帝国侵攻(イレギュラー案件)と、究極のワンオペ防衛線
話の流れがおかしくなっている気がする‥
王城の最高役員会議室。
深夜にもかかわらず、煌々と魔石ランプが照らす室内には、かつてないほどの殺気とキーボード(※魔道具の計算機)を叩く音が響き渡っていた。
「ヴィンス! 東部国境の物流ネットワーク(補給線)の最適化は終わりましたの!?」
「完了しております! 通常の三倍の予算(特別手当)を投入し、第一騎士団の輸送部隊が物資を前線にピストン輸送中です!」
「リリィ! 避難民の誘導と、彼らの『有給休暇』の処理は!?」
「各地方の支社長(旧領主)にマニュアルを通達済みです! 避難所での温かい食事と寝床の確保、ならびに戦時特別休業補償の支給手続き、滞りなく進んでおります!」
社長椅子に座るクリスティアのペンは、もはや目にも留まらぬ速さで決裁書類を捌いていた。
怒り、絶望、そして「休日の予定(温泉とエステ)」を完膚なきまでに粉砕された怨念が、彼女の処理能力を限界突破させていた。
「だいたい、十万の軍勢って何ですの!? 事前の宣戦布告もなしに突然押し寄せてくるなんて、ビジネスマナーの欠片もありませんわ!!」
バンッ! と机を叩く音が響く。
「クリスティア社長、落ち着いてください。敵は武力を背景にした『悪質な同業他社』。彼らの目的は我が国の資源と温泉の強奪です」
ヴィンスが冷静に状況を分析する。
「ええ、分かっていますわ。……ですが、我が国の労働者(領民)たちを戦場に駆り出すつもりは一ミリもありません。
素人を徴兵したところで生産性が落ちるだけ。それに、怪我でもされたら莫大な労災保険が飛びますもの!」
クリスティアはギリッと奥歯を噛み締めた。
戦争とは、究極の「赤字事業」である。
領民に武器を持たせれば、畑や工場が止まる。
それは不労所得の減少に直結する。
絶対に避けねばならない。
「防衛は全て、専門のプロフェッショナル(アウトソーシング)に一任します! ルシアン! レオンハルト!」
「「応!!」」
控えていた二人の局長(物理)が、力強く一歩前に出た。
「いいですか。敵の十万の軍勢は、我が社の『完全週休二日制』を怠惰だと侮って攻めてきています。
ならば、そのホワイトな環境で鍛え上げられた労働力が、どれほど理不尽で凶悪か……その身に叩き込んでやりなさい!!」
「ハッ! 任せとけ。徹夜行軍なんかでフラフラの連中に、俺たち『毎日八時間睡眠&温泉上がり』の精鋭が負けるわけがねえ」
ルシアンが凶悪な笑みを浮かべ、長剣の柄を叩く。
レオンハルトも、ピカピカに磨き上げられた漆黒の鎧を鳴らした。
「我が労基署(旧・第一騎士団)の誇りにかけ、社長の休日を奪う害悪は、国境にて全て『強制退勤』させてご覧に入れます!」
「頼みましたわよ! さあ、我がグループの全精力を懸けた、理不尽な防衛プロジェクト(クレーム対応)の開始ですわ!!」
その頃、東部国境に迫るガルディア帝国の先鋒軍・三万。
「進め! 進めぇっ! 夜明けまでに国境を突破し、ローズウッド領の豊かな農地を蹂躙するのだ!」
帝国軍の先鋒を任されたザイード将軍は、馬上で声を張り上げていた。
彼の指揮下にある兵士たちは、すでに三日三晩、ろくな休息も与えられずに歩き続けている。足取りは重く、目はうつろだ。
「将軍閣下……兵士たちは限界です。せめて数時間の休息を……」
副官が悲痛な声で進言するが、ザイードは鼻で笑った。
「馬鹿者! 休息など軟弱の極み! 我が帝国の兵は、倒れるまで働く(戦う)からこそ最強なのだ! 聞けば、この国の領主は民に『休み』を与え、怠惰を推奨しているというではないか。そんな腐った国、我が精鋭たちの敵ではないわ!」
(休む=悪)という、絵に描いたようなブラック精神で凝り固まった将軍である。
だが、彼らが国境の深い森を抜け、開けた平野に出た瞬間。
「……む?」
ザイード将軍は、前方を見て訝しげに目を細めた。
国境を塞ぐように、黒い軍装に身を包んだ一団が立ち塞がっていたのだ。
だが、その数はどう見積もっても「五十人」程度。三万の軍勢の前に、たった五十人。
「はっはっは! なんだあのふざけた数は! あれが我が帝国を迎え撃つ軍隊だとでも言うのか! ええい、立ち止まるな! 蹴散らせ!」
将軍の命令で、疲れ果てた帝国兵たちがフラフラと槍を構えて突撃を試みる。
だが、その五十人の集団の先頭に立っていた男──銀髪を無造作に結んだ黒コートの男が、懐中時計を取り出して大きな声で叫んだ。
「現在時刻、深夜二時! 貴様ら、こんな時間まで部下を歩かせるとは……完全な『労働基準法違反(違法深夜残業)』だな!!」
「……は?」
ザイード将軍が間抜けな声を漏らした瞬間。
ズドォォォォン!!!
ルシアンの背後に控えていたレオンハルトたち「労基署実働部隊」が、一斉に大地を蹴り、帝国兵の先頭集団に文字通りの『質量兵器』として突っ込んだ。
「うおおおおおっ!! 毎日定時退社で力が余って仕方がないんだぁぁっ!!」
「温泉の効能で腰痛も完治! これが! 完全休養の! パワーだぁぁっ!!」
ドゴォッ! バキィッ!
悲鳴すら上げる暇もなく、先頭の帝国兵たちが宙を舞う。
三日三晩徹夜で歩かされたブラック兵士たちと、毎日三食温かいご飯を食べ、温泉で疲れを癒やし、八時間睡眠を取っているホワイト戦士たち。
両者の間にある『ステータスの差』は、もはや大人と赤子ほどの開きがあった。
「な、なんだこいつら!? バケモノか!?」
「一撃が重すぎる……っ! 盾ごと吹き飛ばされたぞ!」
パニックに陥る帝国軍。
そこに、ルシアンが死神のような笑みを浮かべて踊り込む。彼は剣の峰や鞘を使い、的確に兵士たちの意識を刈り取っていく。
「おいおい、そんなフラフラの足腰で戦場に立つなよ。労災が下りねえぞ?」
「ひぃっ!」
「安心しな、殺しゃしねえ。お前らには今から、たっぷりと『睡眠時間(気絶)』を与えてやる。社長の慈悲に感謝して、泥のように眠りな!」
バタバタと、文字通り枯れ葉のように倒れていく三万の帝国兵たち。
その光景を後方で見ていたザイード将軍は、恐怖で歯の根が合わなくなっていた。
「ば、馬鹿な……。休んでばかりの怠惰な兵が、なぜこれほど強いのだ……っ!」
「休んでいるから強いんだよ、無能上司」
ドンッ、と。
いつの間にか馬の背後に飛び乗っていたルシアンが、ザイードの耳元で冷酷に囁いた。
「人を使い捨てることしか知らねえアンタらに、最高の福利厚生で報いてくれるうちの『社長』の恐ろしさが理解できるかよ」
「あ、ぐ……っ」
ルシアンの手刀がザイードの首筋に入り、傲慢な将軍は白目を剥いて馬から転げ落ちた。
たった五十人の『労働基準監督署』による、三万の先鋒軍の物理的制圧。
それは、ブラック帝国に対する、ホワイト企業の圧倒的な『生産性(暴力)の違い』を見せつける、恐るべき開戦の狼煙であった。




