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からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
鋼鉄の三冠 〜限界突破の同調率と、黒き刺客〜

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父の遺言、アルティメット・バロンの真実

第8話:父の遺言、アルティメット・バロンの真実


 安藤亮平との死闘から、一夜。

 守が死守したガレージには、朝の光と共に、重厚な『古い鉄とオイルの匂い』が立ちこめていた。

「――勝ったからといって、浮かれるなよ。昨夜の勝因は、お前の技術(腕)ではなく、ウラヌスの執念エゴだ」

 ガレージの最奥から、御厨みくりやの、地を這うような低音が響く。

 彼が顎で示した先に、昨夜までは存在しなかった、巨大な鋼鉄のシルエットが鎮座していた。

 鈍く光る分厚い重装甲。丸太のように逞しい四本の鋼肢。

 最新鋭の流線型カーボンボディとは完全に対極に位置する、圧倒的な質量。それはまるで、中世の重装騎士が跨る軍馬デストリアのような、静かな威厳を放っていた。

「……御厨さん。そいつは?」

「練習相手などと、おこがましい。こいつは俺の半身だ。名は《ガリアーノ》」

 りんがタブレットを片手に、感嘆の吐息を漏らす。

「これ……十五年以上前の旧式クラシックじゃない。でも、内燃機関バイオ・エンジンと超電導モーターのハイブリッド・バランスが、狂気的なまでに煮詰められているわ。芝の上での瞬間的な蹴り出し(トラクション)なら、最新のA級機すら置き去りにするスペックよ」

 御厨の愛機ガリアーノ

 馬場適性は、最高峰の『芝・◎』。距離は二〇〇〇メートルから二五〇〇メートルの中長距離を最も得意とする、まさに王道のクラシック・ステイヤーだ。

「昨日のレース、お前は路面を『聴いた』。だが、それはまだ入り口に過ぎん」

 御厨はガリアーノの、冷たい鉄のネックを愛おしそうに叩いた。

「お前の親父――西啓介にし・けいすけが命を燃やして目指した『アルティメット・バロン』。その真の姿を、お前に教えてやる」

 御厨の目が、遠い過去を追うように細められる。

「伝説の騎手、西竹一(バロン西)はかつて言った。『ウラヌスは僕の言うことをよく聞いてくれる。僕を、信頼してくれている』とな」

「……信頼」

「お前の親父は、それをオカルトではなく、物理的な超感覚同期フル・シンクロとして再現しようとした。ジョッキーの脳波と機体の制御基盤を完全に溶け合わせ、限界測定不能(一〇〇パーセント超え)の同調を生み出すイカれたシステム……それが『アルティメット・バロン・システム』だ」

「一〇〇パーセントを超える……? そんなこと、物理演算上、絶対にありえないわ!」

 凛が反論するように声を上げた。けれど、御厨は首を振った。

「理屈はこうだ。機体を『操作コントロール』するのではない。機体が『ジョッキーの思考そのもの』に成り代わる。腕の動き、視線の移動、さらには心臓の鼓動のリズムまでが、巨大な鉄の肉体と一つになるんだ。……だが、それは甘美な麻薬であり、最悪の呪いだ」

 御厨が、守の目を真っ直ぐに見据えた。

「システムが発動すれば、ウラヌスは神がかった速度で走るだろう。だがその代償として、ジョッキーの脳には、機体が受ける全衝撃がダイレクトに逆流する。フレームが軋めば骨が軋み、シリンダーが過熱すれば、自らの皮膚が焼かれるような、生々しい肉体の激痛が神経を灼く」

「……ッ、親父は、その痛みに耐えられなくて、失踪したのか?」

「いや。……あいつは、その『向こう側』を見ようとした。機械が人間になるのではない。人間が、鉄という種族を超える瞬間をな。だが、システムは未完成だった。発動の条件はただ一つ――ジョッキーが『死』を恐れず、この鉄の塊と心中する覚悟(狂気)を持った時だけだ」

 ガレージに、しんと静まり返るような沈黙が落ちた。

 守は、ウラヌスの消灯されたメインカメラを見上げた。

 父が遺したこの機体は、単なるスクラップではない。父が追い求めた夢の残骸であり、自分を試す、呪縛の遺産だ。

「……怖気づいたか、西守」

「まさか。……むしろ、ワクワクしてる」

 守は、獰猛に笑った。

 その瞳の奥には、泥を喰らい、恐怖を焼き尽くして覚醒した、野生の輝きが宿っていた。

「親父が何を見たのか、僕もこの目で見てみたい。……御厨さん、ガリアーノを貸してくれ。芝での『王道の速さ』ってやつを、俺の身体に叩き込んでほしい」

「いいだろう。……ただし、俺のガリアーノは、お前が思っているより、何倍も重いぞ」

 御厨がガリアーノのシートへと、軽やかに跳躍した。

 ド、ド、ド、ド、と――重低音のバイオ・エンジンが、ガレージの床を、壁を、窓ガラスを激しく震わせた。芝を支配するステイヤーが、その鋼の心臓を、朝の静寂に轟かせる。

「凛、ウラヌスの調整を頼む。親父の隠しファイル……『アルティメット・バロン』の解析も、続けてくれ。いつか、それを解き放つ時が来るはずだ」

「……言われなくても、とっくに解析プロファイルは走らせてるわよ。でも、ウラヌスをこれ以上壊したら、タダじゃおかないからね」

 凛がふいと視線を逸らし、乱暴にキーボードを叩いた。

 守が手を伸ばし、ガレージの錆びたシャッターを力強く押し上げる。

 ――ガラガラ、と。

 眩しい、真っ白な朝日が、ガレージの隅々までを照らし出した。

 廃材の銀馬ウラヌスと、鋼鉄のクラシック・キング《ガリアーノ》。

 新旧の魂が、今、光輝く真っさらな芝のテスト・ターフへと向かって、力強く歩み出す。

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