夢あるフランチャイズ(FC)展開と、ブランド崩壊の危機
神聖商業連盟やヴァルハラ皇国との「不平等な包括的業務提携」を結び、大陸全土へ経済圏を拡大させたローズウッド・グループ。
『グローバル展開』の幕開けから数ヶ月後。
本社(旧王城)のCEO執務室で、クリスティアは分厚い決裁書類の山を前に、完全に虚無の表情を浮かべていた。
(……おかしい。海外展開すれば、あとは現地の人間が勝手に働いて、私には莫大な利益(不労所得)だけが転がり込んでくるはずだったのに……)
「社長! 神聖商業連盟の第三都市から、新規の『ローズウッド・スパ&リゾート』建設許可の申請です!」
「社長! ヴァルハラ皇国向けの『全自動洗濯機』の輸出関税についての調整書類です!」
「社長! 帝国支部から上がってきた今月の売上報告と、為替変動による利益率の再計算を!」
ヴィンスとリリィが、息つく暇もなく「国際業務」の書類を運び込んでくる。
事業の規模が国境を越えたことで、確認すべき事項は以前の比ではない。
通貨の違い、法律の違い、文化の違い。
それらすべてを「ローズウッド・スタンダード(超絶ホワイト基準)」にすり合わせる作業は、トップであるクリスティアの精神をゴリゴリと削り取っていた。
「……もう嫌。私、もうこんなに働きたくない」
クリスティアはついにペンを放り投げ、机に突っ伏した。
「ヴィンス。リリィ。我が社の主力事業である『温泉リゾート』や『魔導具販売』……これらを、すべて私たちが『直営』で管理するから業務量が爆発するのですわ」
「と、申しますと?」
クリスティアは顔を上げ、悪魔的な(そして前世の記憶から引き出した)ビジネスプランを口にした。
「『フランチャイズ(FC)化』ですわ」
「ふらんちゃいず……?」
首を傾げる二人に、クリスティアは扇子をビシッと突きつけた。
「ええ! 我が社の看板と、業務マニュアル(ノウハウ)を、現地の領主や商人たちに『貸し出す』のです! 実際の店舗運営や人事管理はすべて彼ら(オーナー)に丸投げし、我が社は毎月の『看板代』だけを吸い上げる! これぞ究極の不労所得システムですわ!!」
「おおおっ……!」
ヴィンスの眼鏡がキラリと光った。
「なるほど! 経営責任を現地のオーナーに分散させることで、本社の管理コストを劇的に下げる! 天才的な事業モデルです!」
「これなら、社長の決裁書類も一気に減りますね! 早速、FC加盟店の募集要項を作成します!」
かくして、クリスティアの「自分が休むための」フランチャイズ展開計画がスタートした。
ローズウッド・ブランドの圧倒的な集客力はすでに大陸中に知れ渡っていたため、加盟希望者は殺到。
神聖商業連盟の商人や、旧帝国の貴族たちがこぞってFCオーナーとなり、大陸各地に次々と『ローズウッド・スパ&リゾート(加盟店)』がオープンしていった。
(ふふふ……計画通り。これで私の仕事はロイヤリティの入金確認だけ。ついに、ついにスローライフが……!)
──しかし。
甘い夢は、わずか三ヶ月で音を立てて崩れ去ることになる。
「しゃ、社長ぉぉぉっ!! 大変です!!」
ある日の午後。
念願の昼寝を満喫しようとしていたクリスティアの執務室に、リリィが悲鳴を上げながら飛び込んできた。
その手には、これまでの決裁書類とは違う、禍々しいオーラを放つ分厚い束が握られている。
「…何よ騒々しい。FC展開のおかげで、今日の業務は終わったはずでしょう?」
「ク、クレームです!! 各地のFC加盟店から、お客様の『激怒のクレーム』が本社に殺到しております!!」
「……は?」
クリスティアがリリィから書類をひったくって目を通すと、そこには信じられない言葉の数々が並んでいた。
『温泉のお湯がぬるい上に、変な臭いがする! ちゃんと換水しているのか!(商業連盟・第三都市店)』
『従業員の態度が最悪! 目の下にクマを作ったフラフラの店員に、フルーツ牛乳を投げつけられた!(旧帝国・東部店)』
『マニュアルにあるはずの「無料の足湯」で、高額な場所代を請求されたぞ! 詐欺企業め!(ヴァルハラ皇国・国境店)』
「なっ……なんですのこれは!?」
クリスティアの顔面から血の気が引いた。
「徹底的に調査しました……!」
ヴィンスが胃の辺りを押さえながら、青ざめた顔で報告する。
「現地のFCオーナーたち……特に利益至上主義の商人や、旧態依然とした貴族たちは、我が社の『ホワイト経営の精神』を全く理解していませんでした。彼らはロイヤリティを払った後、自身の利益を最大化するために『極限のコストカット』に走ったのです」
「コストカット……?」
「はい。温泉の湯を何日も使い回す。高い給与の正規スタッフを雇わず、素人を最低賃金で長時間労働させる。
マニュアルの無料サービスを有料化する……。
結果として、店舗ごとに『サービスの質のばらつき』が極限まで悪化し、我が社のブランドイメージが急降下しております!!」
ドンッ!
クリスティアは机を両手で叩き、ワナワナと震え上がった。
「あのバカ共……! フランチャイズの絶対条件は『本部のマニュアルの完全遵守』でしょうが! ブランドの看板に泥を塗るなんて、万死に値しますわ!!」
前世で、お気に入りだったチェーン店の味が、店舗拡大と共に落ちていった時の絶望。
自分が心血を注いで作り上げた「最高の癒やし空間(温泉)」が、無能なFCオーナーの手によってブラックな劣悪施設に成り下がっている。
元社畜令嬢の逆鱗に、完全に触れた瞬間だった。
「ルシアンを呼びなさい!! 労基署、いや、本社の『FC監査部』の出番ですわ!!」
その夜、神聖商業連盟の第三都市にある『ローズウッド・スパ&リゾート(FC加盟店)』。
「へっへっへ、ローズウッドの看板さえ掲げておけば、ボロい湯でも客は勝手に入ってくる。
従業員にはサービス残業をさせれば、丸儲けだぜ」
FCオーナーである悪徳商人が、帳簿を見ながら下劣な笑みを浮かべていた。
その時、店の入り口の豪華なガラス扉が、物理的に粉砕された。
「な、なんだ!?」
「ローズウッド・グループ本社、FC特別監査部だ」
ガラスの破片を踏み越えて入ってきたのは、黒コートを羽織ったルシアンと、屈強な労基署(元・第一騎士団)の面々だった。
「て、本部!? なぜこんな夜更けに……」
「マニュアル違反、労働基準法違反、および重大なブランド毀損。……てめえらみたいな寄生虫が、うちの社長の看板を汚すな」
ルシアンが冷酷に言い放つと同時、レオンハルトたちが一斉になだれ込み、過労で倒れかけていた従業員たちを保護し、悪徳オーナーを拘束した。
「ひぃぃっ! や、やめろ! 私は高い加盟料を払ったんだぞ!」
「安心しな。契約書の第十八条第二項、『重大な規約違反による契約の即時解除、および違約金の請求』に基づいて、きっちり絞り取ってやるよ」
大陸各地の「悪質FC加盟店」で、労基署による容赦ない物理的制圧(監査)と、強制的な営業停止処分が下された。
数日後。本社・CEO執務室。
「……結果として、大陸全土に展開したFC店舗の『八割』を契約解除いたしました」
ヴィンスが、重々しい声で報告した。
「悪質なオーナーたちからは違約金をもぎ取りましたが……失われた顧客の信頼を取り戻すには、時間がかかります。やむを得ません、『事業縮小』です。
今後は、本社の目が行き届く範囲での『直営店のみ』に絞り、品質管理を徹底します」
「ええ……そうね。拡大路線を急ぎすぎた、私の経営判断のミスですわ」
クリスティアは深くため息をつき、頭を抱えた。
直営店のみに事業を縮小する。それはつまり、量より質への回帰である。
経営判断としては正しい。正しいが……。
「というわけで、クリスティア社長!」
リリィが、涙目で分厚い書類の山脈(いつもの五倍)を台車に乗せて運んできた。
「FC店舗の閉鎖に伴う『顧客への謝罪文および返金対応』、保護した現地従業員の『直営店への再雇用・配置転換の手続き』、そして事業計画の大幅な見直しによる『投資家(各国の王族)への説明資料』です!!」
「……」
クリスティアの顔面が、スゥッと白く燃え尽きた。
「事業を畳む(縮小する)という手続きは、事業を始める時の何倍も法務・財務の手間がかかるのです! さあ社長! ブランドの信頼回復に向けた、真の『事後処理デスマーチ』の始まりです!!」
「いやああああああああっ!! 結局私が一番割を食ってるじゃないのよぉぉぉぉっ!!」
楽をするために始めたFC展開が、サービスの質のばらつきという典型的な失敗を招き、結果として「事業縮小に伴う膨大な事後処理」という最悪のブーメランとなって返ってきた。
クリスティアの「定時退社への道」は、またしても遥か彼方へと遠ざかるのであった。




