帝国の闇と、想定外のハイスペック人材(転職組)
十万人の帝国兵が「ビーフシチュー」という名の契約金に釣られ、一斉にローズウッド・グループへ中途採用(投降)してから数時間後。
国境に設営された巨大な臨時人事本部のテントでは、ヴィンスとリリィが魔法の高速筆記ペンをフル稼働させ、新入社員たちの「経歴調査票(履歴書)」を仕分けていた。
「はぁ……。十万人分もの雇用契約、さすがに骨が折れますわね」
クリスティアは社長椅子に深く腰掛け、シロが淹れた冷たいハーブティーを飲みながら、山積みになった書類を遠い目で眺めていた。
「ヴィンス。適当に仕分けておきなさい。どうせ、たいした候補はいないでしょうから。
帝国の末端兵士なんて、農家の三男坊か、力自慢の荒くれ者ばかりでしょうから。彼らには物流の荷出しや、温泉街の警備でもやらせておけば十分ですわ」
クリスティアは、今回の大量採用を「戦争を回避するためのコスト」程度にしか考えていなかった。未経験の新人十万人を教育するコストを考えれば、むしろ赤字かもしれないとすら思っていた。
だが、ヴィンスの手がピタリと止まった。
「……お、お嬢様。これ、ちょっと見ていただけますか?」
「なんですの? 給与の振込口座の不備?」
ヴィンスから手渡された数枚の調査票を、クリスティアは気だるげに受け取った。
だが、そこに記された「前職」と「保有スキル」の欄を見た瞬間、彼女の目は見開かれ、口に含んだハーブティーを吹き出しそうになった。
「……は? 帝国第一魔導師団、副団長? 属性魔法三系統をマスター、宮廷魔導具の設計経験あり……。
こっちは、帝国軍需物資管理部の元部長? 国家予算規模のロジスティクス構築実績……。
さらにこっちは、暗号解読のスペシャリストに、古代建築の修復技術者!?」
クリスティアは次々と書類をめくった。めくればめくるほど、そこには一国家を支えるレベルの「超ハイスペック人材」の名前がずらりと並んでいた。
「な、何ですのこれ!? すごい経歴…戦力じゃないの。
いったいどうしたんですわ!! なぜ、これほどの天才たちが、一介の歩兵として最前線で泥水を啜っていたのですの!?」
「……お嬢様、聞き取り調査の結果、信じられない事実が判明しました」
リリィが、いつになく暗い顔で報告する。
「帝国皇帝は『実力主義』を掲げる一方で、極度の被害妄想に取り憑かれていたようです。優秀な人材が自分を脅かすことを恐れ、実績を上げた者から順番に、全く専門外の部署や、最前線の歩兵連隊に『懲罰人事』として飛ばしていたのです……!」
「……は?」
「この魔導師団の副団長は、魔法の研究予算を『兵士の有給休暇に回すべきだ』と進言した翌日に、杖を取り上げられて最前線で穴掘りをさせられていたそうです。物資管理の部長は、無茶な進軍計画に『兵站が持ちません』と正論を吐いた結果、兵卒に格下げ。皆、皇帝の理不尽なパワーハラスメントに絶望していました」
クリスティアの額に、静かに怒りの青筋が浮かんだ。
「……要するに、あのクソ皇帝は、ダイヤモンドを石ころとして扱っていたわけですわね」
前世の記憶が疼く。
有能な社員が正論を吐くたびに「生意気だ」「俺のやり方に従えないなら辞めろ」と窓際に追いやり、会社を崩壊させていった無能な独裁上司たちの顔が重なる。
「ヴィンス。今すぐこのハイスペック組を『経営戦略室』と『技術開発部』に直属で配属なさい。彼らには、我が社の最高待遇と、これまでの不遇を補填する特別ボーナスを約束します」
「はっ! 彼ら、自分たちの専門知識がホワイトな環境で活かせると知って、感極まって泣いております!」
「いいわ、その涙を皇帝への『復讐(仕事)』に変えさせなさい」
クリスティアは立ち上がり、ルシアンとレオンハルトを見た。
「ルシアン、準備はいいかしら。帝国軍が十万の軍勢を失った今、あの皇帝を守る壁はもう無いに等しいわ。……ですが、ただ首を取るだけでは生ぬるいですわね」
「ハッ、お嬢。何か悪いこと考えてるな?」
ルシアンが楽しげに剣を鳴らす。
「ええ。皇帝には、自分がどれほど『優秀な資産(人材)』をドブに捨てていたのか、その損失額を身を以て理解していただきますわ。我が社の新入社員(元帝国エリート)たちの知識をフル活用して、皇帝の前線基地を『完全封鎖』しにいきますわよ!!」
クリスティアの号令に、救われた天才たちと労基署の精鋭たちが、かつてない熱量で応えた。
ブラック帝国の終焉は、自らが使い潰した「有能な部下たち」の手によってもたらされようとしていた。
(よし、これで戦力は想定外に増強されたわ! あのクソ皇帝に、最強の「退職勧告」を突きつけてやりますわよ!!)




