凱旋門のファンファーレ! 頂上決戦、泥と黄金と白銀の激突
第39話:凱旋門のファンファーレ! 頂上決戦、泥と黄金と白銀の激突
二〇五一年、秋。フランス、パリ・ロンシャンサーキット。
世界最高峰のからくり競馬、国際G1・凱旋門賞。距離、二千四百メートル。
十八機の鋼鉄の巨獣たちが、霧雨に煙るゲートへと吸い込まれていく。スタンドを埋め尽くした数万人の大観衆。その熱狂を、秋の冷たい雨がジリジリと蒸発させていくかのような、息の詰まる緊張感。
「……行くぞ、ウラヌス2。ここが、世界のてっぺんだ」
四番枠。ウラヌス2のカクピットで、守は深く、長く息を吐いた。
首筋に差し込まれたニューラルプラグから、昨夜の突貫工事でプログラムを「バグらせた」エンジンの超振動が伝わってくる。
ドッ、バッ、ドゴッ! という、壊れる寸前のような不規則な破砕音。脳を直接シェイクされ、視界が二重三重にブレるほどのノイズ。だが、その不協和音こそが、今のウラヌス2の「生命の産声」だった。
隣の一番枠には、白銀の絶対王者と山内慎太郎。
二番枠には、白銀の芸術品とミルコ・スミス。
三番枠には、黄金の騎士とハミルトン卿。
内枠四機。まさに世界の中心。
ゲートが閉まり、電子ファンファーレが、霧雨のパリの空へと鳴り響いた。
『――重馬場のロンシャン! 十八機の怪物が、今、ゲートを飛び出した!』
ガツン! と十八枚の電磁ゲートが一斉に開いた。
真っ先に飛び出したのは、やはり一番枠のフジマルだ。古代式メガ・シリンダーの重低音が、霧雨を切り裂き、一瞬で先頭へと躍り出る。山内慎太郎の、一切の無駄がない手綱捌き。
「……来い、若造ども。ロンシャンの泥の味を、教えてやる」
フジマルの巨大な蹄が、湿った芝を悠然と踏み潰し、瞬く間に二馬身、三馬身と後続を引き離していく。
その後ろを、ミルコのホワイトヴァルキリーが、一ミリの無駄もない空気抵抗で滑るように追走する。
だが、その直後。
ドゴォォォォンッ!!! という、鼓膜を劈くような爆発音が、馬群のど真ん中から響いた。
「な、何だあの音は!? エンジンが自爆したのか!?」
ハミルトン卿がキング・アーサーのバイザー越しに絶叫する。
爆煙の向こうから現れたのは、不規則に、ガタガタと鉄の軋みを鳴らしながら、左右に狂暴に揺れる黒鉄の塊――ウラヌス2だった。
「――自爆じゃない! 俺たちの、ガラクタのバグだぁぁ!!」
守は、脳を焼き切らんばかりの振動のフィードバックに耐え、操縦桿を力ずくで押し込んだ。
ハイセイコー型エンジンの、点火タイミングを意図的に狂わせた超振動。
最新鋭のエリート機たちが、ロンシャンの粘土質の泥に足を取られ、車体を沈み込ませる中。ウラヌス2だけが、芝を「噛む」のではなく、不協和音のノッキング爆発で、泥を「爆破」しながら突き進んでいく!
ズボボボボッ!! と、ロンシャンの土が火山のように巻き上がる。
『信じられない! ウラヌス2、ノッキングの異常振動を、フレームの溶接痕の歪みを利用して前方への推進力に変換している!!』
無線機から、凛の震える、だが技術者としての歓喜に満ちた声が響く。
綺麗な芝では決して勝てない。だが、この泥濘のロンシャンにおいて、ウラヌス2のバグ走法は、物理法則を嘲笑う唯一無二の粉砕加速システムへと変貌していた!
レースは中盤。ロンシャンの最大の難所、魔の坂、そして長いフォルスストレート(偽りの直線)へと差し掛かる。
焦ったハミルトン卿のキング・アーサーが、黄金の油圧ピストンを唸らせて、一足早くスパートをかけた。だが、そこはまだゴール前の直線ではない。ロンシャンが誇る、体力を削り取るための「偽りの直線」だ。
「……甘いな、英国の騎士。そしてバグの一本調子でも、この坂と偽りの直線は越えられん」
山内が静かに、生身の手綱を絞り、シリンダーの圧を調整する。
フジマルの古代式メガ・シリンダーが、重い坂の重力に真っ向から喧嘩を売るように、大地を割る超馬力で坂を駆け上がる。
さらに、その横を、ホワイトヴァルキリーが白銀の翼(放熱フィン)を広げて、風のように駆け上がっていった。
「――重い泥だからこそ、空気の流れ(スリップストリーム)を読むのさ、マモル!」
ミルコの、芸術的な最短ルート。芝の深いところを避け、ほんのわずかに他機が踏み荒らした轍を、寸分違わずトレースして加速する。
フジマルの【絶対馬力】。
ミルコの【芸術的コース取り】。
そこへ、早仕掛けで沈んでいくキング・アーサーを嘲笑うように、泥とオイルにまみれ、不格好にフレームを軋ませながら、爆発音と共に坂をよじ登る、ウラヌス2の【ガラクタの地力】が割り込む!
「うるせえ! 壊れるならゴールしてからにしろ、ウラヌス!!」
視界が明滅する超ノイズの中、守の魂とガラクタの怪物が、完全に一つに溶け合う。
三機が、他の欧州エリートたちを置き去りにし、一塊の銀河となって、ロンシャンの最終コーナーへと雪崩れ込んでいく!




