悪質なクレーマーには、コンプライアンス遵守の物理的排除を その2
数十分後、VIPルーム。
土下座させられている商業連盟の重鎮と皇国の将軍の前に、クリスティアが数枚の分厚い書類をドサリと投げ落とした。
「威力業務妨害、器物損壊、無許可の危険生物持ち込み、ならびに動物(魔獣)愛護法違反……。しめて、金貨一千万枚の損害賠償をご請求いたしますわ」
「い、いっせんまん……っ!?」
「ば、馬鹿な! そんな額、我が国の国家予算の半分に匹敵するぞ!」
二人が顔面蒼白になって叫ぶが、クリスティアは扇子でピシャリと机を叩いた。
「払えないなら、武力で国ごと頂いてもよろしくてよ? 労基署は、貴方たちの国のブラック企業を全部物理で解体したくてウズウズしているようですし」
「ひぃっ……!」
圧倒的な武力(労基署)を前に、二人はガタガタと震え上がった。国ごと奪われる(M&Aされる)ことだけは絶対に避けなければならない。
だが、クリスティアは内心で全く別のことを考えていた。
(冗談じゃないわ! これ以上、他国を吸収合併なんてしてみなさい! 法律も文化も違う国をゼロからホワイト化するなんて、私(CEO)がさらに過労死に近づくだけじゃないの! 国の運営なんて面倒くさいこと、絶対にやってたまるもんですか!)
クリスティアは、氷のような冷酷な笑みを浮かべてみせた。
「……安心なさい。わたくしも鬼ではありません。国を差し出せとは言いませんわ。その代わり、この『賠償金分割払い・および包括的業務提携契約書』にサインしていただきます」
ヴィンスが進み出て、新たな書類を二人の前に広げた。
「提携、だと……?」
「ええ。条件は三つ。
一つ、賠償金は『百年ローン(超高金利)』で支払うこと。
二つ、関税を撤廃し、我がローズウッド・グループの商品を優先的に国に流通させること。
三つ……貴方たちの国に、我が社の『監査用海外支部』を置くことを認めること」
それはつまり、「莫大な借金で首根っこを掴み、自社の製品を売りつけることで経済を完全に支配する」という、極めてえげつない不平等条約(経済的囲い込み)であった。
「なっ……! そんな条約を結べば、我が国は永遠にローズウッドの経済的属国(下請け)ではないか!」
「お嫌なら、今すぐ一千万枚を現金で一括払いしてくださいな。……さあ、どうします?」
逃げ場を完全に塞がれた二人は、ガックリと床に崩れ落ちた。
国そのものの主権はギリギリ保たれる。
だが、経済の心臓部を完全に握られる。屈辱に震えながらも、彼らはその場で契約書にサインするしかなかった。
「……確認しました。これにて、神聖商業連盟およびヴァルハラ皇国との『巨大経済ブロック協定』が正式に締結されました!!」
ヴィンスが眼鏡を押し上げ、高らかに宣言する。
二人の敗残者がトボトボと部屋を退出していくのを見送りながら、クリスティアは心の中で激しくガッツポーズを決めた。
(勝った! 国を奪う(M&A)という最悪の事務作業を回避しつつ、莫大な利益と安全だけを確保したわ! これで競合他社は我が社の言いなり! これこそ究極の平和的スローライフ戦略よ!!)
「終わった……。ついに、当面の面倒事は全て片付いたのね……!」
クリスティアはティーカップを置き、安堵の涙を拭った。
明日からは、他国の脅威に怯えることなく、自国の利益でダラダラと昼寝ができるのだ。
「クリスティア社長!! 素晴らしい外交手腕です!!」
ヴィンスとリリィが、満面の笑みでクリスティアの両手を強く握りしめた。
「戦争を回避し、大陸全土に我が社の経済圏を広げる『グローバル展開』の第一歩! つきましては、新設される『海外支社』の設立準備、国際為替レートの調整、異文化圏向けの新商品開発、ならびに駐在員の就労規則の策定プロジェクトを『明日から』開始いたします!」
「……え?」
「国境を越えた多国籍企業への成長となれば、これまでの国内事業の比ではありません! 海外との法務調整や輸出入の管理で、社長に決裁していただく書類は、これまでの『五倍』になります!!」
ドンッ! ドドンッ!!
VIPルームの扉が開き、元・帝国のエリート文官たちが、山のような書類の束と、見たこともない外国語の資料を次々と運び込んでくる。
「安心して下さい! 我が社が大陸の経済を完全に掌握し、グローバル市場を制覇するその日まで! 私たちも適法なシフトを組みながら、死ぬ気で社長をサポートします!!」
「さあ社長! 大陸の歴史上、最も過酷で最も偉大な『究極のグローバル・デスマーチ』の始まりです!!」
「………………」
全てを手に入れた敏腕CEOの執務室に、あっという間に「国際業務」という名の新たな書類の山脈が築き上げられていく。
世界は平和になり、敵国は顧客に変わった。
しかし、「事業の海外進出」というものは、経営者にとってM&Aと同等かそれ以上に、果てしない業務拡大を意味するのだ。
「いやあああああああああああああああああっ!!!! だから私の、私のスローライフはどこぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
美しい夕焼け空に響き渡る、多国籍企業のトップ(元社畜)の、血を吐くような絶叫。
悪役令嬢のスローライフ計画。
競合他社との戦いは終わったが、彼女の『定時退社』への道は、海と国境を越えてさらに遠ざかっていくのだった。




