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からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
銀河の舞踏(ワルツ) 〜世界を駆ける、泥のステップ〜

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「絶望の向こう側! ガラクタの怪物が、歴史(フジマル)を超える日」

第38話:「絶望の向こう側! ガラクタの怪物が、歴史フジマルを超える日」


 フォワ賞の惨敗から数日。

 パリ郊外のスクラップ工場の片隅を借りた、即席の薄暗いガレージ。

 ウラヌス2の前に立つ守と凛の顔は、酷く疲弊していた。

 モニターに映し出されるのは、フジマルの超馬力ストライド。一秒間に刻まれるシリンダーの圧力グラフが、ウラヌス2のそれを遥かに凌駕している。

「……勝てないわ。論理的に、物理的に、絶対に勝てない」

 凛が、キーボードを叩く手を止め、頭を抱えた。

 プレッシャー・ブーストをこれ以上上げれば、ウラヌス2のフレームが内側から爆散する。重圧ユニットでロンシャンの芝を破壊して進んでも、フジマルはその遥か上を、ただ悠然と大地を割って滑っていくのだ。

「データの限界よ。……からくり馬の黎明期、安全基準リミッターなんて概念すらなかった時代の、規格外のシリンダー。最新のどんなパーツを持ってきたって、あの絶対的な『質量と出力の暴力』には届かない!」

 静まり返るガレージ。

 フジマルの見せつけた、圧倒的な歴史の壁。最新鋭機を持つ欧州のエリートたちですら、プライドを粉砕されて沈黙している。

「……なあ、凛」

 守が、ウラヌス2の黒鉄の装甲を、そっと撫でた。

「綺麗なデータで勝てないのは、最初から分かってただろ。……俺たちは、どうやってここまで這い上がってきた?」

 凛が、ハッとして顔を上げる。

「金持ちの最新パーツなんて買えなくて、川崎や広島のゴミ捨て場から、廃材をかき集めて、油まみれになって組んできた。……ウラヌス2は、エリートじゃない。地べたを這いずり回ってきた、ガラクタの怪物だ」

 守の瞳に、絶望の影はなかった。

 むしろ、かつてないほどギラギラとした、野良犬のような飢えた光が宿っていた。

「フジマルが『歴史の正解』なら。俺たちは、『歴史のバグ』になってやる!」

◆ 第一節 ガラクタのバグ・ビルド

「バグになるって……守、あんた、まさか!」

「ああ。ハイセイコー型エンジンの、三つの排気バルブ。これを完全に同調させるのをやめる。一つ一つのシリンダーの点火タイミングを、意図的に『狂わせる』んだ」

 凛の目が点になった。

 からくり馬のエンジンにおいて、点火タイミングのズレ(ノッキング)は、機体を破壊する致命的なエラーだ。

「正気なの!? エンジンが自爆するわよ!」

「普通ならな。でも、ウラヌス2のフレームは、廃材の継ぎ接ぎだ。……エリート機のような綺麗な一枚板じゃない。溶接痕だらけの、歪なフレームだろ? その歪みが、エンジンの『不規則な爆発(振動)』を、逆に吸収して、不気味な推進力に変える!」

 凛は、息を呑んでウラヌス2のフレーム構造の設計図を見つめた。

 継ぎ接ぎ、溶接の山、不格好。

 だが、その不格好さこそが、綺麗な機体では絶対に耐えられない「不規則な超振動」を逃がす、最高のダンパーになり得る。

「……あんた、本当にバカね。……でも、理論的には、ゼロじゃないわ」

 凛の口元に、狂気的な笑みが浮かんだ。

 徹夜の作業が始まる。

 火花が飛び散り、排気バルブが無理やり捻じ曲げられる。

 エンジンの点火を狂わせ、フレームの軋みを限界まで許容する、禁忌の改造。

◆ 第二節 歴史の残響、魂のニューラルリンク

 翌朝。

 ロンシャンのテストトラック。

 朝日が差し込む中、一台の白銀の巨獣が佇んでいた。山内慎太郎と《フジマル》だ。

「……来たか、少年」

 山内が、無表情のまま守を見下ろす。

 その隣に並ぶウラヌス2。昨夜の突貫工事で、機体からは怪しげな油煙が上がり、エンジンからはドッ、バッ、ドゴッ! という、壊れる寸前のような不規則な破砕音が響いていた。

「……なんだ、その無様な音は。機体が悲鳴を上げているぞ。そんなガラクタで、凱旋門を潜るつもりか」

「悲鳴じゃないですよ、山内さん」

 守はウラヌス2のハッチを閉め、ニューラルリンクを接続した。

 頭を割るような、不規則な振動のフィードバック。視界が真っ赤に染まる。

 だが、守は笑っていた。

「これは、俺たちの――『産声』です!!」

 スロットルを押し込む。

 ズドォォォォンッ!!!

 ウラヌス2の足元から、ロンシャンの芝と土が、火山のように爆発した。

 綺麗なストライドではない。

 三つのエンジンが不規則に爆発し、機体が左右に激しく揺れながら、獲物に飛びかかる獣のように、大地を毟り取って加速する。

 「不協和音の暴走ディスコード・ドライブ」!!

「……ッ!?」

 山内の目が、初めて見開かれた。

 フジマルの、歴史が証明した完璧なストライド。その真横を、ガタガタと鉄の軋みを鳴らしながら、泥だらけの怪物が、物理法則を無視した不気味な加速で並びかけてきたのだ。

◆ 第三節 歴史を超える蹄音

 並走する二機。

 古代式メガ・シリンダーの、絶対的な王者の唸り。

 そして、壊れかけのハイセイコー型エンジンが奏でる、ガラクタの咆哮。

 フジマルの美しき大差の領域に、ウラヌス2の黒鉄の蹄が、泥を跳ね上げて踏み込んでいく。

 一ミリ。ほんのわずか、ウラヌス2の鼻先が、無敗の絶対王者の前に出た。

「……やるな、少年。歴史のバグか」

 山内の口元に、職人の、そしてジョッキーとしての静かな笑みが浮かんだ。

 ガレージのモニターで見守る凛が、拳を突き上げて叫ぶ。

 世界最高峰の芝の上で、日本のガラクタの怪物が、ついに生ける伝説の背中を捉えた。

 二〇五一年、秋。凱旋門賞直前。

 絶望を喰らい、バグへと変態した怪物が、歴史を超える準備を完了させた。

(第三十八話 了)

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