閑話 効率を求めすぎるのも良くない
ローズウッド領をホワイト化し、のんびりした日々……を取り戻すはずだったクリスティア。
しかし、彼女が作った「ローズウッド・スパ&リゾート」は人気が出すぎたせいで、連日超満員。
クリスティア自身が温泉に入ろうとしても「あ、社長お疲れ様です!」
「社長、握手してください!」と客や従業員から声をかけられ、全く気が休まらなくなっていた。
「……私の! 静かなお風呂タイムが! ありませんわ!!」
領主邸の執務室で、クリスティアはバンッと机を叩いた。
「ヴィンス! リリィ! 領地の東側にある森を開拓して、今すぐ『スパ&リゾート2号店(別館)』を作りなさい! そっちに一般客を誘導して、本店は私と関係者専用のプライベート空間に戻しますわ!」
「なるほど、顧客の分散ですね! 素晴らしいアイデアです!」
「ですが社長、2号店を任せる『店長』はどうしますか? 私たちも本店の業務で手一杯ですが……」
リリィの懸念に対し、クリスティアはフッと自信満々に笑った。
「問題ありませんわ。先日、王都から『経営学を修めたエリート男爵』を中途採用したでしょう? 彼にマニュアルを渡して、2号店の全権を任せます。私はもう、一切現場の口出しはしません!」
これぞ経営者の特権「完全なる丸投げ」である。
資金を出し、マニュアルを渡し、あとは有能な部下に任せて自分は休む。完璧なスローライフ計画だった。
それから一ヶ月後。
超特急で完成した『スパ&リゾート2号店』は、華々しくオープンを迎えた。
「ふふふ……そろそろ2号店も軌道に乗った頃かしら。今日はお忍びで、新店舗の温泉をこっそり満喫してやりますわ」
クリスティアは身分を隠すため、町娘のような地味なワンピースに着替え、一人で2号店へと向かった。
有能なエリート男爵が店長なのだから、きっと極上の癒やし空間が広がっているはずだ。
しかし。
2号店の門をくぐったクリスティアは、その異様な光景に目を疑った。
「お客様! 歩くのが遅いです! 次のお客様がお待ちですので、お風呂までは小走りでお願いします!!」
「はいっ、お食事ですね! こちら、当店が誇る『完全栄養食(ただの味のしない緑色のペースト)』です! 咀嚼の時間が省けて三十秒で食べ終わります!!」
「…………は?」
従業員たちが、まるで軍隊のように客を急かしている。
楽しみにしていたはずの豪華な食事は、謎の緑色のドロドロした物体に変わっている。
さらに、温泉の入り口には巨大な「砂時計」が置かれていた。
「はい! お客様、ご入浴時間は『一人三分』です! 三分経ったら強制的にアラームが鳴りますので、速やかに上がって服を着てください! 時間は有限です!!」
「な、なんですのこの地獄施設はァァァッ!?」
クリスティアが悲鳴を上げたその時、奥からパリッとしたスーツを着た男が現れた。彼こそが、クリスティアが雇ったエリート男爵(2号店店長)である。
「おお! これはこれはお客様! 当店の『超・効率化リゾート』はいかがですか!」
店長はキラキラと目を輝かせ、早口でまくしたてた。
「クリスティア社長から『効率よく店を回すマニュアル』を頂きまして、私なりにさらに突き詰めました! お風呂の時間を三分に制限すれば、客の回転率は十倍! 食事をペースト状にすれば、料理人の調理時間もゼロ! これで利益は本店の三倍間違いなしですね!!」
「バッカじゃないのぉぉぉぉっ!!」
クリスティアの怒号が、2号店のロビーに響き渡った。
彼女は変装用の帽子をかなぐり捨て、店長の胸ぐらをガシッと掴んだ。
「ひぃっ!? しゃ、社長!? なぜこんな地味な格好で……!」
「貴方ねえ! 『効率化』の意味を根本から履き違えていますわ! リゾート施設で一番削っちゃいけない『お客様のくつろぐ時間』と『美味しいご飯』を削ってどうするんですの!!」
前世で、利益ばかりを追求して料理の質を落とし、あっという間に潰れていったチェーン店を、クリスティアはいくつも見てきた。
マニュアルの「表面」だけをなぞり、一番大切な「サービスの心」を忘れた高学歴エリートの暴走である。
「お客様の顔を見てみなさい! 誰一人リラックスしてないじゃない!」
クリスティアの指差す先では、三分で風呂から追い出された客たちが、泡だらけの頭のまま震え、味のしないペーストを泣きながら飲み込んでいた。これでは癒やしどころか、ただの耐久テストである。
「も、申し訳ありません! 利益を出せば、社長に褒めてもらえるかと……っ!」
「いいえ! 今すぐこの謎のペーストを捨てて、本店のシェフを呼びなさい! 砂時計も全部叩き割って、時間を無制限に戻すのです! ルシアンを呼んで、今すぐこの店を物理的に改装し直しますわよ!!」
結局、クリスティアはその日から一週間、本店に戻ることもできず、2号店に泊まり込みで「従業員の再教育」と「店長の根性叩き直し」という最悪の現場仕事をこなす羽目になった。
「あああああっ……! なまじ『意識だけ高いポンコツ』に仕事を丸投げすると、後始末で何倍も苦労することになるのね……っ!」
誰もいない夜の温泉で、一人涙を流すクリスティア。
「他人に任せて自分は休む」という経営者の夢は、見事にもろく崩れ去った。
彼女のスローライフへの道程には、まだまだ数多くのトラブルが待ち受けているのであった。




