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悪役令嬢のスローライフ計画! 〜実家がまさかのブラック領地だったので、物理(魔法)とM&Aで国ごとホワイト企業に作り替えました〜  作者: 仁科異邦


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夢のペーパーレス化(DX)と、消えたパスワードの悲劇


2号店のポンコツ店長による「効率化の暴走」というトラブルを乗り越え、どうにか平穏を取り戻したローズウッド・グループ本社。


しかし、CEOであるクリスティアの右腕は、すでに限界を迎えていた。

「……痛い。決裁印を押しすぎて、腱鞘炎になりそうですわ」


執務机に積み上げられた、山のような書類。

領地の税収報告書、備品の購入申請、新メニューの稟議書。

それら一枚一枚に目を通し、物理的にハンコを押す作業は、クリスティアの精神と手首をゴリゴリと削っていた。


「ヴィンス。なんとかなりませんの、この紙の山。私、もうハンコを見たくありませんわ」

「お気持ちは分かりますが、すべて社長の承認が必要な重要書類ですから」


冷酷に告げるヴィンスに、クリスティアは前世の記憶から一つの画期的なシステムを閃いた。

(そうだわ! 『電子決裁(ペーパーレス化)』よ!!)

数日後。クリスティアは莫大な予算を投じて、王都の魔導ギルドから最新鋭のシステムを導入した。


「皆様! 本日より、我が社は『完全ペーパーレス化(DX)』に移行しますわ!」

クリスティアが自慢げに掲げたのは、薄くて光り輝く石板……通称『魔法のタブレット』である。


「今後は紙を一切使いません! 申請書はこの石板に文字を書き込んで送信! 私はベッドで寝転がりながら、石板を『タップ』するだけで決裁が完了しますの! これで忌まわしいハンコ地獄とは永遠におさらばですわーっ!!」


「おおおっ……!」

「紙代の節約にもなりますし、過去の書類を探すのも一瞬ですね! さすが社長!」

ヴィンスとリリィも、新時代の到来に目を輝かせた。


かくして、ローズウッド本社の輝かしいデジタル化が幕を開けた。

——はずだった。

導入から三日目。


クリスティアが優雅にティータイムを楽しんでいると、執務室のドアがバンッと開いた。

「しゃ、社長! 大変です! 魔法の石板が動きません!」

リリィが半泣きで石板を抱えて飛び込んできた。


「どうしたの? 魔力切れかしら」

「いえ! 今朝システムがアップデートされたらしく、起動時に『セキュリティ強化のため、新しい魔力パスワードを設定してください』と要求されまして……」

リリィは震える指で石板を指差した。


「『大文字・小文字・数字・特殊記号(属性魔法)を含めた、十六文字以上のパスワード』を入力しろと言われて……適当に設定したら、自分が何を設定したのか完全に忘れてしまいましたぁぁっ!」


「なっ……! 貴方、秘書のくせに自分のパスワードを忘れるなんて……!」

クリスティアが呆れていると、今度はヴィンスが青ざめた顔で駆け込んできた。


「社長! リリィの端末がロックされたせいで、彼女が持っていた『今月の従業員への給与振り込みデータ』にアクセスできなくなりました!」

「はあああ!?」

「さらにマズいことに……そのパスワードを三回連続で間違えたため、防犯システムが作動し、本社のメインサーバー(巨大魔石)が完全にフリーズ(凍結)しております!」


「…………え?」

クリスティアの顔から、スゥッと血の気が引いた。

「メインの魔石が止まったってことは……今、社内のすべての決裁システムが止まってるってことですの……?」


「はい。領地の物流も、リゾートの予約システムも、給与計算も、すべてが停止しました」

ヴィンスが胃を押さえながら告げる。


「給料日は明日です。今日中にこのデータを復旧して銀行(商業ギルド)に送らないと、我が社の全従業員への給与の支払いが遅延します」


「全従業員の給与遅延!? それって完全なブラック企業(労働基準法違反)じゃないのぉぉぉぉっ!!!」


便利さを求めて導入した最新システムが、「パスワード忘れ」という最もアナログなヒューマンエラーによって大惨事を引き起こした瞬間だった。


「おいおい、なんだこの騒ぎは」

大パニックの本社に、ルシアンが呑気に顔を出した。

「なんか石板が光らなくなったらしいじゃねえか。ちょっと貸してみろ。こういうのは斜め四十五度から叩けば直るって相場が決まって……」


「触るなぁぁぁっ!! 物理的ショックでデータ(給与)が飛んだらどうするんですの!!」

クリスティアはルシアンの手を必死に払い除けた。


「ヴィンス! リリィ! システムの復旧は魔導ギルドのエンジニアを大至急呼んで任せなさい! 私たちは……私たちは……!」


クリスティアは、部屋の隅に追いやられていた「忌まわしい道具」を震える手で指差した。

「……緊急事態です。紙とペン、そして『ハンコ』を出しなさい」


「しゃ、社長……まさか」

「システムが直るのを待っている時間はありませんわ! こうなったら、明日の給料日に間に合わせるために、従業員全員分の給与明細と振込依頼書を『手書き』で作り直して、全部に決裁印を押すしかありませんわーーっ!!!」


「「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」」

かくして。

完全ペーパーレス化を宣言したわずか三日後、ローズウッド本社の夜には、かつてない悲壮な光景が広がっていた。


「……ヴィンス、東地区の従業員リスト、読み上げて」

「はいっ! トマス、金貨三枚! サラ、金貨二枚と銀貨五枚! 次っ!」

「リリィ! 私がサインした書類に、片っ端からハンコを押していきなさい! リズムよ! リズムを崩さないで!」


山積みになった白紙の束を前に、猛烈な勢いでペンを走らせるクリスティアと、ハンコを乱れ打つリリィ。

ヴィンスは血走った目でアナログの台帳と格闘している。


最新鋭の魔法システムを横目に、彼らは徹夜で「手作業によるデータ復旧(アナログ回帰)」という、最高に非効率で過酷なデスマーチを繰り広げていた。


翌朝。

無事に全従業員への給与振込を完了させたクリスティアたちは、朝日が差し込む執務室で、真っ白な灰になって燃え尽きていた。


そこへ、魔導ギルドのエンジニアが爽やかな笑顔で入ってくる。

「あ、社長さん! メイン魔石のフリーズ、直りましたよ! いやー、ただの接触不良でしたね! 再起動(再詠唱)したらあっさり直りました!」

「「「………………」」」


徹夜で手書きした書類の山と、一瞬で直ってしまった魔法の石板。

クリスティアは右手の腱鞘炎の痛みに耐えながら、静かに、しかし確かな殺意を持って宣告した。


「……あの石板システム、今すぐ窓から投げ捨てなさい。我が社は未来永劫、紙とハンコを愛し続けますわ……」


「「はい……(涙)」」

仕事を楽にするためのデジタル化(DX)は、時にアナログ以上の地獄を生み出す。


元社畜令嬢のスローライフは、最先端のITトラブルによって、またしても遠のいていくのであった。


パスワードを忘れる、良くありますよね。

皆様もお気をつけください。

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