デスマーチ(イベント準備)の果てに開かれた、魅惑のグローバル・フェスタ
「ローズウッド・グローバル・フェスタ」の開催決定から、怒涛の二週間が過ぎた。
国境の緩衝地帯に突如として現れた巨大なイベント会場。そこには、短期間で建てられたとは思えないほど頑丈で美しいパビリオンの数々が立ち並んでいた。
最新の魔力建築技術と、適切なシフト管理(これ重要)によって成し遂げられた突貫工事の結晶である。
だが、その裏で。
イベントの最高責任者であるクリスティアは、本社の執務室で完全に干からびていた。
「……あ、あはは……書類が、書類が手足をはやして踊っているわ……」
目の下には見事なクマ、焦点の合わない瞳。
出展ブースの配置、予算の最終承認、警備体制の確認、近隣への騒音対策(魔物除け)、さらには各国のVIPへの招待状の文面チェック。
イベントの準備というものは、当日までの「トラブルの予測と回避」の連続である。有能なヴィンスやリリィが実務をこなしても、最終的な「Goサイン」を出すトップの精神的・肉体的負担は計り知れない。
「社長! 目を開けてください! あと三時間で開会式です!」
リリィがクリスティアの肩を揺さぶり、特製の「エナジー・ポーション(シロ特製の高濃度ハーブティー)」を無理やり流し込む。
「けほっ! げほっ! ……やってやりますわよ。ここまで来たら、意地でも連中の度肝を抜いて、二度と戦争なんて起こさせないようにしてやりますわ……!」
血走った目で立ち上がるクリスティア。
彼女の「絶対に戦争(超絶残業)を回避して定時退社する」という執念が、限界を超えた肉体を動かしていた。
そして迎えた、フェスタ当日。
国境の緩衝地帯には、異様な空気が漂っていた。
会場の西側ゲートからは、煌びやかな馬車と武装した傭兵団を引き連れた『神聖商業連盟』の視察団。
北側ゲートからは、一糸乱れぬ行軍で地鳴りを響かせる『ヴァルハラ皇国』の将校と兵士たち。
両軍合わせて数万という、一触即発の「軍事デモンストレーション」である。
彼らは共通して、ローズウッド・グループを「怠惰な労働環境で成り上がった、脆弱な成金国家」と見下していた。
「フン。見本市だと? 戦を恐れて媚びを売りに来たか。せいぜい我ら連盟の商人たちを感心させてみよ」
神聖商業連盟の重鎮は、鼻で笑いながら会場へ足を踏み入れた。彼らの後ろには、荷物持ちとして酷使されているボロボロの債務奴隷たちが続いている。
「軟弱な。休んでばかりの兵や民に、何が作れるというのだ。我が皇国の『精神力』の足元にも及ばん」
ヴァルハラ皇国の将軍もまた、厳格な顔つきで門をくぐった。彼らの後ろには、「疲労や空腹を口にすることは恥」と洗脳され、無表情で直立歩行する兵士たちが並んでいる。
だが彼らがゲートをくぐり、メインストリートに出た瞬間。
その傲慢な態度と洗脳は、圧倒的な「物理(ホワイト環境)」によって殴り飛ばされることになる。
「いらっしゃいませー!! こちら、元・帝国魔導師団が開発した『全自動・魔力洗濯乾燥機』のデモンストレーション中です! これさえあれば、真冬の水仕事から解放されますよ!」
「天然温泉の足湯ブースは無料です! 長旅で疲れた足腰を、ぜひ癒やしていってください!」
「焼きたての串焼き、いかがですかー! 領地で獲れた最高級のオーク肉に、特製の甘辛タレを絡めてます!!」
ズドォォォン!! と。
視覚、聴覚、そして何より嗅覚に、暴力的なまでの情報が押し寄せてきた。
「な、なんだこの活気は……!?」
商業連盟の重鎮が目を見開く。
彼らの国(連盟)の市場は、商人が奴隷をムチで叩き、疲労困憊の顔で商品を並べるのが普通だ。
しかし、ここの出展者たちは違う。皆、肌ツヤが良く、声に張りが満ち、何より「自分の仕事(自社製品)」を心から誇り、楽しそうにプレゼンしているのだ。
これが、適切な休息と給与を与えられた「モチベーションの高い社員」の姿である。
「お、おい! 見ろあの機械を! 魔力を少し注ぐだけで、勝手に布を洗い、乾かしているぞ! あれがあれば、奴隷を使わずともクリーニング業が……っ」
連盟の商人たちが、最新の魔導具ブースに群がり始めた。
労働力を「人間(奴隷)」に依存している連盟にとって、業務を自動化するテクノロジーは喉から手が出るほど欲しい技術だった。
一方、ヴァルハラ皇国の兵士たちは。
「……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
「精神力」で空腹を抑え込んでいたはずの彼らの胃袋が、一斉に反乱を起こしていた。
風に乗って漂ってくる、オーク肉の串焼き、濃厚なチーズを乗せたパン、そして甘く香ばしいお菓子の匂い。
「将軍閣下……あの、その……」
「馬鹿者! 敵の罠だ、決して惑わされるな! 精神を統一し──」
「おっと。お客さん、ずいぶん腹を空かせてるみたいだな」
将軍の言葉を遮るように、黒いコートを着たルシアンが、山盛りの串焼きとシチューを持ったワゴンを押して現れた。
「試食(無料)だ。食ってみな。もちろん、毒なんて入ってねえよ。うちの『社長』は、客にそんなケチな真似はしねえからな」
ルシアンが兵士たちに温かいシチューを差し出す。
「試食」という合法的な免罪符を与えられた瞬間、ヴァルハラ皇国の兵士たちの精神力(洗脳)は音を立てて崩壊した。
「う……うまいっ!! なんだこの肉は! 溶ける! スープが温かい……っ!」
「おい、この串焼きもヤバいぞ! 毎日木の実と干し肉しか食ってなかった俺たちの胃袋に、ダイレクトアタックしてきやがる……!」
ガツガツと、涙を流しながらシチューを貪り食う皇国兵たち。
それを見た将軍が「貴様ら! 皇国軍人の誇りを忘れたか!」と怒鳴るが、もはや誰も聞いていない。
さらに、足湯ブースでは。
「ああっ……足が、足の疲れが抜けていく……」
「こんなに温かくて気持ちいいものが、この世にあったなんて……」
重い荷物を背負わされていた商業連盟の債務奴隷たちが、足湯に浸かって次々と昇天していた。
「おい貴様ら! 誰が休んでいいと言った! 早く荷物を持て!」
連盟の商人がムチを振り上げようとした瞬間。
ガシッ!
「お客様。当イベント会場内での『パワハラ・暴行行為』は固く禁じられております」
笑顔のレオンハルト(労基署局長)が、商人の腕を万力のような力で掴み取った。
「な、なんだ貴様は! 離せ!」
「離しませんよ。奴隷の方々も、今は立派な『お客様』です。……もしこのルールが守れないというのなら、物理的な『強制退場』となりますが、よろしいですか?」
レオンハルトの背後で、かつての第一騎士団の面々が、ピカピカの笑顔のまま拳をボキボキと鳴らす。
その圧倒的な「コンプライアンス(武力)」の前に、商人は青ざめてムチを下ろすしかなかった。
メインタワーの最上階。
VIPルームから会場の様子を見下ろしていたクリスティアは、優雅に紅茶のカップを傾けた。
目の下にはまだクマが残っているが、その口元には会心の笑みが浮かんでいる。
「ふふふ……見なさいヴィンス、リリィ。資本主義の亡者も、軍事国家の狂信者も、結局のところ『圧倒的な豊かさと人間らしい喜び』の前には抗えないのですわ」
「お見事です、社長。すでに連盟の商人たちから、魔力洗濯機や温室栽培セットの大量発注(爆買い)が相次いでおります。これで彼らの経済は、我が社の技術なしでは回らなくなります」
ヴィンスが分厚い受注書を掲げて報告する。
「皇国兵のほうも、足湯とシチューのコンボで完全に戦意喪失しています。
すでに百名以上の兵士から『どうすればローズウッド・グループに転職できますか?』と内密に相談を受けております!」
リリィも誇らしげだ。
(完璧ね! 戦争の火種を完全に消し去り、逆にうちの商品を買わせて経済的支配下に置く。これで、二つの超大国すらも、我が社の『お得意様』という名の飼い犬に成り下がるわ!)
クリスティアの「絶対に定時で帰るための防衛戦略」は、見事に両国の末端社員たちの心をへし折り、圧倒的な大成功を収めつつあった。
しかし、この超大国たちが、これで大人しく引き下がるほど甘い相手ではないことを、彼女はまだ知る由もなかった。
フェスタの裏側で、両国のトップが恐るべき「妨害工作(嫌がらせ)」を仕掛けようとしていることに。




