんわ」
「了解だ、お嬢。ほら、お前ら、自分のクビの書類を大事に抱えて、とっとと失せな」
ルシアンに物理的に排除されていく男たちの悲鳴が、遠ざかっていく。
執務室に、再び静寂が戻った。
「……終わりましたわね」
クリスティアは扇子をデスクに置き、大きく伸びをした。
時計の針は、ちょうど夕刻の鐘が鳴る時間を指していた。
「ヴィンス。貴方の本来の業務処理能力なら、あんな連中の尻拭いがなければ、この程度の仕事は一人でも定時で回せるはずですわ」
「お、お嬢様……」
「今日からこの領地は、私による『ホワイト経営』に移行します。無駄な残業は禁止。有給休暇は完全消化。その代わり、就業時間中は死ぬ気で効率化を目指しなさい。いいわね?」
ポカンと口を開けていたヴィンスの目から、不意にボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
ずっと一人で理不尽に耐え、领地のために戦ってきた彼にとって、それは何よりも報われる言葉だった。
「はいっ……! このヴィンス・リード、粉骨砕身、定時退社のために生涯お嬢様にお仕えいたします……ッ!」
「ええ、期待していますわよ。さあ、今日はもう終業時間(定時)です。帰りなさい」
(よし! これで最大の障害は排除完了。明日からはゆっくり二度寝するわよー!)
表面上は冷徹で完璧な悪役令嬢を取り繕いながら、クリスティアの内心は歓喜のダンスを踊っていた。
こうして、わずか一日で領地の上層部を物理的・法的に「大掃除」した彼女の悪名は、また一つ領内に轟くこととなるのだった。




