表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
鋼鉄の三冠 〜限界突破の同調率と、黒き刺客〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/40

超長距離の鉄人、三頭併せの死線

第9話:超長距離の鉄人、三頭併せの死線


 夜明け前。安藤亮平あんどう・りょうへいは、静まり返った臨海ミックス・サーキットに、たった一人で立っていた。

 潮風が吹き抜ける最終直線。昨夜、あのボロ布を巻いた少年と、錆びた銀馬ウラヌスが、物理の限界を超えて砂塵を爆ぜさせた場所。

 安藤はそこで立ち止まり、ブーツの底で、じわりと砂を踏みしめた。右足で、左足で、もう一度、右足で。

 科学的な最適解を求めているのか、それとも、失った感情の残滓ざんしを探しているのか。彼自身にも、わからなかった。

 ただ、東の空から昇る夜明けの光が、廃材の跡地を、血のような赤色に染め始めていた。

「――っ、ぐ、ああああっ!?」

 同じ時刻。川崎のガレージに、守の絶叫が木霊していた。

 守は今、御厨の愛機ガリアーノに跨がっている。

 昨日、ウラヌスを勝利へと導いたあの「路面を聴く」感覚。それをそのまま、この十五年物の重装甲ステイヤーにぶつけた瞬間――守は、情報の濁流に押し流された。

 ウラヌスとは、何もかもが違う。

 ウラヌスは、未熟な守の呼吸を「待ってくれる」機体だった。けれど、この鋼鉄の怪物ガリアーノは違う。超巨体に見合わぬハイブリッド・バイオエンジンの猛烈な鼓動が、守の意志を置き去りにして、前へ、前へと暴走する。

 一歩踏み出すたびに、数トンの鉄塊の自重が、ニューラルリンクを通じて守の肉体の骨格へと直接、暴力的な衝撃として叩き込まれる。内臓が、千切れそうに揺れる。

「重い、なんて、重さだ……! それに、速すぎるっ!!」

「芝適性◎のステイヤーだ。こいつを力でねじ伏せられんようでは、中央の芝(プロの舞台)では、安藤亮平に二度と勝てんぞ」

 コンクリートの床の上で、御厨が静かに告げる。今朝の御厨は、いつもの安物缶コーヒーを手にしていない。それだけで、今日の特訓が遊びではないことが、痛いほど伝わってきた。

「ウラヌスに甘やかされた乗り方を、一度完全に叩き壊せ。お前の親父、啓介の野郎もな、この段階で三度、俺の前で宙に吹っ飛んだ」

「御厨さんが……っ、わざと吹っ飛ばしたんじゃないんですか!」

「さあな。だが、ガリアーノに認めてもらいたければ、お前が牙を剥くしかない」

 守は歯を食いしばり、体幹の筋肉を悲鳴をあげさせながら、前方に傾く機体を無理やり引き戻した。

 ウラヌスを『聴く』のではない。このガリアーノは、聴かせてなどくれない。ならば――こちらから、強引にその喉元に食らいつき、意志コマンドを捻じ込むしかない!

 最終コーナーの仮想シミュレーション。

 遠心力に負けて、ガリアーノの重装甲ボディが外側へと大きく膨らもうとする。それを、守はニューラルリンクの出力を最大に跳ね上げ、内側へと「ねじ伏せた」。

 ――ガツッ!

 機体が、一瞬だけ、守の怒りと意志にひざまずくように、ラインを内へと絞った。

 ほんの、わずかな手応え。

 けれど、確かにあった。王道の芝を支配する怪物の手綱を、一瞬だけ、己の腕で引き絞った確かな感触。

「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」

 守の全身から、滝のような汗が噴き出す。視界が点滅する。

 けれど、守は獰猛に笑っていた。

 ウラヌスと出会った時のような、あの野生の輝きが、今度は「プロの技術」という壁を前にして、激しく燃え上がっていた。

 午前六時。

 インターバルを挟み、泥のように疲弊した守の横で、凛がカタカタとキーボードを叩く音だけが響いていた。

「……守。ちょっと、これを見て」

 凛の、どこか上擦った声。守は汗を拭いながら、彼女の持つタブレットへと視線を移した。

「親父の隠しファイル……『アルティメット・バロン・システム』の暗号を、外周部分だけ、解読できたわ」

「何が、わかった」

「システム概要は、昨夜、御厨さんが言った通りよ。ジョッキーの脳と、機体の制御系の『完全融合』。機体の受ける衝撃や熱がそのままパイロットにフィードバックされる、肉体破壊デッド・オア・アライブの超絶同調。……でも」

 凛が、わずかに唇を噛み、画面を守の方へと向けた。

「発動条件が記されたプログラムの最深部。そこに、暗号化されたお父さんの『手書きメモ』のログが、一行だけ、残されていたの。解読できたのは、まだ、冒頭のワンフレーズだけだけど……」

 守は、唾を飲み込んで画面を見つめた。

 そこに、ノイズ混じりの電子フォントで、確かに父、西啓介の文字が浮かび上がっていた。

『守へ――お前がこれを読む時、俺はもうここにいない。でも、ウラヌスはいる』

 しん、と、ガレージが静まり返る。

 御厨が、無言のまま床に落ちていた空き缶を拾い上げた。一口飲む素振りを見せ、それが空だと気づくと、静かにそれを握りつぶした。かつての友の、時を超えた息子へのメッセージに、伝説のジョッキーは、ただ無言で敬意を表していた。

 守は、画面の文字から目を離せなかった。

 熱いものが、胸の奥底から込み上げてくる。

 失踪して、自分を置いていった父親。ずっと、どこかで恨んでいた。けれど、父はガラクタを溶接しながら、いつか成長した自分がここに立ち、このシステムを覗き見る日を、ずっと信じていたのだ。

 守はゆっくりと視線を上げ、ピットに佇むウラヌスを見つめた。

 錆びた銀馬。父の魂の残骸。

 守は歩み寄り、その冷たい、けれどどこか優しい金属の首筋に、そっと手を置いた。

「……ああ。親父。ちゃんと、ここにいるよ」

 声が、少しだけ震えた。けれど、それは恐怖によるものではなかった。

 親父が目指し、そして未完成に終わった『向こう側の景色』。それを、このウラヌスと共に、絶対に自分の目で確かめてやるという、静かで、巨大な誓い。

 ガラガラ、と。

 御厨がガレージのシャッターを、再び全開に押し上げた。

 眩しい朝の太陽が、ガレージのオイル塗れの床を、白く、神々しく照らし出す。

 廃材の銀馬ウラヌスと、鋼鉄のクラシック・キング《ガリアーノ》。

 新旧の魂が、親父の遺した光射す未来へと向かって、今、力強く歩み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ