悪質なクレーマーには、コンプライアンス遵守の物理的排除を その1
メインタワーのVIPルームで、クリスティアは優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
眼下に広がる「ローズウッド・グローバル・フェスタ」の会場は、大盛況の一言に尽きた。
神聖商業連盟の商人たちは魔導具の爆買いに走り、ヴァルハラ皇国の兵士たちは足湯と美味い飯ですっかり骨抜きにされている。
「完璧ですわ。このまま閉会式まで何事もなく進めば、両国は完全に我が社の経済圏に取り込まれます」
「ええ。すでに連盟からは『技術提携』の、皇国からは『食糧の定期輸入』の打診が来ております。もはや彼らに戦争を起こす体力も意志もありません」
ヴィンスの報告に、クリスティアは満足げに頷いた。
(よし! 計画通り! これで私の休日は守られた!)
だが、悪役令嬢(元社畜)の希望的観測は、いつだって最悪の形で裏切られる運命にある。
ズドゴォォォォォォンッ!!
突然、会場の北側エリアから凄まじい爆発音が轟き、大地が激しく揺れた。
優雅に傾けていたティーカップから紅茶がこぼれ、クリスティアの純白のドレスに染みを作る。
「……何の音ですの?」
クリスティアの顔からスッと表情が消え、声の温度が絶対零度に下がった。
「しゃ、社長! 緊急事態です!」
リリィが血相を変えて通信魔導具を持って飛び込んできた。
「会場の北側ゲート付近に、突如として『巨大な魔獣』が出現しました! ヴァルハラ皇国の将軍と、神聖商業連盟の重鎮が、裏で手を組んで密輸した『改造ベヒーモス』です!!」
「改造……ベヒーモス?」
「はい! 連盟の財力で非合法の薬物を大量投与し、皇国の軍事魔法で理性を焼き切った、いわば『不眠不休で暴れ回る最悪の生物兵器』です! 彼らはこれを我が社のフェスタで暴れさせ、イベントを台無しにするつもりです!」
眼下を見下ろすと、確かに体高十メートルを超える禍々しい漆黒の魔獣が、展示ブースを薙ぎ払いながら咆哮を上げている。
逃げ惑う来場者たち。そして、その混乱の安全圏から、連盟の商人と皇国の将軍が拡声器で叫んでいた。
『はーっはっは! 見ろ、ローズウッドの腑抜け共! 怠惰な貴様らの防衛設備など、我が連盟の資金と皇国の力が生み出した究極の兵器の前には紙屑同然よ!』
『休んでばかりいるから、いざという時の危機管理ができておらんのだ! このまま会場ごと踏み潰してくれるわ!』
自国の部下たちが骨抜きにされたことに焦ったトップ二人が結託し、あろうことか「イベント会場へのテロ行為(物理的クレーム)」という最悪の手段に出たのだ。
VIPルームは静まり返った。
ヴィンスもリリィも、青ざめた顔でクリスティアを見つめている。
「……ヴィンス」
「は、はい!」
「あの魔獣が今壊した北側のパビリオン、総工費はいくらでしたっけ?」
「金貨にして……約五十万枚かと」
「……」
クリスティアの額に、ピキィッ、と太い青筋が浮かび上がった。
「神聖なる業務時間中(イベント中)に、アポなしで巨大ペットを乱入させた挙句、我が社の備品を破壊した……」
クリスティアは、汚れたドレスの裾を乱暴に引きちぎり、ギリッと奥歯を鳴らした。
「許しませんわ。絶対に、万死に値しますわ! ルシアン! レオンハルト!!」
クリスティアの怒号が通信魔導具越しに会場全域へ響き渡った。
『応、聞こえてるぜお嬢。……いや、社長』
『ハッ! 労基署実働部隊、スタンバイ完了しております!』
現場にいたルシアンとレオンハルトの声が響く。
「あの悪質なクレーマー(魔獣)と、それを持ち込んだバカ共を、今すぐ物理的に『出禁(排除)』になさい! もちろん、会場のお客様には指一本触れさせるんじゃないわよ!!」
『了解!』
パニックに陥る会場北側。
暴れ狂う改造ベヒーモスが、巨大な爪を振り上げて次のブースを破壊しようとした、その瞬間。
「おいおい、そんなに目を血走らせて暴れ回るなんて。お前、何日徹夜させられてんだ?」
ベヒーモスの巨大な腕を、たった一本の長剣がピタリと受け止めていた。
黒いコートを翻すルシアンである。
「グルルルルルッ!?」
己の腕が小柄な人間に止められたことに、魔獣が驚愕の声を上げる。
「薬漬けにされて、理性を飛ばされて、休みなしで働かされる。……全ったく、どこの世界にもドス黒いブラック経営者ってのはいるもんだな。同情するぜ、デカブツ」
「レオンハルト局長! 被疑獣の拘束準備、完了しました!」
ルシアンの背後から、漆黒の鎧を着たレオンハルトと、元・第一騎士団の面々が太い鋼の鎖(牽引用の魔導ワイヤー)を構えて飛び出してきた。
「よし! 違法残業を強いられているあの哀れな労働獣を、我々の力で強制退勤させるぞ! 労基署、突撃!!」
「「「定・時・退・社ァァァッ!!」」」
彼らはもはや、ただの騎士ではない。完全週休二日制と温泉で鍛え上げられ、モチベーションがカンストした『最強のホワイト集団』である。
「おおおおっ!」
数十人の元騎士たちが、ワイヤーで巨大ベヒーモスの四肢を瞬く間に縛り上げる。
「グガァァァァッ!?」
力任せに暴れる魔獣だったが、毎日八時間睡眠でコンディション抜群の筋肉集団の拘束を振り解くことができない。
「そら、おやすみの時間だ」
ルシアンが跳躍し、長剣の柄で、ベヒーモスの眉間を完璧なスナップを効かせて強打した。
ゴォォォォンッ!!
鈍い音が響き、薬物で暴走していた魔獣の瞳からスッと光が消える。
そして、ズドォォォン! と地響きを立てて、ベヒーモスはその場に崩れ落ち、スヤスヤと深い眠り(気絶)についたのだった。
「……は?」
拡声器を持ったまま、商業連盟の商人と皇国の将軍が硬直した。
彼らの切り札であった最悪の生物兵器が、ものの数分で「鎮圧」されてしまったのだ。
「あー、そこのクソブラック経営者のお二人さん」
いつの間にか、彼らの背後にルシアンが立っていた。
その凶悪な笑顔に、二人はヒィッと悲鳴を上げる。
「うちの社長がお呼びだ。たっぷり『請求書』の話があるそうだから、逃げるんじゃねえぞ?」




